うっかりにも程がある
巫女は光っていると断言しているし、それを聞いているイヴにもフィダも当然のようにそれを聞いている。
いや、俺も巫女の「アルドール殿下は発光している」という言葉は聞いたことがある。けど、我が巫覡のお顔だって輝く美貌なんだ。何かの比喩だと思うだろう?
え? 照明が背後に有るとか背負ってるとかじゃなくて、本当に光ってるの?
「ちょっ、どゆこと?!」
「お姫様にも原因は分からないそうですが、アルドール殿下は光っているといつも言うんですよ。私には光っては見えないのですが、なぜか眩しいと感じる事もあるので否定できないんですよね。フィダや他の愛し子たちにも聞いたことがありますが、明度の強弱はあれど殿下が眩しいのは確かでした」
「ええぇ? 人間が発光できるわけないんだからさぁ。慈愛の君は何と仰っているんだよ」
「お姫様が何度か訊ねたらしいのですが、優しくお笑いになるだけらしくて理由は判明していません」
「んな馬鹿な……」
素で驚く俺を馬鹿にすることなく、「不可解ですよねぇ」と同じく悩み顔で答えるイヴ。俺たちの会話が聞こえていたのだろう我が巫覡の視線が、巫女から眩しい一角へと向いた。少し興味が湧かれたのかもしれない。
眇めるように光の方を見つめている我が巫覡の横顔に、珍しく驚きの表情が乗った。
ちょっとだけ目を見開いて眉が寄り、口の端が下がったかな?という微妙なくらいの変化だったが。
そんな表情でも麗しい顔だなぁ、なんてうっかり見入っていたら弾んだ巫女の声が聞こえてきた。
「機嫌悪いのに憂いがあって綺麗ってどういうことなのかなー。目も口もほとんど動いてないんだよね? 造作が良いっていいなぁ。不機嫌でも絵になるのが凄いわ」
綺麗なもの好きな巫女と同じ様なことを考えていた事に少しだけ冷や汗が出たが、俺は我が巫覡の心棒者だ。なにも間違っていないな、うん。ほぼ無表情でもすべてが絵になるのは、巫女に同感ですとも!
我が巫覡への称賛は巫女と同じで、最近は表情の変化について盛り上がる事も多い。今も巫女からの『麗しいわよね』という視線に、『綺麗ですよね!』と返して頷き合っている。
だから振り返ったフィダとイヴの残念そうな視線も、交わされた会話も聞こえちゃいなかったのだった。
「お姫様もイーサニテル様もアレを口に出さなければ、それこそ完璧な『冷酷巫女』と『冷徹なる狂戦士』そのものなのに。これじゃだたの『愉快な巫覡の顔好き仲間』ですよ」
「イヴさん、ティーにも筆頭にも聞こえていません。それに聞こえていても『それが何か?』と返されて終わりですよ」
「せめて、ふたりの口から奇天烈な言葉が出て来なければ、これほど反応に困る事もないんですけどねぇ」
「内容にいちいち反応せず、聞き流す技術を向上させる方がいいと思います」
「まあ、信用されているという事ですしね。かといって、ずっと聞いていたいものでもありませんし」
声を揃えて「悩ましい事ですね」と、盛大に吐き出したい溜息を堪えるふたりだった。
「我が父なる神の気配がある……」
「そうなの? 光だし、母なる女神の気配だけなのかと思ってたのだけれど」
「炎の女神の気配が強いのは確かです。あの光は、皇宮祈祷所で氷に炎が反射した煌めきに似ていますね」
我が巫覡の言葉に小さく唸って、巫女もじっと光を見つめる。じー様に戦の男神の気配を見出したときの倍の時間くらいして、「あ、ほんとだ」という声が聞こえた。
「寵愛とか祝福とかいった類のものじゃないね」
「どちらかというと、以前うっかりで授かった二柱共同の祝福と同じものなのではないでしょうか。あの王弟の顔の造作と表情は、慈愛の君と良く似ています。慈愛の君が男性体になられたら、あんな感じになるのでは?」
