聞いちゃいねぇ
「まぁ、そんな事を言うものではないわ。素直に愛でられればいいのに」
「いや、間に合ってます、要りません」
「うふふ、お前のように元気な子は好きよ」
目の前の女神は俺の言葉など無いかのように、緑萌える髪を揺らして楽しげに笑う。
「全力でお断わりします」
「さぁさ、エイディの子らとクピフィーニートが居る、あちらにいきましょう? 元気な子」
「だから、お断わりしますって」
「ほら、あちらも楽しそう。お前が動けないのなら、連れて行ってあげましょうね」
そ言うと、皆が奴と激しく戦う方へと小さく跳ねるように移動を始めてしまった。
駄目だ、ぜんぜん聞いちゃいねぇわ。
その上、なぜだか俺まで女神と同じ距離を保ったまま動いている。リムスの足は動いてないし振動すらないんだから、どうやって動いてるのかさっぱり理解できない。
間違いなく、目の前の緑のお方がやってるんだろうけど。
拘束の女神は俺の意志やリムスの抵抗はまるっと無視して、リムスごと俺をひきずって移動することにしたようだ。
リムスが全力でふんばって抵抗しているんだが、その格好のまま空を滑るように女神の後ろを付いて行かされている。全力で逃げてた俺の努力って……
「エイディの子らも頑張っているけれど、全力を出しきれていないみたいね。残念なこと」
そう。地上での戦闘とは違い、天馬に騎乗しての戦闘だと自分の足で踏ん張れないのが難点だ。
さすがに我が巫覡と巫女とじー様は天馬に騎乗していない時と遜色のない戦闘をしているが、イヴやクアーケル達はいまいち実力を出し切れていない。
でも、俺たちだって対策をしてないわけじゃないんだ。
「あら、どう対策をしたのかしら?」
そんなん教えられませんて~ 、って、やっぱり思考は漏れもれなのね…
「そうね、特にお前は分かりやすいもの」
「よく言われます」
俺の返事が楽しかったようで、拘束の女神は「そうでしょうね」とコロコロと笑い、俺を自らの横へと滑らせた。と思ったら、突然立ち止まり前方をじっと見つめる。直前までの楽しそうなものと違い、その目は真剣なものだった。
「ふぅん、あれが対策なの。面白い事を考えるのね」
再び笑みを浮かべて言う女神の前では、大きな広間のような結界が出来上がり、その内部で天馬に乗っていた皆が自分の足で立ち、奴と戦っているからだった。
誰もが天馬に騎乗せずに戦いたいと思っていたのだが、奴を地上に落とせば戦いやすくはなるが人々への被害は計り知れないものになる。
悩むだけで時間が過ぎた頃、「なら、空に足場を作ればいいんだよ」と巫女が言った。え、どうやって?と悩んだのは俺だけじゃなかったらしい。
イヴにもっと詳しく説明しろとたしなめられ、ちょっと拗ねた巫女が言うには「鍛錬場より大きめの結界を張って、それを上空に固定すればいいじゃない?」とのことだった。まあ、ゲマドロースを封じた結界だって空に固定されていたのだから、不可能じゃないよね。
でもさ、嫉妬の女神も炎の女神の閉じ込めた結界っぽい膜の中で浮いていたり壁みたいに叩いたりしてたけど、あれは宙に浮けるという人間離れした奴だから可能だったんだと思うんだ。
強固な結界と言いつつも内部は衝撃から人を守るために、感触はけっこう柔らかい。毛足の長いぶ厚い絨毯に居るみたいに、踏ん張ると足がめり込んだみたいな感じになって動きにくいんだ。
敵を閉じ込めることも想定されていうんで、内部から力任せに破ろうとしても上部な膜のように伸びたりして柔軟性もあるから、結界を浮かせての戦闘は向かない。
実際に建物の二階くらいまで結界だけ浮かせて実験した時は、5人しか結界内に居ないのに、内部の人間の重みで結界が滴の逆向きの形になって、そこでぎゅうぎゅうになって動けなくなったからなぁ。
これが地面に接しての展開なら普通に立ってられるのに。と悩んだ結果こうなった。
「でも、今は平らな床らしきものが出来上がっているわね。厚みもある。白っぽいけれど、本来は透明なのかしら……氷?」
鋭い。巫女が結界を二重に張り、その下部の隙間に我が巫覡が厚い氷を生成して床を作ったんだ。
結界を空間で固定するのは、巫女にとっては息をするのと同じくらい簡単なんですと。内側の結界で奴と皆を閉じ込め、外側の結界で我が巫覡の作った氷の床を固定すれば、あら不思議。空に足場のある戦場の出来上がりだ。
巫女の結界だから、俺たちに有利な力場も作れちゃう優れものだ。
「そうでしょうね。エイデアリーシェは慈愛の神であり、守護の神ですもの。護る術はたくさん持っているし、結界程度なら寝ていても完璧に展開するでしょう。あの娘、よくエイデアリーシェの能力を理解してちゃんと使用できているわ」
へぇ、守護の神……えっ?
