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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
156/160

それはいけないわ

「お前が無能だからだろうが。いいから娘を寄越せ」


「ええ、今回は私の負けね。エイディの子はとても優秀なの。その子とサルアガッカの間に生まれた子供たちも、やはり優秀なのよ。そんな子たちに『糸』を断たれてしまっては、流石にわたくしにもどうしようも出来ないわ。許してね? クピフィーニート、愛しいあなた」


「ネウティーナ、貴様ぁ」



 申し訳ないなんて少しも思ってないだろうなぁ、という笑顔でのたまう拘束の女神の様子に、強欲の男神の蟀谷(こめかみ)には青筋が複数できつつあった。

 仮にも『愛しい』はずの相手に放つ言葉じゃないと思う。艶やかとも言える笑顔で、お前の望みは潰えて振り出しに戻ったんだ諦めろ、と言い放ってんだぞ。

 そんな様子を冷笑し見つめる戦の男神とアールテイは、ただでさえ容姿が似ているのに同じ表情をしていて間違いなく親子だわ、と思わせる。


 アールテイは巫女リーシェンが結界に閉じ込めた時から、存在感を薄めに薄めて拘束の女神から距離を取り、巫女の妹君に絡まる女神の『糸』を気が付かれないように解し、ここぞという時に一気に断ったのだ。

 切れても絡まっている『糸』は炎の女神が焼き払い、我らが父なる神がその灰を浄化し大結界の外───あちら側へ捨て、さらに拘束の女神が妹君にこれ以降近寄れないように戦の男神から祝福を与えた、はずだ。計画ではそうだったし、満足そうにアールテイが戦の男神の側に居るから成功したんだと思う。

 体毛の色素を誤認する術に隠蔽まで重ね掛けされてここまで付いてきて、我が巫覡ディンガーと巫女の結界が強欲の男神に壊された時から黒炎天アーテルフラルムのフリをした天馬カエルクスが、一番の功労者だよな。

 きっと、後で巫女とアールテイから思い切り褒められて、労わられる事だろう。頑張ったな、とその黒い天馬を見たのに、当の天馬には「げぇっ」みたいな表情をして逃げられた。なんでだ。



 逃げる黒い天馬を見ていた俺は、イヴの「リムスが牽制しているからでしょうに」という言葉は聞こえていなかった。




「わたくし、とても悲しいのよ。わたくしもあの娘を愛でられると、とても楽しみだったのに」



 拘束の女神は片手を顎に当てて「ふぅ」と可愛らしくため息を吐いているが、言っている内容はとんでもねぇな。



「アレは我のモノだ。貴様なぞが触っていいものではない!」


「あら。でも、わたくしは愛しいあなたの願いを叶えるために、とても協力してきたでしょう? 少しくらいご褒美があってもいいと思わなくて?」


「我の側に居るのを許してやっているではないか」


「まぁまぁ、それは貴方を貴方として保つのに協力する事で相殺されているわ。とても欲張りで、望むものに手当たり次第手をだして我が物にする貴方を側で見つめる権利の代わりに」



 うふふ、と浮かんだ笑みは、さっき炎の女神に向けたうっとりとした穏やかな笑顔ではなく、ニタリとした悪者っぽいというか邪悪な感じがした。純粋に邪気なく話を聞いてない笑顔も怖いが、こっちも怖ぇえよ。



