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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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エイディ

 あれからぴたりと動きを止めた拘束の女神は、うがうがと吠えて悶え続ける強欲の男神を見下ろしているみたいだった。女神から滲み出て漂う殺気が止まらず、空気が重い。

 痛がる時間が長くね? 神々からの攻撃だと治るもの遅いとか?



*** 拘束の女神が術を打ち消して、反射をもろに受け止めて強欲の男神の肘から先が塵になったんだよ。しかも治癒を邪魔しているみたいだから、なかなか腕が生えないみたいだね ***



 俺のだだもれの感情を聞き取った巫女リーシェンが、破裂音の原因を教えてくれる。



*** 巫女サマから見て、爆散したのは強欲の男神の腕の方だったという事ですか ***


*** そうみたい。ただ術を分解するんじゃなくて、反射して被害を与える打ち消し方を選んだのだと思う。拘束の女神、ものすごく怒ってるもの ***


*** いくら怒っているとはいえ、口先だけでも『愛しい』と言うお方にすることでしょうか? ***



 俺もイヴと同じ疑問を持った。直前までは強欲の男神のいう事を、躊躇なく面白おかしく遂行していたのに。



*** あー、それね。たぶん、これから分かると思う ***


*** 姉上は何かご存じなのですか? ***


*** 知ってるというか、以前それっぽいことを直接聞いたというか……私の考えてる事が当たっていれば、なんだけど。ちょっと自信ない ***



 はっきり発言する巫女にしては、珍しく言い淀んでいる。我が巫覡ディンガーも不思議そうに巫女を見ているが、巫女は困ったように苦笑いするだけだった。




「いけないわ、クピフィーニート。エイディの子達を害そうなんて、いちばんいけないことよ」


「がぁ…… 何をいうか。我の邪魔をするならば排除するのが当然だろう」


「ええ、ええ。それがエイディの子達でなければ、むしろお手伝いをしたわ」


「殺気を除けろネウティーナ。それに、エイディンカが何だと言うのだ」


「エイディンカ? 美しい容姿をしているわね。彼の有り様も美しくて、鑑賞に値する存在と思っていてよ」



 それがどうしたの? と首を傾げる拘束の女神は、我らが父なる神を褒めちぎるときだけは笑顔で朗らかな声音で楽しそうに、それ以外は真顔で平坦な口調だ。それに、まだ殺気も全然収まっていねぇですよ。

 殺気を放ちつつほのぼのと会話…… 器用だけど、落差が激しくてかなり怖い。



「我を害する程にエイディンカを思っていると言うのか!」


「 いいえ? 彼に対して恋慕の感情などないわ」


「ならば、なにをそこまで怒るのだ。エイディンカの巫覡(むすこ)を殺そうとしたことか?」


「ええそうね、それもあるわ。あの子もエイディの子ですもの」


「またエイディか。 お前は何を言っているのだ……」


「あなたの質問に答えているわね」



 強欲の男神は痛みを忘れたかのように拘束の女神を見上げ、茫然とする。拘束の女神は無表情で首を傾けるばかりで、それ以上は話そうとしない。

 謎かけみたいな会話だな、なんて思いながら、拘束の女神の声の平坦さが気になった。そうか、エイディは父なる神の事じゃないのかもしれない。



*** 俺、分かったかも ***


*** 私もなんとなくですが。お二方の指すお方が違っているのでは? ***



 うん、俺もそう思う。拘束の女神が言う『エイディ』と、強欲の男神が指す『エイディ』が違ってるんじゃないかな。同意するイヴも小さく頷いている。



*** ですよねぇ。強欲の男神は混乱しているから、気が付かないのかもしれないですね ***



「もう良いわ! あの娘はもう要らぬ。ネウティーナ、お前もここに居る憎き者共もろともに殺して、珍しき娘(アウラ)を手に入れればいいのだ!」



 拘束の女神の妨害を断ち切ったのか、一瞬で手を生やした強欲の男神が立ち上がり両腕を広げて叫ぶ。

 またもや強欲の男神を中心として殺戮系の術が練られているみたいだ。視えない圧力で足を踏ん張らないと、身体が後ろへと押しやられそうだ。

 俺とイヴが足に力を入れて構えているというのに、我が巫覡とした他の方々は先程と同じ姿勢のまま微動だにせず拘束の女神と強欲の男神を見ている。



「わたくしは、いけないと言ったのよクピフィーニート」


「やかましい! 木端微塵になるがいいわ!!」



 強欲の男神から発せられる圧力を一番近くで浴びているにも関わらず、拘束の女神は微動だにしないし声は平坦で温度がない。

 術の圧力だけのはずなんだが、強風に晒されているみたいに髪の毛は逆立つし目も開けていられず、思わず目をつむってしまった。

 いかん、何も見えないぞ。ただでさえ、強欲の男神の術のせいであたりが暗くなっていたのに。


 ゴウゴウと風のような耳なりの響く中『ぽんっ』と誰かを軽く叩くみたいな音がして、膨れ上がる強欲の男神の気持ち悪い殺気が消え、瞼を閉じていても明るくなったのが分かる。

