再会
デブとその側近は拘束するが、他の者たちはとりあえず通常の生活をするようにとの我が巫覡からのお達しで、広間に居た侍女侍従や(リージェ)はパラパラと散り己の仕事へと戻っていった。
今も機嫌よく笑い巫女の側に立っている妹君へ、ひとりの侍女が近づいてくる。黙って薄着の妹君へ上着を着せているのだが、よく見れば右手が動かない。
「ありがとう、ラクリーマ。ヴァニは疲れてるから、休ませてあげて。待ってるから、戻ってきたら少し話をしよう」
「は、はいっ」
巫女の知り合いだったのか、ラクリーマと呼ばれた女性は肩をびくっと震わせて勢いよく返事をした。
妹君はその女性にお礼を言った後、巫女へ言った。
「お姉様、わたくしはまだ大丈夫ですわ」
「ヴァニは自分が思う以上に疲れてるよ、顔色が良くない。まだ王宮にもグラテアン邸にも行かなくちゃいけないし……」
「では! せめて、せめてグラテアン邸にはお供させてください」
「休んで欲しいんだけどなぁ」
「グラテアン邸の訪問が終われば、ちゃんと休みを取ります。お願いします、お姉様」
ちょっとだけ眉を寄せて潤んだ瞳で巫女を見上げる妹君。うん、あざとい。
「王宮を出るとき連絡するから、グラテアン邸で待ち合わせしよう。それまではちゃんと休んでね」
「はいっ。では、わたくしひとりで戻りますわ! ラクリーマ、お姉様とお話をしてちょうだい」
「いえ。ヴァニトゥーナ様をお送りするのは私の仕事です。すぐに戻りますから、お部屋へ参りましょう」
「ねぇちゃんには俺が付いて行くよ。このまま姉貴と話せばいい」
「それがいいかもね。アーフもヴァニと話をしたいでしょ」
「おう」
「あら、やはりアーフだったのね。アーフはいつ人形を取れるようになったの? ええと、若いわね?」
「久しぶりニィねぇちゃん。9年前位から転身できるようになったんだけど、そん時の人形からしか成長できてなくて…」
周囲が突然妹君を「ねぇちゃん」と呼んで近づくアールテイに驚いて固まった中、妹君だけがケロっとアールテイとまるで数日振りに会ったみたいに会話をしている。君たちかなり久しぶりに会うんでしょ、しかも『アールテイ』で会うのは今世で初めてなんじゃないの?
俺の視線はまるっと無視した妹君は「では、お姉様また後ほど」なんて言って、楽しそうに会話しながら去って行った。アールテイなんて満面の笑みを浮かべて、足取りはめっちゃ弾んでる。初めて見たわ、あんなご機嫌なアールテイ。
にこにこ見送る巫女、表情は変わらないが少しだけ嬉しそうな我が巫覡、初めて見るアールテイの姿に呆気に取られる俺たち、そもそもあの少年誰?って困惑するフラエティア神殿の面々。
そんな異様な気配なんてなんのそので広間を出て行く姉弟が楽しそうなのが、また異様な気配を強めている。
妹君はお強いがアールテイも強いな、おい。
イヴが離れて立つガウディムを見て何事かを指示したのを横目に、ラクリーマと呼ばれた女性を見た。
緊張した面持ちで巫女を見る彼女は、今の巫女より少しだけ背が高い。巫女の頭上を見上げ左手を胸に当てて頭を下げた。薄い金髪がさらりと肩を滑り前に流れて揺れる。そして、いつまでも頭を下げたままラクリーマは動かなかった。
「久しぶり、ラクリーマ。ヴァニを支えてくれありがとう」
「お久しぶりにございます、カリタリスティーシア様。少しでもヴァニトゥーナ様をお支えできていれば喜ばしいことです」
「顔を見せてくれないの?」
「……私にその資格はないです。紅天と蒼炎の事は私のせいですし、スティーシア様に最期までお供できなかった。私は、私だってスティーシア様の侍女だったのに」
