呼ばれました
「聞きたい事も話したい事もたくさんありますが、後日落ち着いてからにさせていただきますわね。今日中にグラテアン邸へ行きたいのです」
乾いた笑いを納めて巫女が言うと、フランマテルム国王は我が巫覡を見て言う。
「もちろんです、我が国やフラエティア神殿への処罰もございましょう、時間を取っていただけて有難い事です。良き日をお知らせください」
「承知した。神殿や王宮の一部の者は別として、姉上の慈しむこの国を支配するつもりはない。プロエリディニタス皇帝、アグメサーケル陛下も近いうちにこの国にお出でになる。話はそれからだ」
「はっ」
我が巫覡の言葉に「え、そうなの?」と呟く巫女に、我が巫覡は「そうですよ」と優しく笑い、出口へと促す。
踵をかえす我々に広間に居る者たちが一斉に頭を下げた。
広間を出てしばらく歩くと、大きな窓から中庭を眺めてじー様が佇んでいる。黙ってると穏やかそうないけてる爺なんだけどなー。
こちらに気が付いたじー様が、我が巫覡と巫女へと一礼する。
「ルペトゥス、国王との話し合いが終わるまでは、フランマテルム王国の者と個人的な話を禁ずる」
「はい、承知しました。して、なぜに?」
こういう突然の我が巫覡の突然の命令に慣れているじー様は、訝しがることなく俺を見て理由を尋ねるのだった。
「巫女サマと仲の良さげな軍務大臣が、生きた伝説の『残虐の狂戦士』に憧れてるらしい。巫女と対面してるのに飛び出して行きそうな勢いだった」
「ふむ、興味深い御仁のようですな。儂にもお役目はございます故、巫覡のご命令通り全てが済んでから面会することに致しましよう」
にこっと笑うじー様に、我が巫覡はちょっとむっとして頷くのだった。笑みを深めたじー様を見た巫女が面白そうにしていて、我が巫覡の口の端がさらに下がった気がした。
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踊りだしそうな程にウキウキと飛ぶ黒炎天が降り立った先は、品のよい佇まいの邸宅。巫女が黒炎天から降りたとたん人形へと転身し、門の前で待つ女性の元へと飛び跳ねて走る。
「ニィねぇちゃん! 立ってたら疲れるだろ、中で待ってなよ」
「大丈夫よ、アーフ。今着いたところだもの」
お前、神殿から王宮へ向かう時に妹君の部屋から出てこなくて、国王との謁見の後にシレっと合流しといてその言い草はないだろう。お前が妹君と話をしている間、妹君は休めなかったんじゃねぇの? と言ってやりたい。
しかし、そんなアールテイと妹君の会話をにこにこ見ている巫女の表情は、とても柔らかい。
巫女の機嫌が良いのを見て、我が巫覡の機嫌もたいへんによろしい。くそぅ…怒れないし、嫌味は言えねぇや。
と、がっくり頭を下げそうになったところに、悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
「お帰りなさいまし、お嬢様方!」
「待ちなさい、マテール!!」
門の向こうから老齢の女性が半泣きで走り寄ってきており、その後ろからやはり老齢の男性が女性を静止しながら走ってきている。
「まあ、わたくしはもうお嬢様ではなくてよ。それに走ったりしたら危ないわ、ばあや」
「ヴァニの言う通りよ、ばあや。せめて小走りになさい、それにエンシスも落ち着いて。兄さま方はお揃いなの?」
「……は、はい。屋敷内で、お待ちに、なっておられます。どうぞ、お入りください」
そうじゃない、と言いたい巫女の突っ込みは無いものとして、エンシスと言われた男性はちょっとだけ乱れた髪を撫でつけながら姿勢を正し、息切れをおさえつつ門を開ける。
泣き崩れそうになる女性を両側から姉妹が支え、慣れた足取りでゆっくりと屋敷へ向かった。
「お久しぶりにございます。テネブラ様、ソリスプラ様」
「今はイヴ・ルースと名乗っています。エンシス殿もお元気そうで」
「お久しぶりです、エンシスさん。俺も今はフィダ・スラーソリスと名乗っているので……」
「はい。ルース様、スラーソリス様。おふた方ともお元気そうで、喜ばしいかぎりです」
冷静に挨拶する男性にイヴとフィダは苦笑して返していた。屋敷へ向かう道すがら、フィダからすごく優秀な家令なのだと聞いた。
確かに、若返った巫女やイヴを見ても驚いた顔してなかったもんな。
さすが、炎の女神の寵愛厚いグラテアン家の家令ってことか。こういう不思議があるって記録でもあるんだろうか。
そして辿り着いた屋敷の扉を開ける前に、家令が巫女と妹君を見て言った。
「旦那様…ドゥーヌルス様とお会いする前にお嬢様方と共の少年をお連れしろ、と大旦那様からご命令を受けております。グラテアン家の頂点に在られますカリタリスティーシア様には、それを拒否する権利がお有りですが……」
「お父様からのお願いではなくて、『命令』なのね?」
「はい。グラテアン邸が開放された直後に、お嬢様が訪れた際はいちばんにお連れしろと命じられました」
「珍しいことですね、お姉様。あの方が命令なんて……」
「そうよね。しかもヴァニだけじゃなくて、アーフの事も分かっているみたいだものね」
姉妹が戸惑っていた時間は短かった。
「分かった。お母様の部屋でいいのね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと行ってくるからメトゥス達は応接室でま……」
「私も行きます、姉上」
「同行しますよ、お姫様」
「我が巫覡が行かれる所は、俺もお供します」
「俺も」
「俺は茶でも飲んで待ってるわ」
我が巫覡に続いて、それぞれがそれぞれに返答をする。
巫女は一瞬だけ驚いた顔をして、盛大に吹き出した。
「あははっ、了解。でもアーフは来なきゃだめだよ」
「アーフは、わたくしと一緒に行くのは嫌かしら?」
「そんなことないよ、ニィねぇちゃん」
一名だけ意見を翻したため、全員で前グラテアン公爵の待つ部屋へと向かった。
家令と侍女のふたりは最後の角の前で、これ以上は進めないと俺たちだけを促し心配そうに見送っていた。
確かに、重苦しい空気が漂っていて、普通の人間にこれは辛いだろう。強欲の男神と拘束の女神と対峙した時の空気と良く似ている。
なぜ、もっとも炎の女神の寵愛が集まるこの屋敷内で、こんなにも奇妙な気配があり続けるのか。不可解な状況に、つい困惑するのが隠せなかった。
先を行く姉妹とその弟は平然としているが、我が巫覡の眉が少しだけ寄っている。イヴとフィダの表情は、たぶん俺と同じだ。
「結界?」
部屋の前まで来たとき、フィダが呟くのが聞こえた。
何のことだろうと目を凝らしてみると、うっすらと扉が揺らいだように見えた。あ、確かに結界みたいなもんがあるわ。
「入りますよ」
しかし、巫女は全然気にした風もなく扉の取っ手を掴み、大胆に扉を開いて中へと一歩踏み出した。
覚悟して巫女と我が巫覡に続いて部屋に入ると、思ったより暗い。
うっすらと浮かぶ灯りで見えるのは、奥の長椅子に座る男性らしき人物と、足元で蠢く大きな塊。
巫女は至って冷静に、蠢く塊を指さして言った。
「お父様? と、お義母様……なの? それ」
待って、あの塊は人間なの?




