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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
141/160

ある巫覡は願う

 この美しいひとと同じように思いのまま笑い、悲しむ感情を表す事が出来たなら、私のまわりの環境はましなものだったろうに。ゲマドロースが私の悔しがる顔見たさにあれこれ画策し、インフィダシウムが連れ去られたりイーサニテルをひた隠し窮屈な思いをさせることもなかったろうし、ルペトゥスを心配させることも無いだろう。

 この人を見習えば、私の表情は動かせるかもしれない。



「はい、お姉さま」


「はうっ。ヴァニとは違った響きで、可愛いが炸裂してる。妖精がちょっとはにかんだ微笑で『お姉さま』とか…… やばい、なんかやばい事になった気がする」



 先ほどのお姉さまのように笑ったつもりなのだが、笑顔になりきらなかったみたいだ。かなり残念だが、漏れ聞こえる声から少しは笑えたらしいので良しとしよう。

 今回の集会はまだ数日残っている。またお会いすることもできるだろうから、今度こそこのひとの前でちゃんと笑いたい。


 そう決心し、夜に与えられた部屋で笑顔の練習をしたのだが、あれから集会の期間中どころか二度と姉上にお会いすることは出来なかった。

 動向する人員に気を配ったはずだが、姉上と共にいた事が知られてしまい必ず誰かが私に付きまとい、残りの日程では二人きりでお話することは出来なかった。

 帰国後はグラキエス・ランケア帝国で私の立場が強化される事を良く思わないゲマドロースが手を回し、アグメン兄上の主催する集会への参加は最小限になるように手配されてしまう。

 その上、フランマテルム王国でも氷の男神の巫覡ディンガーとのなれ合いを良しとしない神殿側によって、姉上の日程が私の参加する日時と重ならないように調整されてしまったからだ。


 あの後、開放感が嬉しくて舞い上がり迷子になったと白状した私を、姉上は馬鹿にすることなく「そういう事なら、遠回りして森を探検して帰りましょう」と言って森を案内してくれた。

 姉上も毎回この森を歩き回っているそうで、美しい花畑や樹木の繁る所や、この国の人々も寄りつかない一人になれる穴場等、いろいろな場所を私に教えてくれた。

 姉上と巡り歩いたあの探検の道は、集会に参加する度に姉上との幸せな思い出とともに必ず歩いてきた。姉上が白い壁とともに消えてしまわれた後の数回は、姉上との戦いの記憶も思い出されて一巡では済まなくなっていたな。

 部屋へ戻るのがどんどん遅くなりイーサニテルが毎回焦っていて、申し訳なかったと今更ながら反省するが、あの頃は息苦しくてじっとしていられなかった。



 今、姉上が隣を歩いている幸せを、今度は絶対に手放さない。

 十年だ。この十年であの頃にはなかった力を手に入れたし、戦闘力に関しても及第点とはいえ兄上からの合格は貰えた。

 今度は姉上が命を懸ける前に、私の命を差し出す覚悟でゲマドロースに宿る強欲の男神を討つ。


 気負い過ぎても、油断しても駄目だ。皆と神を屠り、皆でグラキエス・ランケア帝国へ帰ろう。

 そして、このフランマテルム王国侵攻が終わったら、アグメン兄上への報告をしに共にプロエリディニタス帝国を訪れて、姉上と共にあの森をもう一度歩きたい。


 戦いのあとの楽しみはあった方がいいのだ、とルペトゥスに言われてきたが何も思い浮かばなかった。今までは。


 食事は巫覡という立場上、まわりが飢えても私には充分に与えられた。だが、それが嬉しいと思ったことも、食事が美味しいと思ったこともなかった。むしろ食事は義務であり、苦行でもあった。

 娯楽はどうかといわれても、演劇に興味はないし、書物は必要な物を読む以外の時間はない。

 創作物を作ったり絵画を描くなどの趣味はどうだ、と言われたが謎の産物ばかりがこの手から生み出されて、時間の無駄にしか思えなかった。まだ何もせず寝ていた方が有意義だと思う。


 出立前夜にルペトゥスから「戦いの後の楽しみは出来ましたか?」と聞かれて、まずあの森が思い浮かんだ。そして間を置かず、いろいろなものが頭をよぎった。


 豊かになった我が国で飢える者は居ない。姉上が「この国も美味しいものが沢山あって、幸せ」と笑って食事をする姿を見れば、食事というものが楽しいものになったし、その時食べているものが美味しいと思った。

 私が過去に生み出した創作物を見て「何これ? どうやって作ったの?」と毎回笑うのを見れば、あんな物でもまたこっそり作って見てもらおうか、と思える。

 

 もう一度、初めて姉上に会った時の様に穏やかな時間が欲しいと思った。




 今の姉上は、まっすぐ長く伸びた真紅の髪を低い位置で括り、同じ色の力強い瞳は前を見据え、口の両端は常にわずかに上を向いている。

 今から生まれた国を攻めようというのに、高く澄んだ声が口から出ると笑いの形になり周囲を和ませている。

 戦闘力はアグメン兄上から文句なしの合格が誰よりも早くでた。

 次いでアールテイが『まあ、いいだろう』で合格、その次に私が『そこそこかな』、ルペトゥスは『なんとかなるだろ』と言われて合格。

 イーサニテルとイヴ、フィダと幾人かの愛し子たちが『しかたねぇな』で合格した。オリカルはルペトゥスとイーサニテル達の間だそうだ。他の愛し子たちは『なんとか生き延びられるか』と言われていたが、あれは彼等が合格したと油断しないための言い方だったと思う。


 充分な対策と用意をしてきたのだ。

 今度こそ『ゲマドロース』を消してみせよう。


 そして、姉上が心配されている妹君ヴァニトゥーナ様と、フランマテルム王国の国王とアルドール第二王子を開放する。

 そうして、やっと姉上は『姉上の楽しみ』を考えられるのだ。



 その『楽しみ』の中に私との事も含まれていたら、それはなんと幸せなことか。

 そんな幸せを掴むために、力の限りを尽くそう。


 今の私の楽しみは姉上と妹君が手を取って笑い合う姿を見て、アグメン兄上にやりましたと報告に行き、姉上と散歩をする事。


 そんな楽しみが叶うことを、我が神に、慈愛の女神に、未来の自分に切に願う。

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