 そっと目を開けると、曇ったように暗かったのが元の晴々とした明るい空へと戻っている。炎の女神のお造りくださった床の先は見えないが、青い空の向こうの方に白い雲がゆったりと流れていて美しい。


 そんな爽やかな景色を背景に、驚愕に目を見開き、広げた両腕の二の腕の半ばからが消えた強欲の男神だけが立っていた。

 俺たちの前に立っていた我が巫覡と巫女や、強欲の男神の目の前に居た拘束の女神はどこいったの?

 慌てて左右を見ても一面の氷の床が美しいことしか分からなかったが、強欲の男神との距離が目を閉じる前と違っている気がした。



「あれっ? 俺たち移動してんの?!」


「っ、言われてみれば。立っていた所から随分離れたみたいですね」



 イヴと顔を見合わせて驚く俺の横では、リムスが頭に力強く頬ずりしている。あの殺気に次ぐ殺気でちょっと疲弊していたので、リムスの首に抱き着く。あったかくて落ち着くなぁ。

 いつもは邪険にするリムスが思う存分抱き着かせくれるのを満喫していると、至近距離から巫女の声が飛んできた。



「ちょっと近くて危ないからって、母なる女神が移動させてくださったんだよ。二人ともなんともない?」


「おわっ! はぃいっ。俺は無事です」



 どうやら俺たちの後ろに居られたようだ。我が巫覡も巫女の背中を守るように立っている。

 巫女がいつも通り飄々としているのを見たイヴも、ほっとした顔をして答えた。



「私もなんともありません。ちょっと疲れましたが」


「あはは。あの噛み合わない会話、疲れるよね」



 と、巫女の視線は横へと流れて遠くを見ている。巫女の視線の先に、濃い緑のヒラヒラとした衣を纏う女神が、紅い衣を纏う女神の前でニコニコと笑っている。

 え、待って?



「我々と強欲の男神との間には、母なる女神が展開された結界がありましたよね? いまも展開されていると思ったのですが…」



 俺と同じ疑問を持ったイブが呟く。

 そう、あの結界ってまだ健在だよな。結界の向こう側に居た拘束の女神が、なんで結界を越えてこっち来れんの?!



「あれは、母なる女神が咄嗟に展開されたものなのね。ものすごく強力な結界なんだけど、攻撃とか敵意や害意がある者を通さないだけなの」


「では、拘束の女神には害意がないという事ですか。しかし、我が父神は警戒されているようですね」



 我が巫覡の言う通り、炎の女神の後ろに居られる父なる神は炎の女神の腰を抱き、拘束の女神を睨みつけている。

 炎の女神は、無。ほんと、何の感情も表さずニコニコと笑う拘束の女神を見つめている。拘束の女神は女神で、ただただ笑うだけ。



「なにあの怖い状況!」


「あれが、あの方々の通常なんだよ」



 巫女は「はぁ」と大きな溜め気を吐き、首を振った。

 ちょっと遠い前方では、のた打ち回る強欲の男神。絶叫してるっぽいが、声が聞こえないのは女神の結界のおかげなのかもしれない。

 ちょっと離れた右横側には、にこにこする拘束の女神を前に、無の炎の女神と敵意と警戒心むき出しで拘束の女神を睨む父なる神。

 そこから斜め上方に、面白そうな顔で全体を見回す戦の男神と、その足元に跪いて控えるアールテイ。


 だいぶ混乱した場だったんだが、もやは混沌と言っていいんじゃないかな。



「これ、どうやって収集するんですかね?」



 思わず呟いた俺に全面的に同意だと頷くイヴ。

 我が巫覡と巫女は目を合わせてから俺を見て、声を揃えて言った。



「分かんない」

「分からないな」



 二人とも、表情が同じですよ。ちょっと和めていいんですが、そんな場合じゃないっすよね。と言いたい。

 まだ俺と気が合っているのか、イヴが小さく吐き捨てるように言った。



「ここで甘酸っぱ空間はいらない」

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