簡単でした
どんなに地方の小さな神殿でも神殿騎士団は無くとも神殿騎士は必ず所属しており、神殿に在籍する愛し子や神官を守護している。
神殿騎士の所属が一定数を超えると『神殿騎士団』を名乗る事ができるようになり、数多くの特権を持つ神殿が更に有利な権利を得る事ができる。
そういう事なら、そこそこの剣の腕や戦闘力のある奴をじゃんじゃん神殿騎士として取り立てればいいだろ、と思うよな。
俺ですら簡単に想像できちまうせこい考えだ。当然のごとく神殿騎士になる条件も厳しく決められ、定期的に審査される。
巫覡や巫女の『神問い』と同じく自国以外の視察官が来殿したり、お仕えする神々がこっそり見るというびっくりな審査等、不正がまかり通ることはまず無い。
しかし、現在のフラエティア神殿には国外からの視察なんざ無理ったら無理! だし、炎の女神がお目覚めになったのが数年前だ。たとえ奇跡的に国外の人間が神殿騎士団の審査ができたとして、不正があった場合の改善指導なんて受けようがない。
そりゃもう、好き放題できちまうよなぁ。
グラテアンの愛し子たちが展開した結界は、フラエティア神殿とって正に救世主だろう。
破落戸に騎士服着せて『神殿騎士だ』と言い張れば、それで終わる。
「じゃあ、今のフラエティア神殿に本当の神殿騎士って、どのくらい居るんですか?」
「似非騎士も合わせた人数の方が大事じゃねえ? あ、ですよね? 巫女サマ」
可愛らしく巫女に聞くのは、見た目だけ美少年中身野生児だったクアーケル。そして身長は伸びたが小柄なまま容貌に変化がないので、今でも見た目は美少年のままの中身は野生児(野生青年か?)だ。
いつものごとくクアーケルに突っ込みを入れるのが、見た目も中身も野生児だったピスティアブ。こっちは軽い庶民にしか見えない青年に成長している。
見た目も中身もそう大した変化はなかったが、ここ最近はグラテアンの愛し子たちにガッチリ指導されて正しく敬語が使えるようになったし、真面目な神殿騎士へ擬態する技術を会得した。
巫女が皇宮へ滞在したはじめの頃は、いい歳した青年が子供のようにグラテアンの愛し子たちに飛びついてはぶっ飛ばされ、「最低限の礼儀は覚えろ」と拳で指導されてたってのに今や立派な青年だ。
グラテアンの愛し子の皆さまには本当に申し訳ない、とアラネオと共に謝罪したのは良い思い出?……かな、うん。
「フラエティア神殿の神殿騎士はそこそこ強かったけど、今も強いかどうかは分からないかな。母なる女神が仰るには正規の騎士と、騎士もどきは同じ割合ですって。合わせて今回遠征してきたこちらの皇帝宮騎士団の4割くらいかな」
「国を囲むように皇帝宮騎士団を分割して、四方向から侵入して攻めるんですよね。各部隊は神殿騎士団より少数ですが、大丈夫なんですか?」
「いち、にい、……たくさん!!」と堂々と叫んでたピスティアブが、まともな言葉でまともな質問をしている!
すげえ、今日いちばん感動したぞ、ピスティアブ。
「奇襲をかけるのだから、いちどに神殿から全兵が出ることはないもの。あれだけ鍛えられた彼等なら、順次上がってくる隊を二部隊でじゅうぶん各個撃破できるわよ」
「えっと、二部隊でフラエティア神殿を襲撃、一部隊で王宮を襲撃して残りの一部隊でアルドール殿下の軟禁されている離宮を襲撃する。ある程度戦況が落ち着いたら部隊を割き、グラテアン邸に向かわせる、ですよね。一番はやくグラテアン邸へ行くのは、離宮の隊かなぁ」
三回瞬きしたら自分の発言すら忘れるクアーケルが、スラスラ作戦を諳んじているだって!?
