攻める理由2
フォッサイネルはフランマテルム王国を思いやってのことではなく、自分が生きている間だけでもどうにかできればいいと思っているのがよく分かる。
愛し子を使い捨てフランマテルム王国を手にしようとしたゲマドロースに取って代わり、私が即位したことは王国民に知らされていない。
しかも、あの壁は外部からの神の気配を遮断しているだけで、王国へ帰れない者も出るという条件付きだが、国外へ出る事が可能なのだ。
もし彼等の生活が立ち行かくなった場合、どちらかの帝国へ助けを求めれば難民として引き受けてもらえる。
グラキエス・ランケア帝国は食糧供給も安定してきたし、炎の女神の愛し子が多くなれば気候も和らぐという事も大きく喧伝している。
それをフランマテルム王国の民に知られれば、かなりの国民が国を出て行くだろう。そうなれば国力は著しく低下し、権力を神殿の欲しいままにする事は出来なくなる。
その為に我が国へ侵攻し大量の愛し子を浚い、王国を安定させようとしている。
あまりにも下らない理由だ。
早急にあの白い壁を除去し、フォッサイネルと奴におもねる者達をフランマテルム王国から排除しなくては。
「帰ろうか、メトゥス」
姉上の声で、ずいぶんと深く思考していたことに気が付いた。同じ様に静かに壁を見つめていた姉上が、今は私を見て穏やかに微笑んでいる。
「はい、姉上」
「すごい顔で結界を睨んでたけど、なにかあった?」
「そうですね。今度こそ、私も最期まで姉上に付いて行こうと気合を入れていました」
「ふぉっ! ここで微笑だよ。控え目な微笑、最高だよもう…」
どうやら少しは顔が動いていたらしい。姉上に褒められたのだ、良い事だと思う。
「みんな強くなったし、ゲマドロース…というかほぼ強欲の男神を殺っちゃうわけだからねぇ。本当はメトゥス達は連れて行きたくなかったんだけどなぁ」
以前なら姉上は私を置いていきたいのかと悲しんだろうが、今は違って喜びが湧き上がる。姉上は我々を心配して大事にしたいからだ、と理解しているから。
しかし、私はもうあの時の子供ではない。付いていけるだけの物は手に入れている。
「また付いていけないのは悲しいです。アグメン兄上からも姉上の力になれると保障されましたし、姉上の良い様に我々を使ってくださればいいのです」
「だって、神殺しでしょ。皆どうなるか分かったものじゃないのに」
「そうですね。しかし、我々は神の愛し子ですよ。規定とやらも今回の戦闘では色々と縛りが緩いらしいですし、もう少し気楽にいきましょう」
「うーん」
「姉上」
立ち止まって少し強めに呼ぶと、姉上は不思議そうにするものの同じ様に立ち止まって私を見る。
「どうしても、と思われるのならば最後の最後にイヴやフィダ、イーサニテル等は下がらせます。しかし、私は最後までお連れ下さい」
「メトゥスこそ、一番に下がらないといけないわ。貴方はグラキエス・ランケア帝国の皇帝だもの」
「皇帝という立場など、誰かが代わってもどうにかなります。巫覡という立場の方が大事であり、替りは居ないのです。巫女として姉上が命を懸けるのなら、私も貴方の神である女神の夫神、我が慈悲の男神の巫覡として命をかけます」
「命を懸けちゃ駄目でしょう。あれはフランマテルム王国で起きたことだし、ニィの、私の個人的な理由もあったから」
「姉上を慕う愛し子たちは、姉上と同じく命を懸けたではありませんか。今回は我が国の愛し子たちも関わっていますし、私も貴方を慕っています。何も違いはありません」
「大きく違うと思うけどなぁ…」
「違いがあろうと同じであろうと、命を懸ける事態にせねば良いのです。その為に皆で鍛えてルペトゥスまで同行しているのですから」
姉上を納得させたくて、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。そして、これ以上なんと言おうかと頭を捻っていると、姉上が小さく何かを呟き私を見ていた事に気づき、唇をよく見る。
漏れ聞こえる声と唇の動きで、何を言っているのか分かるだろう。
「……ったよね。今すっごい笑顔じゃなかった? 美形が笑顔になると妙な迫力があるよね。えっと、今なんて言われたんだっけ。笑顔の威力が半端なくてよく聞いてなかったよ。あー、なんか返事しなくちゃ。でも、これもう絶対最期まで一緒に戦うって言ってるんだよね。帰れって言っても聞かないやつだよね。え、どうすんの。あっそうか、どうしてもとなったら母なる女神やアグメン父さまとか、氷の男神がお出ましになってメトゥスとか皆は守っていただけるね。そうだよね……」
ものすごく早口で切れ目なく、今も話は続いている。一体、息継ぎはどこでしているのだろう。
いや、そうじゃない。どうやら、私が諦めないことは分かってもらえた様だ。良かった。
「お許しいただけたようですね。帰りましょう、姉上」
「うぁ、また眩しい笑顔きた。……あ、うん。そうね、帰りましょう?」
あれ、何かおかしくない? と首を捻りながら歩き始める姉上の後ろを付いてゆく。
いつの間にか、離れた所で待機していたアールテイが隣で並んで歩いていた。
「顔面の威力で押したな」
「そうなのか? 足りないなりに言葉を尽くしたつもりだが」
「口から生まれて口で生きてる姉貴に、言葉で勝てるわけないだろ。と言っても、姉貴にだけ効く力技だったけどな」
「何であろうと、最期までご一緒する権利をもらったんだ。それだけでいい」
「ケナゲだなぁ。でも、どういう感情で一緒に行きたがってるかとか、姉貴は全く何も気が付いてないと思うぞ」
「私の感情なんて些末な事はどうでもいい。すべては妹君と王国を開放してからだ」
「ほんっと健気だよな、木漏れ日の妖精クンは」
「妖精?」
「木々の精霊とか木漏れ日の妖精だって、姉貴は言ってたな」
「?」
「まあ、全部終わったら姉貴に聞いてみな。ニマニマしながら答えてくれるさ」
ニヤっと笑ったアールテイは、それ以上何も言わなかった。自分で聞けということか。
「アーフぅ、はやく天馬に変態してー。乗ーせーてー」
「おー」
アールテイは尚も疑問符が浮かぶ私を置いて小走りで離れてゆき、黒炎天へと姿を変えて姉上の横へと並んだ。
すぐに姉上の髪を咥えた黒炎天に笑い鬣を引っ張り返す姉上を、いつまでも見ていたいと思った。