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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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同じじゃない

「お前たちを裁くためだな」



 漆黒の髪を風に靡かせ不遜に笑い俺たちを見下ろす様は、いつもの飄々としたアグメサーケル陛下ではなく『戦の男神サルアガッカ』だ。醸し出す気配は神威で重く、肉体的にも俺たちより二回りは大きくて、神そのもの。

 『不敵』といった表現がこれ程までに似合うお方だとは思わなかった。アグメサーケル陛下は常に悪戯少年の様な笑顔をたたえ、泰然としている印象が強い。

 しかし、いま俺達を見下ろす『戦の男神』の口元は笑いの形を作っているが、目が虚無というか自分がその辺に転がる石か漂う埃だの塵だのを見てるみたいな、見られてはいるが認識されていないみたいな感じだな。

 アグメサーケル陛下とばまったく別人───別の存在だ。つまり、怖ぇんだわ。



「わたくし、裁かれるような事はしていなくてよ?」


「死体に宿るなんていう規約違反の顕現をラエティルミスにそそのかし、クピフィーニートが正規手順を踏まないで憑依をしている肉体を、現在進行形で修復しているだろうが。しかも、今や憑依なんてもんじゃない。クピフィーニートそのものとして出来上がっている」


「愛しいクピフィーニートがわたくしに身体を修復しろと命令するのよ、仕方がないのではなくて? 今はもう彼自身が身体を修復しているじゃないの。それに、ラエティルミスをそそのかしてなどないわよ。あの子自らが、エイデアリーシェによく似た娘憎さで死体に宿ってしまったのでしょ?」


「はっ、その死体をラエティルミスの前に放り出しておいて、良く言う」


「いやねぇ、わたくしは醜い死体を遠くに捨てただけよ」



 うふふ、あははは、という笑い声を合間に声音だけは穏やかな、だがしかし内容は少しも穏やかでない会話が続く。出来るだけ存在感を消して会話を拝聴していたら、いつの間にか我が巫覡ディンガーの後ろへ立っていた。隣には同じように巫女リーシェンの後ろに立つイヴが、遠くなった頭上で繰り広げられる、殺伐とした会話を息を殺して見上げている。

 どうやら我が巫覡と巫女がリムスたちに命じて連れてきてくださったようだ。知らない間に天馬カエルクスたちはずっと後方へと移動してるぞ。



「お姫様(ひいさま)が戦の男神をお呼びしたのですか?」


「私じゃないよ。私は母なる女神に顕現くださるようお願いしたもん。顕現していただくには、かなりの術力を使うでしょ。いくら私でもこんな短時間に二柱もお呼びできないって」



 確かに、底なしのはずの巫女の術力が今は半分以下だし、巫女には及ばないが膨大な術力を持つ我が巫覡に至っては、ほぼ無い状態だ。ただし、お二人とも回復速度も尋常じゃないので、恐怖の会話が終了する頃にはほぼ元通りになっているだろうと思う。

 人並みの術力しかないじー様や俺には出来ない。そもそも、お仕えする神を顕現させるなんて、その神の巫覡や巫女にだって不可能じゃないかな。大抵はお姿を拝見できたら光栄の極み、って感動するんだけどなぁ。お二方とも規格外が過ぎて、良く分からなくなってきた。



「自らを呼べと仰っていたアグメサーケル陛下が、イーサニテル様の危機にお出ましになった、というのは?」


侍従ディジャーくん、アグメン父さま呼んでないでしょ? それに、あの方はアグメン父さまじゃなくて『戦の男神』だから。侍従くんが呼んだならアグメン父さまが移動して来るだけだもん」



 巫女の言い方が少しひっかかる。まるでアグメサーケル陛下と戦の男神が同時に存在してる、みたいな?



巫覡サルアガエルと戦の男神は、同じ方じゃないんですか?」


「違うね。アグメン父さまは『戦の男神』が分離した一部と言えばいいのかな、ものすごく精巧な分体みたいな? 説明が難しいな」



 我が巫覡は氷の人型に、巫女は炎の人型に意識を乗せて本体から離れて行動できる。その人型の事を分体と呼ぶのだが。



人間(ひと)と同じ構成の分体を作って、意識の一部が宿ってるってことですかね?」



 悩みつつも言う俺に、巫女は「それが一番近いかな」と困り顔で答えた。



「でもアグメン父さまもアウラ母様も、ちゃんと人間から生まれてるんだよねぇ。だけど身体は神のように丈夫だし、術力もいろいろおかしいでしょ? 普通の人間に、そんな変な人間は産めないはずなんだけど…」


「アグメン兄上のご本体である戦の男神が、母になる人間になにか術を施しているのかもしれませんね」


「そうねぇ、プロエリディニタス皇室の血筋には特殊な身体構造をしてるアグメン父さまを生み出せるように、何かしちゃってるのかもしれないね。そうすると、アウラ母さまはどうなんだろう?」


「疑問は尽きませんが、今悩んでいても答えは出ないでしょう。後ほどアグメン兄上に教えを乞うのがいいと思います」


「それもそうね。そうなんだけど、あの会話いつまで続くのかな。休めて有難いんだけどさ」


「アグメン兄上と同じ、いえ兄上より口調は穏やかですが口調ほど穏やかでない気配で、ずっと聞いているのは疲れますね」



 俺は、あの殺気が満ちる気配を『穏やかでない』と表現する、我が巫覡の胆力を心から尊敬する。巫女も「そうね、居心地わるいねぇ」とか豪胆すぎると思う。お前の主、鈍いんじゃね?とイヴの視線が刺さってきたので、お前の主もな、と返しておいた。

 ひとりじゃないって心強いんだな。さっきも恐怖満載だったが、今だって震えそうに怖い。だが、仲間が居るだけでこんなに余裕があるなんて、涙が出ちまう。


 俺達がひそひそと4人で話をしている間も、戦の男神が挙げる問題を自分が進んでしたのではないと拘束の女神が否定し続けている。



「エイディンカとエイデアリーシェが寵愛し俺が祝福を与えた侍従が拒否するのに、自分の巫覡ウディハとして連れ去ろうとしたよな?」


「まあ、わたくしを深く理解するあの子を誘っただけだし、拒否などされていないわ」



 ねえ? と俺を見んな。思いっきり拒否しただろうが!

 と、眩暈がしそうになる程に首を横に振って否定しておく。



「思い切り拒否したそうだが?」


「まあ、嬉しそうにしていたから勘違いしたのかしら。…でも連れ去ってはいないでしょう?」



 なんというか、違反の全てが微妙にそうとも言えないところで止まっていて、ちょっと間違えて、とか勘違いだったけれどしっかり違反はしてないよー、という態を保っている。

 わざとやっているんだろうけど、ものすごいギリギリを攻めてるなー。違反は違反なんだが、結果は違反してないから大丈夫!でのらりくらりと躱し通す気まんまんだぁ。


 どうなるんだろう、と他人事みたいに考えている間も会話は続いているのだった。

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