ダメに決まってる
「各隊とも順調に目標を襲撃中」
「よし、予定通り私たちはこっそり行こう。メトゥス、もう少し隠蔽を強めてくれる?」
「はい、姉上」
巫女の軽い依頼に、我が巫覡がこれまた軽く答えた瞬間、この場の全員にかけられていた隠蔽術が強まった。
さらっと軽く全員の隠蔽が強化されたけどさ、わりと高度で難易度の高い術だよな? さすが我が巫覡、素晴らしいです。
複数人にこれだけ精密な術をあっさりと施す神編術師は、そうそう居ない。
「巫覡殿は術師としての訓練も相当に頑張っておられましたからね、今やこれ位は鼻歌混じりにこなせますよ」
「前回の共闘時の術戦で、巫女についていけなかった事を気に病んでらしたからな。術力の回復も巫女には及ばないが、相当に早くなられたし」
「そうですね、術戦に関して心配なのは貴方だけですね」
「ちょっと同調と補助が苦手なだけで、俺だって進歩してるっての。お前だって術力に不安があるだろうが。俺の術力の回復は相当早い方だぞ」
「そうですけれど、私の場合お姫様の術力を使えますからね。貴方の調整が微妙なばかりに、巫覡殿の制御力が爆上がりしたからいいじゃないですか。誰も貴方に術の補助など期待していませんって」
「そうだけどさぁ」
「私は剣での戦闘力では及第点しか出なかったんです。巫覡殿の方も私が調整しますから、私のことも物理攻撃から守ってくださいね」
「へーい」
そうなんだよ、どれだけ頑張っても繊細さが必要な術力制御は、我が巫覡をお助け出来るほどには上達しなかった。その代わりのように、剣での戦闘力はじー様とじっ様が組んで攻撃してきても凌げる程になったがな。さすがにじー様には敵わないが、じっ様にはほぼ勝てるようになったし。
年寄りに勝てないのは悲しいが、じー様は戦の男神サルアガッカの化身である巫覡アグメサーケル様が、侍従筆頭であると宣言した程の戦士だ。
仕方ない。仕方ないと思うが、じっ様を下してじー様に負けた後ニヤニヤしながら「儂の勝ちじゃ」とか言われると、ものすごく腹が立つ。いつか見てろよ、爺ぃめ。
「侍従くん、気合入ってるねぇ。頼もしいわね」
「術に関してイヴに敵わず、白兵戦ではルペトゥスに一歩敵わない事に闘志を燃やしているようです。イヴと二人で分担して、我々の補助をしている事に気が付いていないみたいですね」
「そうよねぇ。おじーちゃん、他人の補助するっていう技術というか才能が壊滅的だものね。イヴの相手をしながらこっちを補助したり守ったりするなんて、クアンドやスキエンテだって出来ないのに」
俺は爺二人組への闘志を燃やしていたばかりに、お二人が俺を褒めてくださっていたのを聞き逃していた。そして、そのお二人の後ろから爺二人組がほのぼのと交わしていた会話も、もちろん聞いていなかった。
「甘酸っぱいのぉ、オリカル」
「そうでございますねぇ。イーサニテル様とイヴ様も良い関係を築かれていますし、ルペトゥス様はさぞ嬉しいことでしょう」
「うむ。長生きはするもんじゃの」
うふふ、あははと笑う爺二人の絵図にグラテアンの愛し子たちは一歩後ろへさがり、イヴに慣れろとたしなめられていた。ガウディムとオクルスが寄り添って「無理…」と呟いている横で、軟弱ものめという目でクリュセラが二人を見る。
「頑張りなさいな。それくらい無視できないと、スティーシア様の傍に居るのは無理でしょ」
「だんちょ…カリタ様の行動はもう慣れてるけどさぁ、あの方たちってカリタ様の奇行以上に強烈だろ。カリタ様の周りに集まる人たちって、個性が強すぎじゃねえ?」
