男神の侍従のぼやき
青い天馬に乗った巫女が振う煌めく炎の剣が、旗を振るように優雅に旋回して揺らめく炎の刀身がとても美しく優雅ですらある。
しかし、だ。
「あれはもう、剣っつーより刀身の長い巨大な槍ですよね」
神から与えられた強大な寵愛を持つ、美しくも静かな我が巫覡は舞うような炎の剣を凝視しつつも、俺の言葉に頷いてくださっていた。
我が巫覡が忠告したにも関わらず、女神の巫女を『たかが小娘』と侮って突進した馬鹿は守護衛士兵団の天馬騎士大隊隊長という肩書を持っている。
いや、真っ先に巫女の剣で薙ぎ払われて身体を6個に分断されて地上へと落ちて行ったから、持っていただな。
ありゃ地面に激突してさらに細かい肉片に散らばるから、治療もできないだろう。
「あ、何頭か天馬が無事だ」
俺の言葉に反応した馬鹿の仲間が、それを見てこちらに怒鳴ってくる。
「何故、人は切られたのに天馬が無事なのだ!」
そりゃあ、あの天馬が我らが神の祝福を持つ、神に愛された天馬だからじゃん。妻神である炎の女神エイデアリーシェは、我らが神の愛するものならば問答無用でご自分も愛するという、ぶっ飛んだお方だ。
当然、夫神の気配のするものを理由無くぶった切るなんて、信条に反する事はなさらない。
「あれは、我が父神の祝福を持つ天馬、愛し仔だ。愛し子に愛し仔は切れない」
「そうは言っても、あの巫女は我が国の愛し子を幾人も切っているではないか!」
おい、おっさん。我が巫覡はお前より年下だが立場は上なんだ、口を慎め。と、口に出せない、いち侍従である自分の立場をこっそりと嘆く。
「殺す気でより能力を込めれば、愛し子を切ることも可能だ。その配分が難しい」
「ならば何故、我が友の天馬騎士たちがああも簡単に切られるのだ」
いや守護衛士兵団愛し子じゃないよね? 女神に強化された剣だよ? 簡単に切られるでしょ。我が国の愛し子が切られたって言うけど、切られた奴は例え愛し子であったとしても皇帝に命令されて女神の巫女を喜んで殺す気満々な、それはもう我らが神の愛し子じゃねぇっていう奴だよ。理解できないだろうけどさ。
「彼らは、ただの人間だ」
「だから!」
「発言の許可を頂けますか、我が巫覡」
おっさんがギっと音がしそうな程睨むが、俺の視線は我が巫覡へ固定して動かさないぞ。
「許す」
よし、とおっさんを見るとまだ睨んでやがる。
「我が巫覡よりお許し頂きましたので、私より説明をさせて頂きます、大隊長どの」
おい、顎をしゃくって返事すんな。
「守護衛士兵団の皆さまは『神』という存在を感じる事なく、その存在をも信じておられない。これに間違いはありませんか?」
「無いな。我が皇帝陛下も『神』など存在せぬと仰っておるではないか」
「皆さまがそう仰るのならば、それが皆さまの真実なのでしょう。しかし、我々神殿に属する者たちは我らが神の息吹を感じ、与えられる寵愛の恩恵で異能を行使する権利を得ているのです」
「皇帝陛下は異能をお使いではないか!」
そうね、信仰なんざ要らねぇし信じられなくても構わないっていう、奇特な神の寵愛による異能をお使いだよな。
「神々のお与えになる寵愛はそれぞれ異なっております。皇帝陛下のように神を信じないお方に寵愛を授ける神もいらっしゃいます。そして神が寵愛を与えるのは、人間に限った事ではないのですよ」
何言ってんだお前って顔すんな、おっさん。
「そう、例えば先ほど炎の女神の巫女の剣より逃れた天馬や植物、果ては人が彫った像なども寵愛を与えられたという記録がございます」
「それが天馬が生き残り騎士たちが切られたことと、何の関係があるのだ」
