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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
135/160

感動する場面だろ?

 我が巫覡ディンガーの静かな激励に、整列し尊敬する君主を見つめる皇帝宮騎士団インペラフォルティスエクストゥルマの面々の顔つきが段々と引き締まったものへと変化していく。



「諸君の健闘を期待する」



 力強く〆の言葉が放たれると、あちこちから大きな歓声と勝利を祈る言葉が返ってきた。

 その声の隙間から透き通った歌声が聞こえ始めると、歓声は段々と小さくなっていく。


 歌声は、目の前の巫女リーシェンから。短い歌詞を抑揚の少ない音で淡々と、延々と繰り返すだけの単純な歌が、反響する壁も天井もないこの広場に静かに波のように広がっていく。

 決して大声で歌っている訳じゃないのに、はっきりと巫女の声が後列の騎士にも届いているようで、我が巫覡を見るようなうっとりとした目になっている奴があちこちに居る。

 巫女の歌声に我が巫覡がお術力(ちから)を乗せたのか、ひんやりとした空気が広がり熱気あふれた広場の温度が下がった気がする。

 それと同時に、うっとりした目つきをした奴らのなかで顔色を青くして表情を引き締めるのが見えるようになった。



「ものすごく威嚇してますね、巫覡殿」


「無意識ですよ、たぶん」


「もうあれが通常運転ですからね。一度として周囲を牽制しているのを隠した事がないのには、敬服します」


「形振りかまっていない、と言えるかと」


「そうですよねぇ。どうせなら威嚇するんじゃなくて『甘酸っぱ空間』を見せつければいいのに」


「ああ、それなら一発で相手を黙らせられますね。威嚇するより簡単で、相手とギスギスしなくて済みますし。イーサニテル様、陛下に進言してくださいね」


「いや、何で俺が言うんだよ。おまえ(アラネオ)が言えばいいじゃねぇか」


「私は陛下に挨拶したら見送る立場ですよ、そんな時間ありません。イーサニテル様なら行軍中の雑談のなかに織り交ぜられるでしょう?」


「さらっと無茶振りすんな。イヴが言えばいいだろうが」


「嫌です。私がお姫様(ひいさま)の後ろに控えているだけなのに、すごい視線が飛んでくるんですよ。雑談なぞできる空気ではないし、あちらも私とはしたくないでしょうよ」


「俺だって嫌だよ」



 まあ、イヴのいう事は確かなんだが。巫女にずっと侍るイヴを牽制したいが、巫女の信頼する侍従リージェルにそれは出来ない、と我が巫覡が密かに葛藤するところを見たことがある。

 巫女から溢れる独り言を聞く限り、我が巫覡が一番の関心を持たれてると思うんだけどなぁ。



「青春ですねぇ」


「甘酸っぱいですね、本当に」


「俺を跨いで会話すんなよ、お前ら。今は巫女の歌に感動するところじゃねぇの?」


「あの歌はお姫様が戦闘前に必ず我々に送る祈りで、私は何度も聞いていますしね。感謝はありますが、感動はしないかな」


「私は感動していますよ。だからと言って、うっとり聞き入ったら陛下に振り向かれそうで…」



 そこは普通に感動しとけよ。



「あれ、なんて意味の歌なんだ?」


「お姫様が言うには、古い言葉で『愛しき友よ愛しき子供たちよ、いつか再び出会えるでしょう』という意味だそうですよ。最初の姫様関係なんじゃないですかね。ああほら、アグメサーケル陛下の表情がいつもと違います」


「確かに違いますね。何かを懐かしんでおられる、のですかね」



 アラネオの言う通り、いつもの不遜な笑いではなく目が細まり眉が寄っていて、苦笑しているようにも見える。アールテイは無表情で、あいつには特に思い入れとか思い出のある歌じゃないのかもしれない。


 声が染み渡るように淡い赤色の光となって広場に広がり、ぬるい風が身体を通過したみたいに温かくなる。

 すぐに、湯に浸かった後みたいな身体を涼しい風が撫でてゆき体温が元に戻っていく。こちらは細かい氷の霧が身体に当たり砕けて小さい光を反射して消えていく為、一瞬赤くなった広場が青い氷と混ざり虹色にキラキラと輝き、非常に眩しい。

 これが繰り返されるもんだから、段々と光も強くなっている気がする。

 その上、上空へ広がる虹色の光を抑え込むように、薄緑の淡い光が雨のように降り注ぐ。虹色の光を余すことなく、全部受けろと言われているみたいだな。


 色彩豊かに光輝く自分の身体は眩しくないのだが、集団で輝くものだから皇宮の外からはこの広場が目立っているんじゃないかと思う。


 巫女が歌い終えた時には広場に居る者すべてが照明器具のように輝き、普通に目を開いているのが困難になってきている。

 眩しさに目を閉じ、すぐにゆっくりと瞼を開けば穏やかな日差しが降り注ぐ広場に戻っていた。



「また、今回もとんでもない程の祝福を授かりましたね… 母なる女神、思い切り力を注げばいいでしょうという気配を感じたのは気の所為ですかね」


「私、侵攻軍に参加しないんですけど…」



 父なる神も、炎の女神に負けないくらい力込めとくか、というはっちゃけた気配があった気がするぞ。



「どうすんだよ、これ。またえげつねぇ戦闘になるってことなのか」


「待ってください、アールテイ様が何か言ってますね」



 アールテイがわずかに顔をこちらを見て、声を出さずに小さく口を動かしている。



「お? …じ…が…… なんて?」


「筆頭は読唇、苦手なんですか?」


「あまり得意ではないですね。でも、真面目な文面が面白い物語になるので、つい」



 アラネオはいつも俺に読ませると思ってたら、そんな事を面白がってたって?



「おい。ありえない祝福を授かった感動の場面で、アールテイが原因を教えてくれてるんだろ。さっさと読めよお前ら…」


「はいはい、苦手なイーサニテル様に教えて差し上げますよ。『親父も一緒に、思い切り祝福を振りまいてた』だそうですよ」


「本当に、あの方何してらっしゃるんでしょう」


「お子様方が心配なんじゃないですかね」



 巫女が我が巫覡に近寄り、アグメサーケル陛下の方へ顔を向けて何か囁いている。



「イヴ、巫女は我が巫覡に何と仰ってるんだ?」



 後ろ姿なので何を言っているかは分からないが、イヴは既に巫女と同調しているだろうと思って聞いてみる。

 すると、当然のように返事があった。やっぱり同調してたのね。



「約すと『我々は最後に出立だから、アグメサーケル陛下と話をさせろ』というところでしょうか。怒っているわけではなさそうですが、感謝したいという雰囲気でもないですね」



 ねえ、感動の出立式になるはずだったのに、神様方はなにしてんの?

 と、俺が口に出さなかったの、自分で自分を褒めてもいいんじゃねぇかな。

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