こちらは意図的に
俺とイヴが思わず吐いてしまった溜息は、我が巫覡や巫女には届かなかったらしい。目の前で、巫女が「おふた方ってば、うっかりさんよねぇ」と苦笑すれば、我が巫覡も目を細め「そうですね」と返す甘酸っぱ空間が作られていたから。
「姉上、その件については後ほどしっかり確認しましょう。まずはフランマテルム国王カリドゥースとの謁見が先ですよ」
「そうだね。まだグラテアン邸にも行かなくちゃいけないんだったわ」
「はい」
我が巫覡に促された巫女は、王弟殿下からフランマテルム国王へ視線を戻し、彼の前へ歩みを進めた。
数歩の距離を取って立ち止まった俺たちに、三人の男性が勢いよく頭を下げる。
「高貴なる紅き炎の巫女姫へご挨拶申し上げます。ふたたびお目にかかれましたこと、心よりお喜び申し上げます。また、偉大なる氷の男神の巫覡、勇ましき帝国の皇帝陛下へ拝謁叶い、光栄にございます。皆さま方に我がをお救い頂きましたこと、感謝の言葉だけでは表しきれません」
「ありがとうございました!」
スラスラと挨拶の口上を先頭のフランマテルム国王が、最期の謝礼の言葉を全員で述べる。
巫女への挨拶が先だったことに少しだけ驚いたが、フランマテルム王国は炎の女神の国だ。彼らにとっては、炎の女神の巫女が氷の男神の巫覡でありグラキエス・ランケア帝国の皇帝よりも上位に位置するのも頷ける。
何代か前の国王側近がその情報を排除したらしく、それ以降王族に炎の女神の愛し子は誕生していなかった。王子時代のカリドゥースとアルドールはそれをきちんと理解し、巫女に対して正しい行動をしていたので、彼らに炎の女神がこっそりと寵愛を与えていたらしい。
なんていう、いちゃいちゃ夫婦神の会話を聞いた我が巫覡が、機嫌よく巫女に報告する姿を俺とイヴとフィダで生温く見守った記憶が蘇った。
ほぼ巫女の側でいちゃいちゃされるのだが、たまーに我が巫覡の側にいらしゃる二柱の方々。お互いの名前を呼び褒め合う会話なんだが、たまにぽろっと重要な情報が聞こえてくるから聞き耳を立てずにもいられない。
しかし、地味にいちゃいちゃ会話が痛い。巫女や我が巫覡のように、いちゃいちゃ会話だけを流す術が欲しい。最初はうんざりしていたイヴも、慣れたと聞き流せているのが悔しい。
俺は視覚的にも感覚的にも鈍い方なのに、アグメサーケル陛下に鍛えられているあたりから方々の気配を感じるし、はっきり言語化されたわけじゃないが何を言われているのか理解できるようになってたんだよね。
イヴやフィダはお姿は見えないが、会話ははっきり言葉として聞こえるそうだ。
常に巫女や我が巫覡に侍る俺たちは、いちゃいちゃ会話に被弾する事も多い。
慣れている巫女と我が巫覡が、そのいちゃいちゃ会話について楽しそうに話す姿を見聞きしてしまい、複雑な表情を浮かべて溜息を吐くのがいつもの流れになっていた。
会話をはっきり聞こえない鈍い自分を残念に思ってたけど、今回の緑の女神の視線とか戦闘中にもはっきり聞こえた会話で、鈍いままでも良かったかもと思ったのは秘密にしておこう。
巫女への挨拶が先だった事を巫女は戸惑い、当然だろってお顔の我が巫覡が無言で巫女に返礼を促す。
「え、私が先なの?」と声を出さずに言う巫女に、我が巫覡も声を出さずに「はい、当然です」と口が動いていた。
「いえ、当然じゃないです。グラキエス・ランケア帝国の最高位の陛下が先ですわ」
「いいえ、この国の最高位は巫女であるカリタ様ですよ」
ちょっと唇の端を引き攣らせて巫女が言うと、我が巫覡は微笑を浮かべて答える。
声は出ていないが、巫女の口は「くそう、顔がいい」とか小さく動いていた。安定の巫女だ。
そして我が巫覡、さらっと巫女を『姉上』ではなく愛称で呼びましたね。
「フランマテルムではそうでもグラキエス・ランケア帝国では違いますわ。わたくしは今、グラキエス・ランケア帝国に所属しているじゃないですか。そして貴方が最高位にいらっしゃるでしょう?」
「そうですね。その最高位の私が良いと言うのだから、それで良いじゃないですか。ね?」
『ね?』と同時にちょっと首を傾けて、しっかり笑顔を作る我が巫覡。なぜだろう、我が巫覡の周囲にキラキラした光が散っている気がしてきた。
巫女は我が巫覡の輝く笑顔攻勢に押されて、目を見開いて固まった。しかし、静かな巫女の様子とは裏腹に、俺の頭には巫女の絶叫が鳴り響いている。
いつもなら上手く悲鳴を遮断するのだが、対応が一歩遅れたイヴにも聞こえていたみたいで頭を押さえていた。そつのないイヴには珍しいな、と思っていたら思いがけない言葉が聞こえる。
「ああ、アルドール殿下と同じ効果が与えられてしまった……」
はぁっ?!
内心は変な悲鳴で占められていたが、動揺を隠しきった俺を誰か褒めて欲しい。
イヴの呟きは小さすぎて、すぐ横に居た俺にしか聞こえなかったはずだが、我が巫覡の横顔が何故か得意気なものに見えた。
*** どういう事だよ ***
*** 言ったままです。アルドール殿下の光効果と同じものが巫覡殿にも与えられました ***
えー? と目をこらしてみても、俺には何も見えない。でも確かに、我が巫覡の周囲が少しだけ明るいのは間違いない。
*** 俺には衝立とか炎なんて見えないけど。王弟みたいに隠蔽効果でもある、なんてことはないんだろ。イヴには見えるのか? ***
*** はっきりと見えている訳じゃないですけれど、巫覡の周囲に常に薄い氷の破片が漂っている状態ですね。ゆるい流れのある水の中で、硝子の破片が下に落ちずにずっと漂っているというか ***
*** なんとなく分かったわ、俺が鈍いだけね。それが、今与えられたって? ***
*** ええ。アルドール殿下が光る原理を理解した巫覡が、ちょっと羨ましいとか思ったのではなかと ***
*** 羨ましいと思ったら与えられるもんだっけ? ***
*** 与えられませんよ。巫覡殿を応援する慈悲の君と、御方にそっくりな巫覡を応援する母なる女神がお与えになったんでしょう。たぶん ***
*** 眩しくないけど ***
*** 見た感じ、巫覡殿が光量を調節してそうですね。あの効果を制御できてるんじゃないでしょうか ***
*** 与えられた能力を、すぐに制御できてんの?! 我が巫覡、素晴らしいな! ***
*** 感心するのはそこじゃないでしょうが ***
確かに。王弟はうっかりだが、我が巫覡は意図的に与えられている。しかも、各段に上位なもんが…… 神様って凄い。
我が巫覡が二柱の神に愛されていると思っていたが、相当なもんじゃないだろうか。
「巫覡殿が愛されているのは間違いないでしょう。でも一番の理由は、巫覡殿が適度に輝いて美しい姿を見たお姫様が、眼福だって幸せそうに笑うからだと思いますよ」
「そうね。そんな巫女サマを見て、我が巫覡も幸せそうに笑うもんな」
どなたもお姫様と巫覡殿には甘い、というイヴの言葉が聞こえた気がして、笑いが込み上げた。
アグメサーケル陛下も、お二人には甘いもんな。