「でもガウディムさん、カリタ様ほどこっちに迷わ……げふん、影響ないじゃないですか。クリュセラさんみたいに生温い目で見ればいいんですよ。たぶん」
「お前、それ出来るのか?」
「僕? 無理です!」
「俺もだって。どうすりゃいいんっスかね、フィダ隊長?」
「慣れろ。あの人たちの事は考えるだけ無駄だ」
尚も「えー」と声を上げる二人と、白けたように溜息をつくイヴ、フィダ、クリュセラ。
三人から少し離れたところで、ピスティアブ、クアーケル、タキトゥースの三人がこそこそと話し合っている。
「巫女さまの奇行を、何事もなかったみたくかわす方が大変じゃないのかなぁ」
「イーサニテル様のひとりごととか、神殿長の顔に会わない乙女っぽい言動なんて聞かなきゃいいもんな」
「お前たち、それを不敬と言うんだぞ。思うだけにしとけ」
「はぁい」
「へーい」
物思いに耽っていた俺はじー様以下の話をまったく聞いていなかったが、我が巫覡と巫女はばっちり聞いていたらしい。
「みんな仲良くていいねぇ。これから殺伐としたところに行かなきゃいけないんだけど、和むわ」
「そうですね。いつも通りなのが良いですね」
と笑って巫女は黒炎天と駆けながら、我が巫覡と笑いあっていた。
黒炎天がちらりと周りを見渡して、大きな溜息を吐いたところで俺は正気に返る。
まだ何も見えない前方から重苦しい気配が迫ってきて、圧迫感で息がしにくくなったからというのもある。
ふと、巫女と我が巫覡が笑いを納め、勢いよく前方を見つめる。
「あ、気づかれた」
「本当ですね。これは、睨まれているのでしょうか?」
「そうみたい」
そんな軽く言うことですか? 今でも結界内で身体に穴が開き続けてるんですよね、その睨んでるって人は。
「プリメトゥス様、巫女サマ。それって、もしかして今でも身体を破壊され続けてるっていうゲマドロースのことですか?!」
勇者ピスティアブが確認を取ってくれた。聞きたくない、聞きにくいことをさらっと質問するお前が大好きだ!
「そうだな。今も、熱光線に身体中を穿たれながらこちらを睨んでいる」
「たまに顔というか、目も焼かれて穴が空いてるみたいなのに、まったく視線が外れないわねぇ」
「怖い怖い怖い!!」
あちこちから何人かの声が重なって、返事が「怖い」だけになっている。
もちろん、俺も怖いわ。
「ふむ、どうやら儂らの気配を感じておるようですなぁ」
「ああ、なるほど。アグメン父さまの気配がしたから、なんか興奮しちゃってるのか」
「血が滾りますのぉ~」
やめろ、爺ぃ。じー様が嬉しそうに言う隣でじっ様も「左様ですね、ルペトゥス様」と声をださずにうんうん首を上下に振っている。
なにあれ、あのゲマドロースもどきと戦いたいのか爺組は。
それはいいんだ、爺たちの気合は有り難いっちゃ有り難いしさ。段々とハッキリ見えてきた眩しい結界にゲマドロースっぽい人影が見えるんだが、人影の背後というか近くに不快とか悍ましいという表現がぴったりの、嫌な気配がする。
気配だけで姿が見えないのに、じー様や我が巫覡の方でなく俺を見ているみたいに感じるんだよな。
ゲマドロースっぽい人影の視線より、そっちの不気味な気配の視線らしきものが絡みついてきて、悪寒で背筋がゾクゾクする。
「お腹と頭が痛くなってきたんで、俺は帰っていいかな?」
本気でそう思って言った俺に、イヴとフィダがぐりっと首を回してこちらを凝視して言った。
「ダメに決まってるでしょうが」
「ダメに決まってるだろ」
声が綺麗に揃っていたよ。
やっぱダメか。