やっぱり、あの時ウルティマールに切られそうになっていた女の子だった。明るく溌剌とした雰囲気の子だったのに、大人の女性になったから落ち着いたっていう感じでもない大人しさだ。
各々動きだしてざわざわとした音が止み、足元の床に小さな水玉模様が出来上がっていく音が響く。皆が立ち止まって、ちらちらとこちらを気にしている。
「もう、資格って何よ。紅天と蒼炎はね、あの時はもうまともな状態じゃなかったんだよ。だからラクリーマの事を庇わなくても、行き着く先は同じだったよ」
巫女はあえて軽く明るく言うのだが、床の水玉の増える速度が増しただけでラクリーマは動かなかった。しかし、巫女は一歩前へ出て『ガッ』っと音が聞こえそうな力強さでラクリーマの両手で掴み、強引に顔を上げさせた。
両目から派手に涙を流すラクリーマは口を引き結び顔を触ろうと腕を上げるが、その腕は巫女の手に触れそうになり行き場を無くして顔の横で変な動きをしていた。
「紅天と蒼炎は自業自得。紅天は正気を失ってたし、行動もおかしかったの。蒼炎はそんな紅天が大好きだけど、まともな紅天じゃなくて生きる事に投げやりになってたんだよ。蒼炎の妹である私とヴァニとアーフが良いって言ってるんだから、いいの!」
「でゅぇ、でゅえも……」
「でもも何もない! いいったらいいの、分かった?」
「ひゃい…ぅうう……」
両頬を抑えられて変な発音でも頑張って言い返そうとするラクリーマは、巫女に一喝されると力なく頷こうとする。しかし巫女の力が強すぎて、顔が固定されたまま顔を動かせないようだった。
あ、さらに涙も増えたのだが、巫女が顔を掴んだままなので涙はぬぐえない上に鼻水まで出てきた。
ちょっと、いくら部下とはいえ女性なんだし、俺たちの視線にも晒されているんだから、顔ぐらい拭かせてあげようようよ。
あれいいの?とイヴを見ると、良い笑顔が返ってきた。
「お前ら、厳しくね? あの娘、ずっと悩んで耐えてきたんだろ?」
「そうですか? お姫様は最後の出撃前まで罪悪感を抱くことはないと言い聞かせていたのでけれど、ちゃんと聞こえていなかったみたいですからね」
「いや、最期まで付いてこられなかった、とかも言ってただろ」
「あの娘の場合は家族が居ましたし、あの腕では付いてこられなかったでしょう。それも説明したのですけれどねぇ…」
私たちのことなど忘れて幸せに生きろと言ったのに、という言葉は口を動かすだけで声にらなかった。クリュセラへの態度を見るに、ラクリーマはイヴにとって妹みたいな立場の子だったのかもしれない。
その時、しんみりしそうだった俺や広間の雰囲気を破る叫び声が飛び込んで来た。
「ラクリーマぁぁ!」
巫女は振り返ったのだが、その巫女に顔を固定されたラクリーマは「ふぇ?」と情けない声を出して、視線を広間の入り口に向けるのが精いっぱいだったようだ。
声の主はそのまま勢いよく二人の所へと走り寄り、巫女に固定されたラクリーマの頭へ握りこぶしを振り下ろした。
ラクリーマの頭はクリュセラの拳と同時に巫女が手を離したため、『ごっ』という音と「へぶっ」という女性の悲鳴としては気の毒な声と同時に、勢いよく下へ振れた。
「もうもうもう、この馬鹿!」
「いったぁい、思い切り殴る事ないじゃない。ううぅ……」
左手で殴られた所を押さえて泣くラクリーマをもう一度「馬鹿!」と怒鳴ったクリュセラは、ラクリーマの頭を抱えるように抱きしめて小さく言った。
「……ラクリーマの馬鹿」
「うん、ごめんね。おかえり、クリュセラ」
ただいま、という声はあちこちから聞こえてくるすすり泣きの声に紛れて、かすかに俺の耳に届いた。