炎を司る慈愛の女神だっていうのは知っていたが、守護の神なの?
驚く俺の意識の遠い向こう側で、同調するイヴが驚愕する気配がする。我が巫覡と巫女は…… あ、知ってらしたんですね。
「ほほほ、巫女と巫覡が知らなくてどうするの。それを言うなら、お前が崇めるエイディンカは慈悲の神であり、粛清の神だと知らないの?」
はい? 今度こそ、結界の外で術の補助をしていたイヴも固まっているようだった。良かった、知らないの俺だけじゃなかったんだな。喜んでる場合じゃないんだが、衝撃が一周まわって冷静になれた気がするわ。
「つまり、神々はひとつのものだけを司るわけではないんですね」
「そうよ。我は拘束の神にして、混迷の神」
あー、そんな感じしますね。ものすごく納得。
「司る能力で起こしたもろもろの結果、その過程やら結果やらも司っている。ということでしょうか?」
「それを言ってしまうと、約定違反なのよねぇ」
惑わされているし謎が謎を呼んでる気もするが、この方わりとぶっちゃけたよね? 言ってはいけないギリギリまでをぽろっと言っちゃったよな。
それで俺は混乱しまくりだから、『混迷の神』には納得。今みたいにニコニコ笑いながら、俺たちみたいなのを地獄の環境に落とすのが好きそう。そんで、聖女みたいに笑って見てるんだぜ。
ああ、怖い。
「お前、よくわたくしの事が分かるのね。ね、わたくしの巫覡にならない? いろいろ楽しいわよ」
「あ、間に合ってます。俺は我らが父なる神の侍従で、最高に幸せなので」
さっと手を上げて、お断わりの言葉を叫ぶように言った。間髪を入れずに断りを入れておかなければ、絶対に聞こえないふりして好きにするに違いないからな。断固拒否する!
「まあ、つれない事。でも気に入ったわ、やはりわたくしと行きましょう?」
ああああぁ!? この女神、ほんっとうに聞いちゃいねぇ!!
やばい、とてつもなく危ない状況なんじゃないか俺。
緑色の女神の髪が、さっきの触手のように俺に向って伸びてくる。その髪の持ち主は、もんのすごくイイ笑顔。
やべぇ、詰んだ。誰かに助けを求めても間に合わないだろうし、奴と戦っているひとたちを俺と関わらせるわけにもいかない。
意識の向こうでイヴがすげぇ悪態を吐いてこっちに来そうな気配がするが、お前はお二人の補助があるだろう。
どうすっかなぁ、と触手みたいに変化した髪が伸びてくるのを見つめていたら、腕を伸ばしたあたりで触手が止まった。
緑の女神の方を見れば、うっとりと恍惚とした笑顔で俺の上方を見ている。
なんだ?
「この坊やは、背の君の侍従。お前が触れたり、ましてや巫覡になんて無礼にも程があってよ、ネウティーナ」
やべぇ、炎の女神がお出ましだ。