対特殊能力戦闘訓練 いつもの訓練
グラテアンの小隊とは、いつもの訓練となんら変わることはない。思い切り炎をぶちまけられるように動いてくれるわよね?
可愛い我が小隊の皆は、ちゃんと私の視線の意味に気が付いているようで、ちょっと嫌そうなイー以外はとてもいい笑顔。
いいわね、意志疎通は基本だものね。嬉しくてにっこり笑えばイーの眉間のしわが深くなる。
なんでさ。いいや見なかったことにしよ。
いつもの訓練と同じなので、当然のように開始の合図は待たずに小隊へ向けて、顔より大きいくらいの炎の球を数個投げる。もちろん、普通に熱いやつを。
殺気は込めてないから感知しにくいのに、慣れている隊員たちは危なげなく避けて八方に散る。
全員同じ位置こないように、上下の均衡に気をつけて一斉に切り込んでくる隊員たち。隊員の囲いを閉められる前に、いちばん上の位置に居るオクルスを足掛かりにして飛び上がる。
今度は何かに当たったとき拡散せず、幾つもの小さな球のように跳ねる炎へ分割する、両手に抱えるくらいの炎を無造作に落とす。
もちろん、これも想定内で誰も当たらずに避ける。
床に落ちた炎の球は、拳半分ほどの大きさに割れて勢いよく跳ね散った。しぶしぶという態度を隠さないイーを含めた隊員たちは、いつもなら切って散らすところを剣の平で打つように弾き飛ばしている。
ちゃんと私の意を汲んでくれる皆、大好き。
訓練場のあらゆる所に跳ねながら飛んでゆく炎たちに、そんな事態は予想もしなかった近衛騎士団の面々が右往左往している。
たぶん予想していたアルドール殿下は冷静に、しかも素手で近づく炎を叩き落としていた。ちゃんと目の前の炎の威力を把握しているんだ、さすがだわ。
ひとり場にそぐわない程のんびりしている小兄さまには、愛し子なだけあって流れ球くらいでは炎の方から避けて当たらない。きっちり当てていく意志で強固に条件付けしないと、私から小兄さまへ、炎での攻撃は難しい。
じゃあ物理で切りあおう、と剣で切り結んでも寵愛の厚い愛し子同士では、どうやっても剣が当たらない。そんな不思議現象がほいほい起きてしまう愛し子については、どの神の神殿でも謎が把握しきれていなかったりする。
愛し子の数だけ謎も存在するから、愛し子にいちばん詳しいというプロエリディニタス帝国でさえ現象を記録するのにも苦労していて、「正直なところ、記録すんのもやめたい」とアグメサーケル陛下が真顔でため息をつくくらい。我が国なんて、神殿の神官でも知っている人は少ないと思うな。
世間にはあまり知られてはいないのだけれど、神の子と言われる巫覡・巫女同士が争えないのと同じで、違う神の愛し子同士であっても、愛し子同士は争えない。出来なくはないけれど、効果は半減どころかほぼ効果なしなので、争うだけ無駄だったりするのだ。
本当に無駄な行動になってしまうのに、なぜグラキエス・ランケア帝国は我が王国を侵そうとするのだろう。
巫覡から皇帝に忠告はされてるはずなのに。
それでも巫覡を先頭に侵攻軍を編成しているのは、巫覡で巫女の私を抑えておいて、愛し子でない者たちで編成された軍をもって、王国軍を抑えるつもりなのか。
気になるけど、今は深く考えている場合じゃなかった。いったんこの考えは置いておこう。
気のそがれた思考中に、無心で二回程同じ大球をぶちかましていたようで、集団戦で即失格だった騎士たちがぼろっぼろになっていた。
追加で飛んでくる炎にも当たって、衣類が焦げて情けないことになっている。むきだしの肌にも当たったようで、あちこち火傷もしている。
最初の一撃を耐えていた者たちは、アルドール殿下の行動を見て各々避けていたみたい。こっちは裾とか袖が焦げている程度のようだ。
