対特殊能力戦闘訓練 殿下と楽しく
脱落者に気を遣うことなく思い切り炎を放出したせいで、私の行動を予想していた団員以外で立っているのは、アルドール殿下と小兄さま、そして見学者の控える部屋を守っていた結界師だけみたい。
殿下ってば、こっそり愛し子認定されているのか、炎が当たりにくい。母なる女神は、あの国王の血縁というだけで、王弟殿下やそのご子息までを蛇蝎のごとく嫌っているのに。
それなのに、あの国王の直系の子息二人はお気に入りなんですね、母なる女神。
脳裏に『うるさいわよぉ』という声が聞こえるけど、殿下方の見た目をかなりお気に召しているのを知っていますよ。そして、お二人の女神への真摯な態度を、それなりにお認めになっていることも。
澄ました表情をなさっているけれど、少し焦っているアルドール殿下へ殺気を込めて走る。
手前で跳躍し、おおげさに振りかぶった剣を振り下ろすと、余裕を持って片手で抜剣した殿下が軽く受け止めた。いつもなら楽に受け止められるはずなのに、押されてしまった殿下が意外そうに片眉を上げ、両手で柄を握り今度こそ難なく受け止めた。
いつもの少女らしい膂力での剣戟でなかったことに驚いているようだけれど、無表情を保つのはさすがだわ。
距離をとり対峙する私たちを、無数の視線が見つめている気配がする。
見つめる者たちが恐怖するくらいの、冷酷巫女と言われる私にふさわしい、酷薄な笑みを浮かべよう。
「もう少し奇襲の効果が出ると思いましたのに、さすが殿下。簡単にいなされてしまいましたわ」
「あれだけ殺気を込めて居場所を主張していて、よく言う」
皮肉気な笑みを浮かべ、返事をする殿下のお顔も王子然として眼福だわ。こんな状況じゃなきゃ、がっつり見つめちゃうのに。
「こちらは真剣に巫女殿の出方を窺っているというのに、全く別な思考をするその余裕が憎いぞ」
「実際、余裕ですし?」
無邪気に笑えば、周囲からの殺気が湧いてくる。わぁ、さっきまで悲壮感いっぱいに伏せてたのに、元気ねぇ。
もう一回伏せようか、馬鹿ども。
そのまま私を中心に、風船が膨らむように訓練場を覆うような火球が出現する。
私が何をするか、理解できている我が団員たちはすでに結界の準備に入っていて、小兄さまは面白そうに笑って佇んでいる。アルドール殿下も左手首の術具を触り何かしら対応する素振りを見せ、善戦した近衛騎士たちが対処するように動き、馬鹿たちは慌てるだけ。
「これからこの大球をできるだけ細かく分解しますね。誰が、どれだけ耐えられるでしょうね。ね、殿下?」
何か答えるように口を開く殿下を無視して、人差し指の爪くらいに細かく分け散らせる。
「乱れ散れ」
ほぼ全ヶ所から、なにかしらの悲鳴が上がっている。隊員たちの「いででで!」「お、鬼ぃーー!」とかいう悲鳴も聞こえてるぞ、こら。人が格好つけてるんだから、ちょっとは空気読みなさいってば。
不本意にも和んでいる間に、グラテアン以外で立っているのは、もはや殿下のみ。
「ほら、余裕でしょう。ね?」
呆けてこちらを見つめる面々を見回し、いっそう無邪気に笑って見せれば、ほぼ全員の顔色が無くなってきた。うんうん、ちょっとは私に恐怖するといいよ。
「では殿下、打ち合いましょう!」
踊るように殿下に近寄り、突くように剣を繰り出す。
もう油断のない殿下は、余裕を持って横なぎに私の剣を振り払い、返す手で斜め上から切り降ろそうとする。こちらも払われた反動を使い一回転して反対側の腰を狙って剣を振れば、切り降ろす剣の軌道を変え受け止める。
さっきイーと交わした剣戟のように、薙いで突いて打ち合ってを繰りかえす。殿下は騎士服とはいえ着飾っているというのに、さすがにイーのように不動で相手をする戦いはできない。殿下、お強い。
悔しいな、と思いながらも打ち合い続けているうちに殿下の方が悔しそうにしている。
よく分からなくて、じっと殿下を見れば苦笑しながら答えてくれた。
「今日はこんなに自分が戦う気はなかったのに、全力で相手をさせられている。悔しいに決まっているさ」
「殿下、動きにくい服装じゃないですか。それで、こんなに余裕でこちらの剣を捌かれてる私の方が、悔しいですよ」
もっと余裕を見せるつもりだったのに! と叫びながら踏み込んで突き出した剣は、剣の横腹を柄で撃ちつけ止められて、その柄での間髪入れずのニ撃目で弾かれた。
手を広げる形になった隙を逃さず、今度は殿下が一歩踏み出し突きの攻撃を繰り出す。
思い切りよく後ろに反り、床に手をついて後転して立て直す。
「炎で攻撃されていないのに、これだけ打ち合って互角の戦いという時点で、私の負けじゃないか。先ほどのように両方でこられたら、さすがに耐えきるのは難しい」
本気で悔しそうに言い切り、私にしか聞こえない声で「そもそも、今日ここで戦う気はなかったんだぞ」と苦笑する。
「ここに居る連中以外は、殿下のお力を知っているのでしょう。時間かけずに現実を見せられて良かったじゃないですか」
と、こちらも小さい声で答えておいた。
巫女だけでなく団長になれたのは王子殿下だからだと、アルドール殿下を舐めている馬鹿どもに現実を見せつけるのは後でも出来るけれど、時間が惜しい。あいつらに時間を割く分、訓練してもらった方が余程いいもの。
どちらからともなく剣を下ろし礼をして終了の意志を示し、互いの団員たちの方へ戻っていった。
「最後のはいつも通り、容赦なかったですねぇ」
「ちゃんと火加減には気を付けたし、みんな避けてたじゃないの」
のんびり言いつつ迎えるオクルスに返事をしつつ横目で殿下を見ると、そこそこ動ける騎士たちの殿下へ向ける目が、尊敬するものになっている気がした。
ふーん、ぼんぼん貴族騎士はおいといても、殿下を見極められないから『そこそこ動ける』程度だったんだ。本当に面倒くさいのを集めたのね、殿下。早めに実力を示して頂けて良かったと思う。
いつもならガミガミ言うイーが大人しいな、とよくよく見れば、不機嫌そうに考え込んでいる。
「悔しそうね、イー」
「そりゃ悔しいさ。殿下はあそこまでティーとやりあえるのに、俺はあしらわれただけだからな」
グラテアン騎士団に居たら頬を膨らます勢いで言うイーの頭を、ペンギテースがやさしく撫でて、更に拗ねている。やさしい視線はお母さんのようよ。
ペンギテース、オクルスのお父さんになったりイーのお母さんになったり、忙しいな。
「団長、副隊長に対してなんか酷いこと考えてません?」
「んー、ラクリーマと同じことだと思う。酷いことなの?」
「副隊長、独身でまだギリギリ二十代ですよ」
「ラクリーマってば、副隊長が気になさるからやめなさい。落ち着いているってことにしときなさいよ」
「クリュセラだって、ハッキリ言わないだけで酷いと思うよ」
きゃわきゃわと言い争う二人を、乾いた笑いで見ているペンギテース。
私、思ってるだけで何も言ってないのよ、と首を振っておいた。
しょげたペンギテースを、他の皆が慰めている。むさくるしい訓練後のいつもの我が小隊の姿が、なぜかとても尊い一面に見えた。