「我の為に動けるのだ、光栄に思え。そして、もっと寄越せ」


「うふふ、欲張りな貴方も素敵。でも、わたくしは対価が欲しいの」


「お前は我を愛しいという。我のために働かせてやっているというのに、なぜ我が対価を差し出さねばならんのだ」


「ええ、そうね。少しでもわたくしを愛してくださるなら、対価なく無償で働いてよ。けれど、貴方はわたくしを愛していないでしょう?」


「はっ」



 痴話喧嘩みたいな会話だが、ほのぼのとした拘束の女神の言葉に殺気がこもってきている気がする。拘束の女神に捕獲されそうになった時みたいに、肌が痛い。



「もういい。エイディンカの巫覡(ぶんしん)とサルアガッカの娘を屠り、奪えば良いのだ」



 強欲の男神からなんかやばい術を放つ準備をする気配がする。



*** よく分からんが、あれやばい術じゃねえの? ***


*** 知らない形態の術で私にも詳細は理解できませんが、ところどころ理解できる式から大規模な爆発系のものだと思いますよ。それも、殺傷力が高い無差別なやつ ***


*** 落ち着いてんのな ***


*** 貴方もでしょう ***


*** そりゃまあ、な。たぶん、目の前の結界で防いでもらえると思うし、全力で離れても逃げ切れんだろ ***


*** お姫様(ひいさま)と巫覡もこっそり結界を張ってくださっていますよ ***


*** さすが、我が巫覡。さすが巫女サマ! ***


*** ついでに、この痛い気配も防いでくれるといいんですけどねぇ ***



 本当にな。がんがん結界が重なってきてるのが分かるんだが、拘束の女神と強欲の男神の醸し出す殺伐とした暴力的な気配が、ちっとも薄まらないのは何でなんだ。

 しかも、ただ立っているだけに見える我が巫覡と巫女の警戒が強くなった。笑顔だった拘束の女神が、真顔になったからだよな。



「それはいけないわ、クピフィーニート」


「知った事か。なぜお前の言う事を聞かねばならんのだ」



 朗らかだった声音も平坦なものに変わる拘束の女神に構わず、強欲の男神は我が巫覡と巫女の方へと腕を伸ばし手のひらを向けている。その手のひらの前に黒い雲が高速でうねり、球体へと纏まりつつあった。

 ねえ、ちょっと。いくら唯我独尊を突っ走る性格だったとしても、背後の女神の表情は見といた方がいいと思うんだ、俺。声音と一緒に表情までごっそり抜けおちて、人形みたいになってんぞ。



「なおの事いけないわ、クピフィーニート。いますぐお止めなさい?」


「爆散したくなければ下がれ、ネウティーナ」



 拘束の女神は、一瞬で少し浮いて侍っていた強欲の男神の背後から前面に回り、女神の胸と強欲の男神の生み出す渦巻く黒い雲とが接触しそうな程の距離に移動していた。

 どうやって移動したんだろう? と思うのと、あれだけ素早く移動できるってことは、やっぱ俺は遊ばれてたんだなぁとも思った。

 切実に捕まんなくて良かったという安心感と甦る恐怖で、身体が小刻みに震える。身震いが止まんないのは見逃してくれ、と可哀想なものを見る目をしたイヴへとお願いしておいた。


 背中しか見えない拘束の女神からやや距離を置いて我が巫覡と巫女、お二人から数歩後ろに俺たちが立っている。お二方の前には、炎の女神が展開した結界があり、強欲の男神は今までこちら側へは来られなかった。

 炎の女神が張ってくださった結界にみっともなくへばり付いて、爪すらたてられなかった強欲の男神の術がこの結界を壊そうとしている。まともに撃たせてしまったら、フランマテルム王国自体がやばいんじゃねえの?

 爆散という言葉からイヴの言う大規模な攻撃には違いないが、あのままだと拘束の女神が壁にならないか? 強欲の男神は女神ごとやっちまうぜって言ってるしなぁ…



「わたくしはお止めなさいと言ったの、クピフィーニート」



 拘束の女神の両腕はだらりと下がっていたが、言葉とともに左手が身体の前面へと動く。強欲の男神が女神の名前を叫ぶ途中で、手を打ち合わせる乾いた音に似た、高い破裂音と強欲の男神の咆哮が同時に響く。

 威勢が良かった強欲の男神が腕を抱えて蹲り、体中に穴をあけられていた時のように叫びまくっている。



 『ぱぁん!!!』と『ぐがぁぁあああ!!!』が同時だよ? めっちゃビクっとしたし、まだ心臓がばくばく脈打って血液を全身に廻らせてるよ。

 一瞬びびって全身の震えは止まったけどさ、驚愕と拘束の女神からにじみ出る殺気で足は面白いくらいに震えてますわ。

 隣からかすかに空気が震える感じがするから、きっとイヴも同じだと思う。


 ねえちょっと、何があったんですかね? 俺は女神の後ろ姿で何も分かんないんですわ。

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