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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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さようなら

「ありがとう、メトゥス。でもまあ、間違いなく強欲の男神とは戦闘することになるから、そろそろ準備した方がいいかもね」



 心の声を出したことに気が付かなかった巫女リーシェンが、しれっと我が巫覡ディンガーとの会話を交わしている。

 しかし、俺もイヴも知っている。我が巫覡の表情は無表情に戻ったが、ご機嫌が最高潮に達しそうな事を。少しも口元は動いていないが目尻が微妙に下がっていて、この後の戦闘なんぞまったく気にもしていない。

 それを見て舌打ちを我慢しているイヴと、そのイヴを見て和んだ俺も、もう足は震えていない。全力で向かって敵わない部分は、きっと父なる神方が補ってくださると分かったから。


 こっそりと深呼吸して、気合をいれる。



「しかし、あれだけ術を撃って斬りつけて四肢を切り離したというのに、あまり効果はありませんでした。術に捻りを加えるか、剣に術力を籠めるかしなくてはいけませんね」


「基本的にさっきと同じでいいと思う。今度は助け手が入るから、四肢を切り離せば離れた手足は炭化したり凍って砕けたりするんじゃないかな」



 巫女リーシェンってば、今日のおやつ美味しいね! と言った時と同じ笑顔で、さらっと言ったよ。



「お姫様(ひいさま)、物騒で血なまぐさいことを爽やかに言わないでください」


「顰め面で言ったって内容は変わらないじゃない」


「そうですが、そうじゃない。しかし、拘束の女神の補助があれば再生は容易いでしょう。あの方を強欲の男神から引き離すのは私には荷が重いですよ」


「そっちはアグメン父さまとアーフが当たるんじゃないかな。それに、いつまでも拘束の女神が強欲の男神に協力するとは限らないよ」



 そうか? みたいな顔をして黙るイヴに代わり、我が巫覡が何か思いついたみたいに女神方の方を見た。



「確かに、拘束の女神は慈愛の君への敵意は無く、むしろ好意のほうが強いようですね。そして、強欲の男神への態度を見ると、姉上の言う通りかもしれない」


「たしかに。強欲の男神から離れてくだされば、こちらに協力的にならなくてもかなり楽になりますね」


「それはそうだが、今までの行動を見ても何するか分かったもんじゃないぞ。そんなに期待通りにいかないんじゃねぇの?」


「あー、確かに。アグメン父さま達が悔しがる顔が見たい、とか言って全力で強欲の男神に協力したりしそうだねぇ」



 うんうん、と頷く巫女。なんて怖い事言うの、この人。そして、いたずらっぽい笑顔で続ける巫女。

 


「でもさ、こういう事があるからこっち来てくれたんでしょ? おじーちゃん達」


「もちろんですとも、ご息女。お待たせ致しました」


「うぉあ!! じー様!?」



 爺たちはどっかへ行っていないのに? と思ったら、背後からじー様の声がした。気配を消して俺の真後ろに居たらしい。

 ものすごくびびったわ!!

 気の毒そうに俺を見るイヴだが、お前だっていきなりじー様たちが現れてびっくりしてたろうが。



「儂に気が付かんとは油断しすぎだぞ、イーサニテル」


「いろいろあって、もう疲れてんだよ。脅かすなよ、じー様。で、何してたの?」


「こちらの様子を窺っていた炎の女神の愛し子たちをフラエティア神殿へ向かわせた。彼等にはここに御座す方々の気配は毒になるでの。勝手をしまして申し訳ありません、ご息女」


「いいえ、神殿長。ありがとう。ニィの拘束の糸が切れたし、あちらも混乱するもの。ガウディムたちが向かてくれて助かりました」



 うふふ、あははと楽しそうに笑い合う巫女とじー様。そんなじー様を目を細めて睨む我が巫覡。睨んでもダメなんですよ、我が巫覡。構ってもらえたって、じー様が喜ぶだけですって。



「それにしても、父なる神とわが君のお姿をこの目に映すことが叶うとは、なんたる僥倖! 偉大なる巫覡とご子息に大いなる感謝をいたします」



 じー様は瞳を潤ませて青と黒の神へと頭を下げた。ああ、そうだったのか。



「戦の男神をお呼びしたのは、アールテイだったのか」


「それ以外に荒ぶる神を顕現させる能力(ちから)をお持ちなのは、ご息女以外おらんだろう。しかし、ご息女は慈愛の君をお呼びになられたゆえ、荒ぶる神をお呼びになるのならばもう少し先になっただろうて」


「よく考えりゃそうなんだけどさ。アールテイは拘束の女神にも気がつかれずに『糸』を切ったりしてたんだぜ。巫女サマの御兄弟は次元が違うんだなぁって実感したわ」


「流石はわが君のお血筋で、父なる神のように弛まぬ研鑽を積んでおられるご息女とご子息であられる」


 泣いて拝みそうな勢いで首を縦に振り肯定するじー様に、巫女は苦笑するだけだった。イヴのなんとも言えない渋い表情に、俺も同意しかない。

 空気に重量があるんじゃなかろうかという程に膨れ上がった殺気漂うこの場で、何事もなく感動してんのよ、この爺。拘束の女神のぶっ飛んだ発言だって聞こえてんだろうに、とじー様の太々しさが羨ましいと思う。




「エイデアリーシェとサルアガッカと闘うのも楽しそうね」


「ではわたくしの結界から出て、アレの元へお行きなさい」


「なぜ?」



 きょん、と効果音が聞こえてきそうに戸惑い首を傾げる拘束の女神。炎の女神もそれを見て、同じ様に首を傾向けて言った。



「お前はクピフィーニートと共に、わたくし達と闘うのでしょう?」


「ああ、そういうことなのね。いいえ、わたくしはクピフィーニートと共に闘う気はなくてよ」



 炎の女神の眉間に皺が刻まれる。本当に、あの女神の言うこ事は訳が分からない。



「少し待っていてね。すぐに戻ってくるわ」


「何をするつもりなの、ネウティーナ」


「わたくしが、エイディとサルアガッカと闘う準備をするのよ。すぐよ、本当にすぐ戻るわ」



 笑顔で両手を顎の下辺りで軽く打ち合わせ踵を返し、炎の女神の前から強欲の男神の方へ小走りで去っていく。ちょっと忘れものした、みたいな軽い感じだ。

 何すんだろう?


 全員が呆気に取られたのか、誰も何も言わずにただ拘束の女神を目で追ってしまっている。強欲の男神ですら結界を殴りつけるのを止め、拘束の女神を見ていた。

 するっと結界を抜けて強欲の男神の前へ進んだ拘束の女神が、場違いな程明るく軽く満面の笑みで、とんでもねぇ事を宣言するのだった。



「さようなら、クピフィーニート。わたくし、これからはひとりで行くわね」

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