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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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怖い視線、怖くない視線

 やべぇ、嫌になるくらいに『無視はさせない』という意志を乗せた視線が絡みついてくる。

 俺やばくない? このまま、じー様に付いていって大丈夫か?

 本気で心配になった頃には、すぐそこにゲマドロースの閉じ込められた結界があった。



「解除するね」



 巫女リーシェンの言葉が終わると同時に、結界中を縦横無尽に暴れまわる熱光線を生み出していた手鏡はただの手鏡として巫女の手に収まり、ゲマドロースの肉体に穴を空け続けていた光の線は最後まで消えゆく結界に反射しながら消えていった。

 ゲマドロースの身体が焼けた臭いがするかと思ったが、異臭は漂ってこなかった。

 結界が解け始めた頃はずっと雄叫びをあげていたのだが、光の線が収まる頃には唸り声に変化してじー様に向って何かぶつぶつと言っているようだった。そんなことより、体中を穿たれ続けた奴が素っ裸だという事が一番の衝撃だった。



「うわ、素っ裸! え、あんなのと戦うの?」



 俺の考えと同じ事をぴったり同じ速度で、ピスティアブが口にする。すると、その言葉が聞こえたかの様に、どこからか現れた衣服と鎧がゲマドロースの身体を覆う。

 鎧はいつも奴が纏っていた黒の鎧と同じなのだが、くすんだ金髪の合間から見えるギラギラと異様な光が宿る瞳はこちらもくすんだ金色で、漏れ聞こえる呟きの声は低いが俺の記憶しているゲマドロースとは違う音をしていた。そもそも、ゲマドロースの頭髪は灰色で、瞳は濁った緑だったはずだ。



「なあ、じー様。ゲマドロースって、あんな顔と声してたっけ?」


「儂の記憶では違う。奴は小心者であったから、あそこまで儂に殺気を込めた視線も投げてはこなんだしの」


「顔の造作も変化した様だな。金の瞳、くすんだ金髪は強欲の男神の色彩だ。もう今はゲマドロースではなく、強欲の男神だと言っていいだろう」


「拘束の女神が『ゲマドロースの肉体』として拘束していたのですよね。そんな事が可能なのでしょうか」


「始めは『ゲマドロースの肉体』として拘束して、次に『強欲の男神の宿る肉体』として拘束する。また時間が経過したあと、『強欲の男神と同じ姿の肉体』として拘束したのかもしれない」



 我が巫覡ディンガーの言葉が可能なのかと問うイヴに、巫女が答えた内容はとんでもないもんだった。拘束の女神は、時間をかけてゲマドロースを強欲の男神にしてしまったってことだろ。

 我が巫覡は安定の無表情で、発言元の巫女もしごく冷静に、んなこと出来るのかと質問していたイヴは「へぇ」みたいな口の動きをして、容貌が変化したゲマドロースを見ている。

 みんな冷静すぎんか、驚いてんの俺だけなの? と不安だったのだが、三人以外はみんな動揺している風に見えた。仲間が居て、ちょっとだけほっとする。



『シャァッ!!』



 周囲を見ている間に、強欲の男神の姿をした何者かは速度を落として近づく我が巫覡方には目もくれず、殺気と気合を込めてじー様へと迫る。素手だったはずの手には大剣が握られていたし、周囲の空気が重くなった気がした。

 俺は、あれが当たったら頭はかち割れるなぁ、とぼんやり思う。不思議とじー様が危ないとは思わなかった。


 じー様が剣を実体化させ、強欲の男神の姿をした何者か── もう『奴』でいいよな ──に向かって一閃させると大きな音をたてて奴の剣が弾かれ、大剣を振り下ろす前の格好になった。

 重かった空気も、じー様の一閃で元に戻っている。え、じー様ってば奴がなんかした力場を切ったのか?! すごくね?


 驚きの表情をして固まる奴に、じー様は挑戦的にニヤリと笑い剣を右から左へと横に薙ぐ。

 素早く立ち直った奴は、剣でじー様の攻撃をいなし、滑るように後退する。天馬カエルクスに乗らず宙に浮き自在に動くって、人間には無理だろ。人間に見えるあの身体も、すでに神のものとして再現されていると思っていいのかもしれない。

 あれ、切れるのか?


 悩みながらも、密かに奴が後退する場所へと移動していた俺が、奴の横から剣を突きだしたのだが、黒い靄が奴の耳元を漂うと、くすんだ金の瞳がぎょろりとこちらを見る。

 異様な目つきだが靄からの視線に比べれば大したことはない、というか怖くねぇな。なんて油断していたからか、人間には有り得ないしなり方をした腕に握られた大剣の腹で受け止められてしまった。じー様なら大剣にヒビくらいは入れただろうが、俺はただ止められただけだよ。ちくしょうめ。


 奴の大剣をつたって黒い靄が俺の剣に迫るのを見て、慌てて奴から距離を取ると上から細かい炎の礫が降り、下から細く鋭い氷の針が湧き上がった。

 避ける暇もなく炎が肌を焼き氷が皮膚に穴を空けるが、体中を黒い蔦が覆うと肌はなめらかさを取り戻していた。意味がわかんねぇ。


 大技が来るだろうと思い、もっと距離をとると奴を大きな水球が呑み込み内部は激しくうねり、それに合わせて奴も激しく回転したり水球の縁に叩きつけられたりしているみたいだった。



「激しいのぉ」



 じー様が楽しそうに水球を見て呟く。



「すっげぇ勢いの水流だよな。あんな小さい球でどうやってんだろう」


「水流の事ではないぞ、イーサニテル」


「じゃあ、何が…」



 激しいのか、と問う俺の声をかき消す破裂音の後には、水を滴らせた奴が唇を片方だけ上げてじー様を睨んで佇んでいた。



「あー、奴の剣戟が激しかったのね」


「その通りじゃ。あれに当たると骨が砕けるぞ、気をつけい」


「無理言うなよ…」



 『カアァァア!!』と気合を入れつつ大剣を肩に担ぎ、こちらへ滑ってくる奴の顔が笑っているようで笑っていなくて不気味だ。

 気を付けろと言われたし気を付けるつもりだが、靄からの視線で動きが鈍っていて、奴の攻撃を天馬(リムス)に当てずに避け切れる自信がねぇ…

 俺は攻撃はじー様とじっ様に任せて、全力でリムスと逃げるしかないか。



「よし、俺は奴から全力で逃げる! じー様、じっ様、攻撃は任せた!!」



 じー様は「任せろ」と笑顔で送りだしてくれたのだが、その後ろで奴から靄が離れるのが見えた。


 嫌な予感しかしない。

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