「愛し子に愛し子は害せないのは基本なのですが、寵愛の厚さにより条件付きではありますがそれを覆す事も可能なのです」
「条件?」
「はい。切りつける相手より寵愛の厚いこと、相手を殺す気でより異能を強めること、相手を殺す事により寵愛を失っても仕方ないと思える覚悟等ですね。今回、巫女は天馬騎士大隊を退けることに重きを置いて愛し子まで殺す気はないのでしょう。陛下直属の天馬騎士大隊には愛し子が居ないことは有名ですから」
「なんと傲慢な小娘だろうか。あの異能が無ければ、我が手でくびり殺してやるのに」
気持ち悪い歯ぎしりの音をたてつつ悪態を吐くという、なんとも器用なことをしてのけているおっさんを、例えあの異能が無くてもお前に巫女姫は切れないだろうよ、と心の中だけで忠告しつつ生温い目で眺める。
身体的に恵まれ強化される巫覡や巫女の才能に加え、それを磨く努力をした結果のあの戦闘能力だ。恐らく、あの方は今の我が巫覡よりずっとお強い。
今ここで我が巫覡を含め全滅させることも可能だろうな。ただし、話に聞く炎の女神の巫女であれば命令されてもしないだろうが。
総じて炎の女神の巫女が持つ戦闘力や術力などの才能は戦の神の巫覡とも対等に戦えるのに、それを行使することは望まない穏やかな気性の持ち主だ、と神殿の記録にもあるくらいだ。
そりゃあなぁ、嫌々戦闘してるのに時々ちょっかいをかける相手を全滅させちゃうくらいだもんな。あの巫女が本気でこちらを攻めれば、グラキエス・ランケア帝国だって滅ぼせるだろうよ。皇帝陛下も好戦的な神殿の奴らも気が付いてないが。
そんで、ぶっとんでるのは炎の女神だけじゃなくて、我らが父なる神エイディンカも同じって気が付いている奴は少ない。
初代皇帝の血統が滅んでから巫覡や巫女が生まれることが極端に減っているのは、こうやって王国に攻め入っているからなんだよなー。王国を守らない帝国になんざ自分の分身ともいえる巫覡や巫女は与えられないってね。
巫女なんて、最後の巫女と呼ばれるコルフィラティナ様以降は生まれる気配すらないからな。
そういうフランマテルム王国でも、巫覡ってコルフィラティナ様誕生のずっと前に何人か居たよな?くらいの存在だ。
どちらも自分と同じ性別にこだわってるとしか思えない。恐ろしくお互しか見ていないご夫婦だね。
おっさんには知らせても信じないだろうが、我らが父なる氷の男神の愛し子たちは自主的に敵意を持って女神の巫女に剣を向けた段階で、どんだけ厚い寵愛でも失せてるんだよ。
我が巫覡や俺のように嫌々戦に駆り出されても、出来るだけ戦闘を回避してる愛し子はかろうじて愛し子のままで居られるっていうね。身内を人質に取られて泣く泣くフランマテルム王国内へ転移した愛し子たちは、抜刀したら寵愛が薄まって相手有利の力場だとしても、あっさりさっくり滅んでったのはついさっきの出来事だし。
俺だって他人事じゃない。やだなぁ、俺はまだ我らが父なる神の僕でいたい。
「なんだ、あいつは…」
茫然と呟いているおっさんの視線をたどってみると、紅い天馬に乗った騎士が巫女と同じく天馬騎士大隊の騎士たちを切り落としていた。
うん?
「我が巫覡…」
「何だ、イーサニテル」
「あの、巫女姫と並んで戦っている騎士ですが、炎の女神の気配と同じくらい我らが父なる神の気配が致します」
「そうだな。彼はどちらの寵愛をも受けているようだ」
おっさんに聞かれない様に小声で呟けば、あっさり肯定の返事が返ってきた。
ええ? そんな珍しいことってある?
いやまあ、事実として存在してるから有るんだけどさ。ええぇ?
神々の寵愛を複数持つことって、反発するから良い悪いじゃなくて『出来ない』って習ったぞ。
この夫婦、氷と炎なのにめっちゃ仲いいね?




