行ってきます
「カーリィ、強欲の馬鹿は機構の強制力が弱い。嫉妬を司っていた小物は乱暴女が追い払ったが、強欲の馬鹿はそう簡単にはいかないだろう。前回のような事態になったら、迷わず俺を呼べ」
直前までのふざけたような笑顔と口調を改め、アグメサーケル陛下は真顔で巫女へと言う。
我が巫覡は心配そうに巫女を見つめ、巫女は何も答えずに苦笑する。
「俺を呼びにくいなら、エイデアリーシェかエイディンカでもいい。『神』を相手に、ひとりで何かしようとするなよ」
「うん、きっと母なる女神にはお縋りすると思う。もしかしたら、慈悲の君にも」
「もしかしなくても、だ。エイデアリーシェが張り切るだろうから、エイディンカも一緒に呼べばいい」
「うん、そうする。でもきっとアグメン父様は呼ばないかな」
「俺はそんなに頼りないかねぇ」
「誰よりも強いのに、何いってるんだよ。親父は呼べないだろ」
「何でだ? 俺を呼ぶのが一番解決までが早いってのに」
「事態が悪化するの間違いだろ」
「え?」
「うん?」
アグメサーケル陛下とアールテイが、お互い理解できないという顔で首を横に傾げる。良く似た顔が同じ方向に向いていて、鏡合わせみたいだ。
「姉貴、これ本気で言ってんの?」
「そうだね。嫉妬の女神が何に嫉妬してるかってことは理解できても、自分が羨ましがられてる事には気が付いてないんだよ」
「俺が、羨ましがられる? 誰に、何をだ」
巫女とアールテイが顔を合わせ、同時にアグメサーケル陛下を見てきっぱりと言った。
「強欲の男神が 、父さまの幸せを」
「 ? 」
俺も陛下と同じく、よく理解できない。
隣のイヴとアラネオはなんとなく理解できていそうだが、確信は持てないってところだろう。
フィダは俺と同じ、野生児組はそもそも話を聞いてなさそう。
「あのなぁ。まずアウラ母上が奇跡の存在なんだって」
「そうだな、それは素晴らしい女性だからな」
「そうじゃなくて…」
───────────
そこは仕方ないかもしれないよ、アーフ。
当たり前のように一緒に居るから、アウラ母さまのように神と神の子供がものすごく珍しいってアグメン父さまは知らないんだよ。
あ、やっぱり父さま知らなかったんだ。
よく思い出してね、父さま。
神と人間との間に生まれた存在と、アウラ母さまのように神と神の間に生まれた存在、どちらが多いんだったかしら。
ちなみに、私はどちらの存在も見た事あるけど、カーリィの次の人生から今のカリタリスティーシアまでの間に、母さま以外に神の子は会ったことも、そういうお方が居るって話も聞いたことはないよ。
うん、でも神と人間との子が誕生したって話は何回か聞いたし、愛し子の集会で会ったこともあるよ。
今の時代は巫覡や巫女になる存在って、私みたいに最初の生が神と人間の子だったってひとが多いと思うよ。
まあ、最初の私やアーフは厳密には神と人間の子じゃないと思うけどね。
だって、アウラ母さまは司るものが無いだけで、存在そのものはそこらの神より強かった じゃない。
ねえ、アーフもそう思うでしょ。ほら。
そりゃあ戦の男神や炎の女神よりは弱いに決まってるじゃない。
あのさぁ、普通の人間の女性はアグメン父さまの本気の一撃を笑顔でいなして、さらに剣を粉々にしたりしないからね。
私もアーフもカルゥ兄さまにも無理だったってば。エゥヴェ兄さまだけよ、そんなこと簡単にしたの。
話はそこじゃないから。
神と人間の子は珍しい、アウラ母さまの存在はもっと珍しい。これは理解できた?
よし。
で、そんな珍しい神と人の子のほとんどは人間に混ざって人間として生きていたでしょう?
でも稀に、神に見初められて補助神として生きていらっしゃる方もいるじゃない。
見てるだけで幸せそうでしょ。
強欲を司るくらいなんだから、そういった珍しい存在が欲しくなってもおかしくないと思わない?
でもまず、神と人間の子は希少だし神と神の子なんてアウラ母さましか自体が居ないから、出会う機会すら無くて苛立ちが募るよね。
そんな時にもっとも珍しい神と神の子が、人間のふりしていたアグメン父さまと幸せそうに結婚生活を送ってて、そこに私たちが生まれたら…
そうだよ、強欲の男神はアウラ母さまの子供が欲しかったんだよ。
でもカルゥ兄さまにはルーが居て、エゥヴェ兄さまとアーフは強くて躊躇する上に父さまと母さまに守られて手が出せない。
私とニィも暴力で捕まえることは出来たろうけれど、私はそこそこ強かったしニィはおばあ様とおじい様に守られていたから強行手段に出たら、自分が危ないって思ったんだよ。
で、自分に寄ってきていた拘束の女神に協力させて、自分と同じ様に氷の男神に想いを寄せているのにその相手は他の女神─── よりによって妬ましくて仕方ない炎の女神 ───と、幸せそうに子供まで作った二人を憎悪する嫉妬の女神を巻き込んで、フランマテルム王国にニィを拘束したの。
何代かのニィをフランマテルム王国に拘束して、そろそろ手に入りそうだったのに私と母なる女神に邪魔されたのが、10年前ね。
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「だからね、憎らしい私が目の前に居るだけで興奮するのに、いちばんの原因とも言えるアグメン父さまが強欲の男神の前に出てきたら、たぶん収集つかないよ? しかも未だに幸せそうなんだもの、悔しさとか憎しみなんて天井知らずに膨れあがるんじゃないかな。そんなの相手するの嫌だよ」
言われてみれば、俺は神と人間の子供なんて見た事もないわ。プロエリディニタス帝国の愛し子に関する資料になら、そういった情報もあるかもしれないけど、我が帝国では時代に何人居たなんて情報は無かった。
「エイデアリーシェだって邪魔したんだろう、俺でもいいじゃないか」
「母なる女神はアウラ母さまの親で、強欲の男神から守っている存在ね。いちばん欲しかったアウラ母さまの夫なんて、目の前に来たら殺そうと暴れるに決まってる。なにふりかまわず暴れられたら、王国が滅んじゃうわ」
「むぅ。カーリィがそう言うなら、俺は行かない方がいいのか… 暴力女は行けるのに…」
「力の限り、姉上はお守りします。アグメン兄上」
「…… そうだな、頼むぞプリメトゥス」
全然頼むって視線じゃないぞ、お父さん。そんな娘はやらん、みたいな目で我が巫覡を見ないでほしい。
「アウラ母様を安心させるためにも、頑張ってくる。次はニィと一緒に会いましょう、父さま」
晴れやかに笑う巫女をアグメサーケル陛下はそっと抱きしめて「待っている」と呟いた。
次いでアールテイを抱きしめようとして全力で断られた後、巫女とアールテイは声を揃えて言った。
「行ってきます」
天馬に騎乗し、空へ向かって駆ける俺たちをアグメサーケル陛下は静かに見守っていた。
地上が遠くなり人影が豆粒大になった頃、囁くような声が届く。
「また会おう、愛しい我が子らよ。目的を果たして無事に帰ってこい」