「言われてみれば。小兄さまよりアルドール殿下の方が、母なる女神に似ているんだわ。殿下の髪質は兄さまみたいに癖のある髪じゃなくて、真っ直ぐで分かりにくかったのかもしれない」
「恐らく姉上の『神問い』や、兄上の主催する愛し子の集会に王弟が同行して神々に祈りを捧げた時に、我が父なる神がうっかり祝福を授けてしまったのでしょう」
「慈悲の君って、そんなうっかりな方なの?」
「何事にも興味が薄いお方ですが、慈愛の君に関しては、その……」
「ああ、うん。後先考えず、うっかり行動なされちゃうのね。炎に照らされたアルドール殿下が、母なる女神に似ていて『うっかり』祝福を与えた、と。でもアルドール殿下は炎の女神の愛し子ですらないし、フランマテルム王国の王族に氷の男神の気配はマズイわよねぇ」
「ええ。それで父なる神の祝福を打ち消すために、炎の女神も同等の祝福を与えたのでしょう。しかし……」
「お互いに、お互いのお能力を打ち消すのは忍びないとかなんとか、うっかり思ったものだから変な効果だけ残っちゃったんだろうね」
「つまり、どういう結果になったのです?」
我が巫覡と巫女だけで解りあっている様子にじれたイヴが巫女へ聞くと、ちょっと困った顔で俺たちを見て巫女は教えてくれた。
「たぶん、そうじゃないかなって思うだけだよ? 私やメトゥスがしっかり確認してやっと分かるくらいに気配を薄める事は成功したけれど、それぞれの効果を完全に打ち消す事ができなかったのね。で、アルドール殿下の感情に比例して、光るの」
「その説明じゃわかりませんって、巫女サマ」
「ええっとね……殿下の周囲に氷の男神からの祝福で、見えない溶けない氷の衝立が出来上がっちゃってる状態なのね」
「殿下を守るために?」
俺のつっこみに困って言う巫女と、巫女の言葉を補足するフィダ。
「うん。ちょっとした衝撃くらいは避けられるね」
「あ、だから合同訓練のときに殿下にはティーの炎が当たりにくかったのか!」
「たぶんそうだね」
フィダはうっかり巫女サマの愛称を口にしたがその自覚は無く、我が巫覡からの冷たい視線にも気が付かない程に興奮している。
「それだけで光るものですか?」
「母なる女神の祝福の効果で、常に炎が灯っている状態なんだよ。それが感情で揺らいで、氷の衝立に反射しちゃうの。ほぼ寵愛みたいな祝福だからさ、時間で消えないんだよ」
「しかし、神々の息吹を万人が目にする事はできないじゃないですか。私が聞いた人たちほぼ全員が、殿下は眩しい時があると言っていましたよ」
「イヴが聞いた人たちって、フランマテルム王国の人たちでしょ。母なる女神を敬う人がほとんだもの、見えて当たり前なんだよ」
「でも、俺はキラキラ光る金の塊に見えましたし、ピスティアブやクアーケル、タキトゥースなんかも『明るい』って感じたみたいですけど? 野生児組は視るのも感じるのも鈍いのに」
「そこはどちらかの愛し子だから、かな。私と同じく、いつも光って視えるのはヴァニと兄ふたりだけで、グラテアンの皆は見えない時もあったから。メトゥスは?」
「常に輝いていて、視界が煩いです」
「これはもう、授けた方にも分かんない状態なんじゃないの? 答えなんて無いよ、たぶん。アルドール殿下が気にしてなくて良かったわよね」
そういうものなの? そんなんでいいの? と疑問は尽きないが、考えたって解決策なんて無い案件だもんな。このまま、あの王弟殿下は輝いて生きていくんだろう。本人はそれ程悩んでも困ってもいなさそうだ。ああいう所が炎の女神によく似ているから、我らが父なる神が『うっかり』されてしまったのか……
でもさぁ、ちょっと言いたい。
「我らが父なる神、うっかりにも程があると思います」
「相乗効果でとても厄介な事になっていますよ、母なる女神」
イヴと同時にこぼしてしまい、俺たちは顔を合わせて苦笑するのだった。