しかも、自分の見解まで言えるだなんて。お前、考えられる頭があったんだな……今、俺は猛烈に感動してるぞ。
「なあ。なんかイーサニテル小隊長、俺たちに対して失礼な事考えてる気がしないか?」
「うん、するね。絶対僕たちを馬鹿にしてるね。自分もあんまり変わらないのにさ」
「さすがに数くらい数えられるっての、子供じゃないんだから」
「ね、僕だって作戦くらい覚えられるよ。子供じゃないんだもの」
ピスティアブとぷりぷり可愛く怒るクアーケルを見て、巫女がタキトゥースにひそひそと質問を投げた。
「子供の時は数えられなくて、いくつか一緒だと覚えられなかったってこと?」
「はい。前回フランマテルム王国へ侵入した時、ピスティアブは3以上数字があると『いっぱい』と言っていました。クアーケルは条件がいくつもある作戦だと飛び石の記憶しか残らず、単独での作戦は任せられなかったんです」
「思ったより酷かった!」
けたけたと笑う巫女に「俺も言葉が酷くて、伝言係はできませんでした」と微笑しながら真面目に答える青年は、あの朴訥なタキトゥースとは思えない程に爽やかな青年へと変化していた。
皇帝近衛連隊の一員となった頃から敬語の矯正をしていたのだが、変な敬語が癖になってしまい直らず、俺たち親しい者以外には全く口をきかなくなっていた。我が巫覡と同じくらいに口を開かないので、喋れないと勘違いしていた奴も居たくらいだ。
かなり努力していたが全然改善しない口調にへこんでいた所「ペンギテースと話すといいよ」と、巫女がペンギテースを紹介してくれたのだった。
彼も敬語が上手く使えなくて苦労していたそうで、後日二人で話をしている間にまともな敬語が使えるようになりました、と嬉しそうに報告された。
以降、グラテアンの愛し子たちや俺たち以外の皇帝近衛連隊とも、おだやかに会話をしている姿を見かけるようになった。
それから俺とアラネオは、面白いからと矯正を後回しにしてしまった事をタキトゥースに謝罪した。
タキトゥースは驚いた後「小隊長とアラネオさんが直そうとしてくれていたのは、ちゃんと分かってました。俺こそ、死ぬ気で直そうとしないで黙ってしまって申し訳ありません」と破顔して、俺たちがちょっと泣きそうになったのは秘密だ。
なんて、今すんげえ和んだ雰囲気なんだが、俺たちが居るのは白い壁の前。
そう、グラテアンの愛し子たちが展開した大結界のギリギリに、天馬で限界まで上昇して解除の時を待っているのだ。
4部隊に分けた皇帝宮騎士団が派手に神殿や王宮を襲撃する影で、俺たちは巫女の展開した小さく強固な結界に囲まれたゲマドロースの所へと駆けるのだ。
俺たちが一番結界に近いので他の隊が結界付近まで近づくのを待っているのだが、緊張感というものがまるでない。
緊張でがっちがちになるより、間違いなくこのゆるい気配の方がいいけどさ。
「巫覡殿、団長…じゃなかったカリタ様、全部隊が配置に就きました」
心話で他部隊と通信していたガウディムが言うと、我が巫覡は巫女に頷き巫女も頷き返す。
巫女は視線を結界へ向けて、笑顔で元気よく声を出す。
「じゃあ、解除しよう。皆いくよ、さん、にい、いち、今!」
ガウディムが離れたグラテアンの愛し子たちに巫女の声ごと伝えたあと、彼等はなんの動作もせずただ結界を見ていた。
やがて白い壁のあちこちに小さな穴が開き、その穴がゆるやかに大きくなっていく。小さな穴の向こうに、こちらと同じ青い空が見える。
空の見える穴と白い不可視の膜、穴よりも広かった膜の面積が瞬く間に逆転してゆき、数回息を吸って吐いた頃には白い壁の名残が青い空に溶けていった。
「めっちゃ簡単に結界なくなったね?」
何というか、もっと解除に手間とか手順とか時間が必要だと思っていたんだが、あっさりと消えてなくってびっくりする。
イヴは本気でびっくりしている俺を見て、クスっと笑って言った。
「はい、簡単でした」