まだ決着がついていないので、これからも頑張って避けてもらいましょう。
思考中に一人失格させていたようで、残るは八人だ。
すぐ前に居る二人の死角から細い矢のような炎を、緩急つけて繰り出し同時に下方から踏み込んで顎を狙い剣を振り上げる。一人は剣でいなし、もう一人は後ずさりして避け、こちらが振り切るのを狙い剣を突き出してくる。
顔を傾げて剣を避けて二人の柄を握る手を狙い、拳を叩き込む。が、読まれていたのか、指一本くらいの余裕をもって避けられた。避けられたのが嬉しかったのか、表情が緩む二人。
「ゆるんだ表情をを出さないの」
注意をしつつ足を払い、たたらを踏んだところで横腹を剣の側面で叩く。ほぼ同時に鈍い音がして、当たった二人ともが小さく呻いて蹲った。
失格扱いの二人から意識を外し、いちばん遠いペンギテースに狙いを定めて全力で距離を詰めながら周囲を見れば、彼の右斜め前で剣を構えて立つオクルスの背後に誰か隠れているのが見えた。
ちらっと見える頭髪は黒いし、体格から考えてイーかクリュセラかな。
そんなことを考えている間に右から二人、左から一人が走り寄り足元から剣を振り上げる態勢になっている。ならば、と空いている左手のひらを下に向け、見せつけるように炎を生む姿勢で走る。
「足元だ! 跳べ!」
左後方からイーの叫び声が聞こえるという事は、前方のオクルスの背後に隠れているのがクリュセラか。
床から無数の細い針のような炎の柱が一斉に立ち上る様は、炙られる立場でなければ壮観なんだろうなぁ。実際、アルドール殿下や見学している騎士たちから、感嘆の声が聞こえてくるもの。
跳び上がって炎を踏みつけて着地したイーの他は、術力でどうにか足場を作って滞空したりと簡単に避けられちゃう。なんだか悔しいものねぇ。
「なーんて、ね。どこまで逃げられるかなぁ」
冷酷に見えるようにニタリと笑って倍の炎を生み出し、隊員たちを追尾させてから、剣を構えて一人床立っているイーに向き直る。
「上手いこと皆を追い払ったようだが、すぐにティーを囲むぞ」
楽しそうに笑うイーに、こちらも笑って答える。
「それまでイーは立ってられるかしらね?」
言い終わる前に剣がぶつかり合い、高い音を鳴らす。
振りかぶり振り上げ、凪ぎ払い突き出す。時間がたつにつれイーだけが全身で剣を振るい、私はほぼ棒立ちで腕だけでいなしている状態に、見学する騎士たちが目を剥いていて、楽しくなってきた。
追尾する炎が少なくなってきたので、今度は私たちを中心にして炎を放つ。ちゃんとイーにも当てるように意識してね。
致命的な攻撃を両手両足を使い、切って握りつぶして蹴り散らして躱したイーの息が荒くなってきている。疲れてきたよね?
「くっそ。やたらめったら、ばんばん撃ちやがって」
それでも、にんまり笑う私に剣を向けるのは感心するよ。
「イーたちだって、数で迫ってるじゃないの。どうせ皆にはそんなに効果ないんだからいいじゃない」
「良い訳あるかー」「普通に痛いってぇ~」「団長の鬼!」と、炎との追いかけっこで脱落した隊員たちの恨み節が聞こえる気がするけど、気のせいだね、うん。
「やだなぁ、そんなに言うならもうちょっと追加しようね」
満面の笑みで会場全体に炎を産み出せば、我が隊員たちだけでなく場内全体から悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の場と化した。
あ、やっちゃった。
でもまあ、アルドール殿下と小兄さまは何事もなく無事だから、いいですよね?
母なる女神、とりあえず煩く囀ずった奴らには、いい経験でしたよね。
女神
よくやったわ、それでこそ我が娘よぉ!
もっとやっても良いいのよ、いいのよ?




