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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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言ってないもん

 予想では、お姫様(ひいさま)巫覡ディンガーの繰り出す術力を避けるか囮として、神殿長とオリカル様が強欲の男神に損傷を与えているのだと思った。

 いや、実際にかなり追い詰めているようには見える。


 結界の端に追い詰められた格好の強欲の男神の姿は、新たに纏った鎧の一部が欠けていたり大穴が空いていたりとボロボロで、その下にある衣は無い。無いというか、衣らしきものはちらっと見えるのだが、焦げていて素肌の割合の方が多い。

 先程の裸体に戻るのも時間の問題じゃないだろうか、という有り様。


 などと思う間にも、全員が激しく動き回り視覚として捉えるのにも苦労する速度だ。

 結界内を反射して輝く赤と青の光。光の合間を動くお姫様…… 待て、お姫様だけでなく全員ほぼ術と同じ速度で動いているんじゃないか?

 あ、神殿長が巫覡の放った術を切って霧散させている。いいのか、あれ。続いて起こった、唖然としてしまう状況を音で感知したガウディムが力なく呟いた。



「うわ…… 神殿長、カリタ様の術を剣で打ち返してる。……カリタ様に」


「ええぇっ? だ、大丈夫なんですか!?」


「多少熱いくらいで、問題ないと思うわ。訓練でも似たようなことはなさってたけれど、神殿長が味方ごとなぎ倒して攻撃なさるって本当の事だったのね」


「やっぱり、怖いですよぉ。僕、追撃班でなくて良かった」



 驚くことなく内部の状況を言い当てたクリュセラに、半泣きで訴えるオクルスの言葉には同意しかないな。

 お姫様と巫覡の術を邪魔だとばかりに払いのけ、大剣を振り回す神殿長がいちばん動き回っている。オリカル様はその補佐なのだが、あの方も神殿長に当たりそうな術を霧散させている。

 お姫様と巫覡が神殿長の攻撃を躱しているのは何故なんだ。お姫様の表情を見るに、わりと本気で避けている感じがするぞ。

 神殿長はそれは楽しそうに笑い、大剣をありえない速度で縦横無尽に振り回し不規則な速度と動きで間合いを詰めている。オリカル様はあれだけ神殿長の側に居て、よく剣に掠らないものだと感心してしまう。

 私があそこに居たら、間違いなく早々に神殿長の剣に当たり戦線離脱していたろう。じわりと全身が湿った肌の上を柔らかく風が撫でていき、体温が下がった気がした。


 あ、神殿長の大剣が斜めに切り上げ、強欲の男神の太腿に大きな損傷を負わせ、左腕は肘からふっ飛ばした。切り離された腕を、肘から続く血が強靭な紐の様に引き寄せ、くすんだ金色が傷口を覆うと切れた痕を残して腕が繋がる。太腿は今もまだ光っているな。

 回復方法と後の様子が今までと違うということは、拘束の女神の能力(ちから)ではなく自らの能力で修復したのか。

 拘束の女神が火傷痕すら残さず回復していたことを考えると、今は回復に限度がるとみてもいいかもしれない。

 まあ、相手は神なので人間と比べてしまえば、限りなど無いも同然だろうが。



「私たちは結界内に入ってはいけないという理由が、良く理解できました。お姫様に命令されても、絶対に行きません」


「何を格好つけて情けないこと断言してるんですか、イヴさん。内容には同意しかないですけど」



 クリュセラの突っ込みは聞き流し、こちらを見ている拘束の女神とイーサニテルの会話に耳を傾ける。




*** ……エイデアリーシェは慈愛の神であり、守護の神ですもの。護る…… ***



 なんだって? いくつも司るものがあるのか?



*** ……それを言うなら、お前が崇めるエイディンカは慈悲の神であり、粛清の神だと知らないの? ***



 なんだそれは。


 いけない。驚きのあまり、うっかり固まってしまった。

 私の動揺を悟ったイーサニテルが安心しているのが少しばかり面白くないが、あいつも知らなかったんだと思えば冷静になれた。

 お姫様と巫覡の様子を窺えば、冷静そのもので術を撃ち神殿長に続いて攻撃をしかけている。二人とも知っていた情報か。



*** どういう事です、お姫様? まったく知らない情報なんですが…… ***


*** そうだよね、言ってないもん ***


*** そういう事は早く教えてくださいよ ***


*** こっちからベラベラ話すことじゃないんだよ。聞いてくれたら教えていい情報なんだ、ってば!! うっはぁ、こわっ ***



 細かい炎の礫を撃ちつつ強欲の男神の背後へと回ろうとするお姫様が、慌てて膝を落としてしゃがむ。直後、立っていたらお姫様の首あたりの高さを、神殿長の剣から放たれた剣圧が横薙に通り越していく。

 待て。確か訓練の時に見たあの剣圧は、旗を括りつけた金属の棒を切断したはずでは?


