繋いでやるから
「何すんだ?」
「姉貴と陛下と神殿長たちの攻撃が当たらないようにすれば行けるだろ」
「どっちかっていうと、強欲の男神の剣もどきの方に触りたくないな。我が巫覡の氷は気合でなんとか……」
「なんともなりませんよ。私はお姫様の炎を避ける自信はないですからね、そうなると巫覡の攻撃だって当然避けられません。お願いします、アールテイ様」
「お前、剣もどきは避けれられるんだ」
「全力で逃げればなんとか。逃げる事に全力を傾けるために、お姫様さまたちの攻撃を当たらないようにしてもらうんです。お姫様の攻撃に当たったら、間違いなくあの剣もどきに捉えられますからね」
キリっと巫女を見つめて言うイヴ。整った顔で気合を入れる姿は、同じく整った容姿のアールテイと並んでいても見劣りしない。
我が巫覡をはじめとした美形揃いのこの一行にあっても、イヴには違和感が無いんだよなぁ。それだけに発言が残念でしょうがない。
「情けないことを格好よく、しかも堂々と言うなよ。そんなんで何しに行くんだ」
「強欲の男神の気を散らしに、ですかね?」
「あー、なるほど」
確かに。簡単に排除できると思ってる俺たちがしぶとく居残れば、奴をイライラさせる事になるし注意も引き付けられるもんな。
「そうか、俺も絶対に攻撃を当てなくちゃいけないと思ってたけど、攪乱できればそれでいいのか」
「我々も攻撃をして効果を上げられれば理想なんですけれどねぇ」
「無理だよなぁ~」
「そうでもないと思うぞ」
俺たちに印を組んだ手をかざして集中していたアールテイが、ぼそっと言った。
「親父との訓練で全員が強くなったから、あんまり実感はないかもしれないけどな。ここに残ったのは親父が認めた奴らだけだ。使えないと思われたなら、お前たちでもこの場から排除されている」
「いや、もっと怖くなったわ」
「とりあえず生き残れるだけの能力は有る、と認められたってことですか」
「そうなるな。しかもここで見極められたのが人間である親父でなくて、神である父上だからな」
あの面白そうに見ていた視線は、使えるかどうかを見てたってことかぁ。少しばかり認められたのは嬉しいが、目の前の修羅場に突っ込んだ後にもっと恐ろしいところに行かなくちゃならないのが、気が重くてやる気が出ない原因でもある。
「神殿長に育てられた段階で、お前は父上に目を付けられていたんだ。諦めろ」
「えぇっ、そこからなの?!」
「神殿長は侍従だったところに父上に依頼されて侍従になった、つまり侍従の方の比重が重いんだ。そんな神殿長が目を掛けているお前が、父上の目に留まるなんて当然のことじゃないか」
「つまりイーサニテル様は氷の男神の愛し子であっても、戦の男神にも好ましい愛し子、ということでしょうか」
「陛下も言っていた通り、父上は氷の男神を弟とも思って可愛がっているし、性格的にイーサニテルみたいな奴がお好きなんだ。氷の男神も父上を兄として慕っているからな、重ねて父上が寵愛を与えても気にしないらしい。むしろ、どこまで重ねて平気なのかを神殿長で試して楽しんでいるみたいだな」
「おおぅ。じー様はむちゃくちゃ丈夫だからな。じー様はいいかもしれんが、俺はひ弱なんだから手加減してもらいたいぞ」
「ひ弱? どこが?」
心底疑問だって顔でこっち見ないでくれないかな、イヴさん。俺は巫女に殴られたらじー様みたいに手足骨折じゃなくて、全身バッキバキになっただろうが。
「お姫様に全力で殴られて、骨折で済んでる時点で普通に頑丈なんですよ。私は全身粉々だったでしょう」
「いや、普通は当たらないんだが」
呆れた様に言うアールテイに、イヴが何かを思い出したみたいな顔になった。
「そう言えばそうでした。侍従の皆さまは殴り合い、切り合いが当たり前すぎて。それに慣らされてしまって、愛し子同士は攻撃が当たらないって事を失念してしまうんです」
「親父のせいだな、それ」
「我々、炎の愛し子たちには当たりませんからね。とは言え、最近はお姫様だけでなく侍従方と訓練していると、私にも当たる時があるんです。先日のフィダとの訓練では、指を落としそうになって危なかったですから」
「それも親父のせいだな。お前も気に入られてんだよ」
「…………」
イヴの顔全面に『迷惑』って書いてあるぞ。そこは諦めろよ。
ぎっとイヴに睨まれたが、アールテイの「よし」という言葉と何かが弾ける音でうやむやになった。
「これで味方の攻撃は避けてくが、姉貴や陛下の本気の攻撃は当たることもあるかもしれない。出来るだけ自分でも避けるようにしろよ。強欲の男神との戦闘くらいなら保つと思う」
「助かった、ありがとう」
「ありがとうございます。せいぜい派手に、全力で逃げ回ることにします」
「俺は少しは戦うそぶりをしなくちゃだな。まあ、手足をもがれないように気を付けるさ」
「そこは心配しなくていい。手足がもがれたとしたら繋いでやる」
簡単に宣言するアールテイに驚いて凝視すると、ちょっと拗ねたような顔をする。あ、巫女とじゃれ合ってる時と同じ顔だ。
「俺が得意なのは戦闘じゃなくて、防御や治癒の術なんだよ」
「はぁ? それで巫女や我が巫覡に次ぐあの戦闘力はないだろう。じー様や俺なんか簡単に負かすお前の、どこが戦闘は得意じゃないんだよ」
「俺の本体は天馬だからな。人間よりずっと丈夫だし、術力的にも出来る事は多い。人間の身体なのに神と平気で戦闘する、姉貴の戦闘力がおかしいんだよ」
「まさか、今までのお姫様の戦闘は本気の全力じゃないとか言いませんよね?」
アールテイの言葉にはっとしてイヴが言う。
「当然、手を抜いてたに決まってるだろ。陛下だってそうじゃないか。姉貴が全力を出して本気で闘ったら、姉貴の張った結界くらいすぐに壊れる。そうすると足場の外の奴らが危険だし、強欲の男神も警戒するだろ?」
「だから拘束の女神はご自分とも闘おうと仰ったんですね」
何言ってんだって顔で頷くアールテイに、不安しかない。
「俺も逃げ回ろうかな……」
「どっちでもいから、早く行けよ」
アールテイの容赦ない、視えない言葉の剣が頭に刺さった気がした。