謎の人、可愛らしい人、論外
アルドール殿下の目の前で、両足を揃えて直立し右手は背後へ、左手を直角に曲げて手のひらを下へ向け身体に平行になるように構える。どこの騎士団でも同じ正式な騎士の挨拶の構えをする。
「おはようございます、アルドール殿下」
「おはよう、カリタリスティーシア」
殿下も同じように挨拶をくださって微笑みあうのだけど…真面目な場面なので真面目な顔をしてなくてはいけないのに、無理!
殿下めっちゃ笑顔。まぶしい、笑顔が眩しい。思わず目を閉じた私に偲び笑いで応える殿下。いつもならちょっとムッとするけど、今日はいいの。殿下の顔が麗しいから、もういいわ。
なんとか感情を抑えて、宰相と軍務大臣と他一名に向いて同じように挨拶をする。
私がグラテアン騎士団の団長に就任したのは6年前だけれど、12歳という年齢のため当時から今まで騎士団の代表として公式の場に出席しているのは、副団長の小兄さま。三人の顔を近くで見たのも、この前の合同会議が初だったんだよねぇ。
会議後にちゃんと挨拶する予定だったのに、団長以外を閉め出したおかげで、会議終わってみれば三人とも仕事に戻った後で、今日初めて近くで会話だったりする。
「おはようございます。アルッギラ公爵、ゲマネウム侯爵、ウェルテス伯爵」
「おはよう、グラテアン騎士団長」
「おはようございます。グラテアンの巫女姫」
「おはようございます。グラテアン公爵令嬢」
見事に三者三様の返し。団長として出席してる私に、令嬢ってなんだ。ここは食事会かパーティー会場なのかしら。
さすがのお二方に比べて、クソ参謀は本当にこちらを馬鹿にしてるわ。お前、私より身分下だからね。
いちおう伯爵位にあるだろうクソ参謀は、公爵令嬢の立場なら確かに私が下だけどさ。残念ながら巫女は国に認められた正式な騎士であり、女神の代弁者なのね。所属はグラテアン家でも地位的には大臣級で、有事には条件付きとはいえ王宮騎士団や近衛騎士団を指揮下に置けるって、知らないのかな。
知らないんだろうな。
なんとなく理解した。さっきグラテアンを馬鹿にした近衛騎士たちも、忘れているかあまり重要な事じゃないって思っているから、ああいう態度を取れたんだ。
あれ、お前の指示か。
自分の目が座ったのが分かる。
面白いものを見た、みたいな顔でアルッギラ公爵が声をかけてくる。
「グラテアン団長が初めて他の団の騎士と手合せすると聞いて、実は楽しみにしていたのですよ」
三年前に前宰相から公爵位と一緒に宰相を引き継いだこの方は、大兄さまより少し年上で兄さまがプロエリディニタス帝国へ留学した、はじめの一年だけ同じ学び舎に通い交流があったそうで。
兄さま『いろいろと、すごい方だった』の一言で語るのをやめちゃったから、どういう方なのか詳しくは知らない。
整っているのに努めて平凡に見せている顔に、細身だけど激務に耐えるための身体作りはなさってるようで、背筋が伸びた立ち姿が綺麗。常に笑顔を装備して、他を寄せ付けないけど威嚇もしていない気配。どうやって醸し出してるんだろう、いいなこの感じ、見習いたい。
母なる女神も祈りの場で『ふーん、面白い子ね』で終わっていたから、害や悪意は無いけど曲者ってことかな。
絶対にまともな方じゃないと思うんだけどなぁ、謎なお人だわ。
「アルッギラ公爵に楽しんでいただけるよう、気合を入れて手合せしますわ」
にっこり笑って言えば、アルドール殿下と小兄さまから小さく吹き出す声が聞こえる。なにか面白いことあるか?
「グラテアン騎士団の連携戦闘はとても素晴らしいと話には聞いていましたが、私は今まで目にしたことが無かったのですよ。アルドール殿下が巫女姫と演習をなさると聞いて、つい押しかけてしまいました」
次に話に入ってきたゲマネウム侯爵は、アニラスのおじさまの後輩だったと聞いたことがある。騎士になったのは剣技の理屈や戦略とか戦法を考えるのが好きだから、と公言している。騎士としても強いのに、騎士の自分には興味ない変わり者なのだと、おじ様が楽しそうに笑ってらしたのが印象的で覚えてる。
騎士としての昇進に興味がないのは本当のようで、早々に内勤になりするする文官として昇進して軍務大臣の着任最少記録を作り、今は着任期間の最長記録を更新している。内勤のままいいお年になってるのに、今も身体は絞れてる。
ってこれあれかな。気になった戦法だの剣技なんか実践しちゃってるから、自然と身体が締まってるってやつ。
アルドール殿下が連れてくると言ってたけど、自分から押しかけたというのは本当かもしれない。めっちゃ目がキラキラしてますね!
身体は締まってるけど、丸顔で目もくりくりして黒目が大きくて、なんだか可愛いおじさまだわ。和む。
「ありがとうございます。私の特殊能力にも対応してもらいたいので、術力戦も予定していますの。楽しんでいただけると嬉しいですわ」
わぁ、いっそう目が輝いた。可愛いーい、ちょっとあとでプロエリディニタス帝国の特殊軍の連携技についてお話しません?
「演習後になにか不備や気になる点がありましたら、ぜひご指摘ください。アニラス伯爵からゲマネウム侯爵は、戦略や戦法の造詣が深いと伺っていたんです。その頃からプロエリディニタス帝国の戦法とか、侯爵のお話を聞いてみたいと思っていましたの」
「なんと、巫女姫もお好きなのですか! ではどこかで時間をとって、じっくりお話しましょう」
うっかり礼をといて両手を組んで、ぐいぐい行ってしまっている私に少しも嫌な顔をしないで、むしろもっと輝く瞳で笑っているゲマネウム侯爵。輝く笑顔が可愛い。
今は神話時代まで遡って『一族』と呼ばれる神の愛し子たちの守護者が~、と楽しそうに語る侯爵を見るだけで、私も楽しいです。
わざとらしく咳払いする、自分が偉くて持ち上げてもらえると思っている勘違い論外馬鹿は無視だ、無視。
「では、とりあえず小隊と小隊で試合いませんか。殿下」
「うむ。巫女殿に打ちのめされるより前に、身体の準備をさせた方がいいな。すぐに用意させよう」
すぐに殿下とその場を離れたので、殿下にすら無視される事になったクソ参謀がなんかすごい表情になってたけど、知ったことではない。アレと話すことは無いし、話したいことも無いもんね。
むしろ、分かりやすく馬鹿にして嫌がらせしているのに、なんで私にかまってもらえると思えるの?
さっきニタニタしてた奴らの顔は覚えているからね、どうにかして痛い目にあわせる。
「ふふふ、吹っ飛んだ騎士がぶつかったり~、流れ玉がぶつかったり~何が起こるかなぁ」
フンフン鼻歌でスキップしそうな私を見て、アルドール殿下はため息をつく。
「気持ちは分かるが、主席参謀に怪我はさせるなよ」
「自分で転んで怪我するのは、怪我させることになりませんよ?」
ああ、うん?と納得いかない殿下には満面の笑みで返事の代わりとした。楽しみですね?