 会話くらいは問題ないだろうが、あまりこちらに意識を割いてしまうのは良くない気がする。しばらく会話は控えよう。

 神殿長はお姫様と巫覡の存在を全く気にせず、まったく躊躇なしに好き勝手に強欲の男神へと向かっていっている。訓練で必ず相手をしていたお姫様ですら読みきれない攻撃を繰り出し続けて、止まらない。いや止まれない、のだろう。

 いくら術力の回復速度が人並み外れて早かろうとも、お姫様と巫覡は人間なのだ。無尽蔵の体力と術力を持つ神を相手にすれば分が悪い。

 常に結界の端まで追い詰めているのだが、強欲の男神からの大きな一撃で押し戻されることもしばしば見られるようになった。困ったことに、神殿長の攻撃に慣れつつあるのか、損傷を追う数が少なくなってきた。


 あと少し、あと少し強欲の男神と拘束の女神の視線をこちらに向けるため、時間を稼がなくてはならないのに。


 あれだけ神殿長が暴れているとフィダ達を投入するのは無理だし、イーサニテルはイーサニテルで拘束の女神に気に入られたのか、一緒に来いと迫られている。話を聞いていないあの女神を、イーサニテルが上手く交わせるとも思えない。

 だからといって、今の私に出来る事など何もないのが悔しい。


 焦りばかりが募り、何も出来ない自分の不甲斐なさで情けなくなってきたというのに、さらに追い打ちをかけるように目の前の結界が揺らいでいる。

 追い詰められた強欲の男神が、結界に触れて内部からの破壊を試みているのだ。



「っ! クリュセラ、ガウディム、オクルス、結界の強化を……」



 なんということだろう。物理的に結界内部に指をめり込ませ、そこから自信の術力をもって結界を破壊しようとしていだって?!

 怪力にも程があるだろう!! ……いや力任せに穿とうとすれば指の骨が折れる強度だぞ、怪力には違いないが神の身体構造はどうなっているんだ。

 咄嗟に結界への術力干渉を妨げる術式を強化したが、お姫様以上に強欲の男神と私には術力差があるのだ。数瞬後には結界に干渉を許してしまうだろう。


 何も打つ手が思い浮かばず冷や汗が吹き出し、絶望的な気分が手を震わせる。どうしたら、どうしたらいい?

 震える手先が更に震えるのを確認した頃、結界への干渉を許し内部の結界がひび割れ細かく分断される音を聞いた気がした。


 お姫様の炎が爆ぜる爆音と共に白く湿った煙が、我々の間を通り過ぎてゆくのを茫然と見つめることしか出来ない。ここまで煙が届くのならば、内部だけでなく外部の結界も消えたと思っていいはずだ。

 お姫様たちは天馬カエルクスが確保するだろうが、強欲の男神がそれを簡単に許すとは思えず、皆は無事だろうかと心配になる。



*** 無事ですか?! お姫様 ***



 何度かお姫様に問いかけてみるが、反応がない。

 心臓が自分の意志に反して踊っているし、手先が汗で冷えてきた。ここで混乱にまかせて行動するのは良くない。

 目を閉じて深く息を吸い、細く長く吐き出して気を落ち着ける。



「あれ? プリメトゥス様と巫女サマ、宙に浮いてる。というか、立ってる?」



 焦る私と違いのんびりした風のピスティアブの呟きに目を開けてみると、確かに白い床らしき上にお姫様と巫覡が立っている。床らしきものは、先ほど目の前で展開されていた結界の床に良く似ている。

 お姫様の足元から左へと視線を滑らせていくが、終わりは大分向こうの様だ。こちらの方が比べるまでもなく大きく、規模は全然似てないな、とぼんやりと思った。


 2人が無事ということは、神殿長とオリカル様の心配はいらないだろうとひとまず安心した。

 さて、お姫様を問い詰めないと、と気合をいれたところにピスティアブ以上にのんきな声が耳に届く。



「いやぁ、参ったわ。全然計画通りにいかないのなぁ」



 自分を乗せている天馬(リムス)や、追い詰められるまで己を顕現させて使用しなかった霧状化した剣が、ビシビシと殺意にも似た気配を放っているというのに、気にした風もなく乱暴に頭を掻き溜息をこぼすイーサニテルだった。


 何時もの事だが、私もリムスと剣(きみたち)に同意する。

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