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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
139/161

ある巫覡は思う

 フランマテルム王国にほど近い木々茂る森は、我が帝国領とは思えないほどに暖かい。

 それでも王国の愛し子に言わせると、寒いに近い涼しい気温だそうだが。


 父なる神─── 氷の男神エイディンカの巫覡ディンガーとして生まれた私は、寒さに強いらしい。グラキエス・ランケア帝国で生き、寒さに慣れた民が口々に凍えると言う極寒の真冬ですら、凍えると思った事が無い。

 かといって暑さに弱いかといえば、そんなこともない。

 寒暖差の激しいプロエリディニタス帝国の灼熱の夏でも、暑いと感じるがイーサニテル達のように暑さでぐったりすることもなかった。

 ずっと不思議に思っていたのだが、炎の女神の巫女リーシェンである姉上も同じだという。おそらく、氷の男神と炎の女神の寵愛のおかげだろう、と教えてくださった。

 代々の巫女も寵愛の厚さと同じ様に強さにも違いはあるが、寒暖の変化に強かったらしい。他神の巫覡や巫女は人並みらしい、との事で父なる神は妻神の巫女に、炎の女神は夫神の巫覡に寵愛を授けてくださっているのだと姉上は言う。



「いつも己の巫覡や巫女と同じくらいの寵愛を、相手の巫覡や巫女にも(こっそり)与えているんだけれど、私たちにはうっかり思いきりやっちゃったんじゃないかな。私たち、慈悲の男神や母なる女神によく似てるんですって」



 と、特別でもなんでも無いかのようにあっけらかんと笑って言われて、なんと返事をしてよいのか困惑してしまった。

 隣を歩く姉上をそっと覗き見る。

 森の終わりが近いために天馬カエルクスから降り、静かに前を見据えて歩く姉上の横顔は、初めて出会った時と変わりない。

 フィダに面会を申し込んだ書類には愛し子全員が18歳と記載されていたが、実はそうではなかったらしく、肉体年齢はまちまちだろうとの事だった。


 炎の女神が愛し子たち全員をいっぺんに変化させた為、細かい調整は出来なかったのだそうだ。

 大結界を展開する起動媒体として、愛し子の身体は分解され消えてしまうはずだった。しかし、炎の女神は神々の争いに巻き込まれた愛し子たちを憐れみ、人生の経験値を媒体とし若返らせたのだと世間には説明していた。

 だが、完全に肉体が分解される前に人間(ひと)として愛し子を赤児として留め、女神の力が及ぶ限り成長させた、が正しいと姉上が仰っていた。

 記憶や愛し子としての能力を保持したまま新たに人間を成長させるという、神としても離れ業をやってのけた炎の女神が長い年月眠っていたのも当然だろう。



 クアンドやスキエンテ等は8歳程度、姉上やイヴ等は5歳程の身体でグラキエス・ランケア帝国のあちこちの女神神殿付近に移転されていたらしい。

 というのも、身体が無理やり再構築されたことにより、全員が衰弱して意識不明のまま神殿に保護されたからだ。

 記憶が混濁する者も多く、愛し子が再会するまでに数年を要したらしい。


 姉上はさすがに巫女という屈強な肉体と精神力で、身を寄せた神殿の神殿長に己が炎の女神の巫女だと認めさせて愛し子たちを探し出すために協力させたそうだ。

 それを聞いたフィダが「まあ、ティーだから」と納得していたのが可笑しかったな、と楽しい気分が思い出された。

 こんな時でも恐らく私の表情は動いていないのだろうと思うが、姉上やイーサニテルは微笑(わら)っていると言う。


 子供の頃から感情が無かったわけでは無い、と思う。

 暗く寒い国で育ててくれたルペトゥスやイーサニテルがゲマドロースの横暴に晒されているのは腹立たしかったし、私の扱いに悲しんでいる姿には申し訳ないと悲しくなった。

 アグメン兄上の開催する愛し子の集会に参加できた時は楽しく、姉上と出会えたあの時は色々な事まで教えてもらえて本当に嬉しかった。


 だが、どんな時であっても私の表情は動いていなかったらしい。ごく少数の理解者以外には「なんとも思わないのか」と言われるのが常だったから。

 ルペトゥスは身体の動きで感情が理解できると言い、イーサニテルはほんの少しよりもっと微妙な動きですが分かります、と言う。

 アグメン兄上は纏う気配に感情が現れていると言っておられたか…


 自分の隣にある、温かい気配。これも初めて会ったときから変わらない。

 姉上に初めて出会ったのは9歳になったばかりで、15年程前だった。アグメン兄上の集会に参加できた解放感で思いのままに歩き回り、近くの森でうっかり迷子になり道を見失ってなってしまって少し焦っていた。

