ある巫覡は思う2
『なんとも、背の君によく似た容姿と思考を持つ巫覡ですのね。その美しい顔は至高の宝ですのに、自評まで同じく謙虚だなんて…』
『そうやって私を褒めてくださるが、私の顔などより貴女の紅く輝くすべてが強く美しい。謙虚などではなく、本当の事を言ったまで』
『あああぁ、なんて嬉しいことを仰るの! 背の君こそ……』
私の話から、我々をそっちのけでお互いを褒め合い、いかに愛しているかの話になってしまった。
眼の前のひとに褒められて嬉しい気分が、背後で交わされる会話で微妙なものになってきた。
二柱のお二方をじっくり見るという不敬はできないし、盛り上がった会話に割って入るなどもっての外。このまま夫婦の惚気た会話を聞き続けていいものなのだろうか。
しかも、容姿に関しては口に出したわけではないのに、ご存じということは思考を読まれているのだろう。父なる神や慈愛の女神に私の思考を読まれたところで困る事は何もないが、巫女には通じず謎の会話になっているのではないだろうか。
私から説明するというのも変な話だし、そもそもの思考を口にするのは恥ずかしくて嫌だ。
……どうしたらいいのだろう。
「すっごい興奮されてるわねぇ… 数日前にも『久しぶりにお会いしたのよぉ』って大興奮されていたっていうのに、今日もあまり変わらないわ。巫覡殿は、その時その場にいらして?」
無愛想に黙っているようにしか見えない私に気を悪くした風もなく、巫女が優しく笑う。
数日前といえば、入国した日だったはず。しかし…
「我が父なる神はいつも私の側におわす訳ではありませんので、お二方の出会いは見ておりません。しかし、今思うと、いつもよりご機嫌が良かった様に思います」
「そうなのね。母なる女神は常にわたくしの頭上にいらっしゃるから、どちらの神も同じように傍に居られると思っておりました。巫覡殿はどうやって慈悲の男神の様子をお知りになりますの?」
「父なる神は託宣や、励ましくださる折にはお姿を見せてくださいます。通常はお姿は見えず、気にかけてくださる気配を感じます。いつも穏やかな気配なのですが、時折その気配が変化した後に何かしらお知らせや指示をくださいます」
「いつもは冷静な気配だけれど、とても喜んだり怒ったりする感情が分かるということかしら」
「はい、そうなります」
「巫覡殿は慈悲の男神のお姿をしっかり見る事が出来ますのね?」
「はい。いつもは言葉少なめに佇まれるのですが、お二方の仲睦まじい姿が見えています」
「いつもはとても威厳のあるお姿なのでしょうね。今は母なる女神と同じように、はしゃいだお姿ですものね。ふふ、特別なお姿を拝見してしまったわ」
「今までに見たことが無い程に嬉しそうで、あんな風な父なる神は初めて目にします」
興奮しているがとても嬉しそうに、そして楽しそうに話す女神を愛おしむ目で見つめ、時には返事をし、時にはなだめて抱きしめる父なる神。
私にも笑いかけてくださるが、あんなに嬉しそうに笑われる姿は見たことがない。
「まあ! とても寵愛が厚くて優れた巫覡なのね! 数多ある巫覡や巫女でも、神々のお姿をはっきり目視できる者は少ないそうよ」
「そうなのですか? どなたも同じく、お仕えする神のお姿だけは見られるものだと思っていました。私には存在を感じられるだけの神々も多いので…」
「たいていは自分の巫覡か巫女にしか姿を現さず、たとえ目にしても霞のように揺らいで見えるらしいですわね」
らしい、とは。正に私は父なる神以外は、そこに神がおわすのを感じられるだけ。良くてゆらめく人の形が分かるくらいだ。この方はそうではないのだろうか。
「なにか気になる?」
「あ、不躾に見つめて申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫よ。何か気になる事がありそうな目だったから」
つい巫女を見つめて思考していた。いつもなら睨んでいると誤解されるのだが、このひとの感じ方は違ったようだ。
「ほんっと、ぜんぜん問題なし! 綺麗な目をがっつり見られて目福だったのもの。でも、何か気になることあったのかなぁ、この子って思ったんだよね」
あ、また真顔で本音が漏れている。そんな貴女の瞳もキラキラと輝いてます、と言ったら驚かれるだろうか。
「貴女の目には、慈愛の女神以外の神々も同じようにはっきりとした姿として映るのだろうか、と思いました」
「あら、よくお分かりですね」
「『らしい』と言われたので。父なる神もはっきりとご覧になれているようですし……」
「ええ。わたくし、ちょっと特殊らしいの。内緒にしてくださいましね」
首を傾け、いたずらっ子のようにニヤリと笑う巫女は、口調のように貴族の令嬢にも年上にも思えない程にくだけている。
「あ、はい」
「……そんなに素直に言う事聞いて、大丈夫?」
「特に問題の有る事でもありませんし。それにアグメン兄上はご存じなのではありませんか?」
「あ、うん。知っているわね」
「ならば、私も他へはもらしません」
「そうなのね、ありがとう?」
愛し子の研究が一番進んでいるプロエリディニタス帝国だが、その全てを世界に発表しているわけでない。そもそも、巫覡であるアグメン兄上が戦の男神サルアガッカの化身だという話は、愛し子のなかでは有名だが世間では信憑性のない話だということになっている。
神々や愛し子についての情報を統制するアグメン兄上が発表しないというのならば、私も何も言わない。という事を、拙い言葉ではあるが伝えてみると、不思議そうにお礼を言われた。
「陛下の事、アグメン兄上と呼ぶのを許されているのね」
「先日ご挨拶したとき、そう呼ぶようにと…」
「あはっ、すごく気に入られたのね。とても頼りになる方だから、本国でなにかあったら頼るといいわ。心話の許可ももらったのでしょう?」
なぜ、そこまで分かるのだろう。返事もせずにじっと巫女を見ていると、何かを感じ取った巫女が破顔して言った。
「うふ、私もアグメン陛下のお気に入りなの。ちょっと先輩だから、お姉さまって呼んでいいわよ」
先ほどの不適な笑顔でもなく、誇らしげに笑ったその笑顔が輝いて見えた。
ああ、このひとのように笑えたらいいのに。