 最終手段として父なる神に助けを求めるしかないか、とせめて道へ戻ろうとやっとのことで探し当てた道に出られた時、真紅の存在が楽しそうに誰かと会話しながらゆっくりと歩いていた。

 長く真っ直ぐな髪を高く括り、肌の色以外は真紅を纏う美しいひとだった。

 彼女の頭上には同じ色彩を纏う眩しい程の女性が、やはり笑って浮いていて、かなり驚いた。


 波打つ豊かな髪は炎の様にゆらめいて、私を見る瞳は優しかった。

 とはいえ、すぐに私を通り越して背後を見られた為に視線は外れてしまった。そして、紅く美しいその方は燃えるような瞳を輝かせて父なる神に近寄り、歓喜のままに飛びつき興奮のままに姉上と私を放置して父なる神と会話を始められて困惑した。


 父なる神に飛びつく女神に姉上も驚かれたようで、唖然となさっていた姿が今も鮮やかに蘇る。次いで、私を見て目を見張ってなにかしら呟いておられたが、女神と父なる神の興奮する気配と声で聞こえなかった。



「ものすごく喜ばれているわね、お二方とも。こんなに喜ばれる母なる女神を見るのは初めてだわ」



 女神に負けない程に笑って言う姉上に、周囲とろくに会話をした事がない私はなにも返せなかった。

 それに気を悪くした風もなく、さらににっこりと笑み、正式な巫女の礼で挨拶をくださった。



「慈悲の君、偉大なる氷の男神の巫覡に出会えましたこと、光栄です。わたくし、炎の女神の巫女カリタリスティーシアと申します」



 貴族令嬢の礼とも騎士の礼とも違う、炎の女神の巫女の礼の美しさに見とれて身動きができなかった。

 しかし、数瞬後には我に返り礼をかえす。



「慈愛の君、炎の女神の巫女に出会い、ご挨拶いただけましたこと嬉しく思います。氷の男神の巫覡プリメトゥスと申します」



 礼を取った後顔を上げて姉上を見ると、しっかりと私の挨拶を見ていたらしく驚いたように早口で呟いていた。



「……うっわ、綺麗。綺麗! なにあの銀の髪がキラッキラ光ってるし、目力つよっ。え、私あの年頃のときってあんなしっかり挨拶できたっけ…… えぇ~妖精の間違いじゃないのかなぁ……」



 何かものすごく褒められているようだが、突っ込んでいいものか迷う。自分も何か言った方がいいのか、だとしたら何を?といつもの動かぬ表情で内心困惑する私に気がついて、姉上は更に早口に言う。



「ちょっ、綺麗な顔が動いてないのに瞳がめっちゃ語ってる。やだ、なにこの子。やっぱり妖精でしょ、人間じゃないってぇえ……」



 と、ひとしきり悶えるように絞り出すように言ってのけた姉上の表情は、私と同じ真顔だった。

 先程は笑顔だったと不思議に思ったところで、口調の違いに気がついた。

 この方は、ルペトゥスが皇帝ゲマドロースから隠し慈しんでいるイーサニテルと同じ、思考を口に出してしまう人なのだ。

 このまま盗み聞きみたいに思考を聞き続けてもいいものだろうか。まだ真顔で呟く姉上になんの反応も返せず心配になった頃、背後から鈴の音のような声が降ってきた。



『あら、珍しい。カーリが思考を漏らしているわ。気に入った親しい人の前でなければ、こんなに話さないのに』



 確かに、私たちはつい先程出会ったばかり。という事は、私の何かを気に入ってくださったということだろうか。言葉の端々から理解できたのは、私の顔を褒めているという事。ならば、このひとは私の容姿を気に入ったのかもしれない。

 この時、ずっと煩わしかった『整った容姿』というものを持っていて良かった、と初めて思った。

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