我が道を行きすぎてません?
グラキエス・ランケア帝国は常冬の国。夏は二月もあるか無いかの短い期間しかなく、太陽が燦然と輝く日など年に数える程しかない位に灰色に染まる国だった。そう、つい最近までは。
例年なら、短い夏の期間が過ぎた今頃は昼日中の晴れた日でも上着を必要とする寒さのはずだ。しかし、今日は太陽が出ている間なら、袖の長い薄衣だけでも問題ない。むしろ心地良いくらいだ。
夜になればきっちり上着を着込まなくては寒くなるのだが、昼は明るく過ごしやすい暖かさという幸福に、帝国民の全てが浸っていると言っても過言じゃないと思う。
我が巫覡は劇的な気候変化を国民に説明する為、炎の女神の巫女と数多くの女神の寵愛厚い愛し子が帝国に現れた、と大々的に周知した。
プロエリディニタス帝国は即時、やはり大々的に言祝ぎ巫女の誕生を祝った。アグメサーケル陛下の本性をよく知ることになった俺たちは、大いに私情が含まれてると微笑ましく思い笑ったものだが、巫女とアールテイは陛下の言葉を苦々しい表情で聞いていた。
対してフランマテルム王国は沈黙を保ったままだ。
もともと、女神以外の気配を拒む白く高い結界が築かれた後のフランマテルム王国は、他国に対してなにも語らなかった。
稀に「神殿から国を追放された」、「神殿の脅迫ともいえる無茶な要求から命からがら逃げた」等と語り白い壁から出現する人々の細々とした情報が、フランマテルム王国の状態を知る唯一の術だったのだ。
しかし、彼らは国境近くや政治の中枢から遠い人々で、国王陛下を含む王家の人々の境遇や重臣、神殿の重鎮の状態を知る者は一人も現れなかった。
唯一、主が宮殿の文官で自分はその従者だという青年からの情報で、ゲマドロースの侵入の混乱に乗じてフラエティア神殿の神殿騎士団が王宮に攻め入った事だけが判明した。
間の悪い事に王宮騎士団は指揮を執る騎士が不在で混乱しており、神殿騎士団に押されてしまったとの事だった。
これは、先日の巫女の話から団長のルナネブーラ侯爵が内通者に殺害された為だろう。
内通者であるニブスが神殿へ情報を流していたからではないか、と巫女は言っていたな。
王国を攻め政治に干渉する気はないのだが、神殿に支配されている状態をなんとかしたい、と我が巫覡は考えられていた。プロエリディニタス帝国に協力を仰ぎ王国の情報を得る為に腐心したが、つい最近までは何の情報も得られなかった。
現在は巫女というか、炎の女神がご健在で王国の内情はまる見えなんだが。
あの苦労はなんだったんだろう、という程に簡単に詳細な情報が手に入ってしまい、乾いた笑いしか出てこなかったもんな。
と、なんとも言えなかった思い出に浸りつつ、穏やかな日差しの降り注ぐ皇宮の外庭、フランマテルム王国へ侵攻する皇帝宮騎士団の整列する広場で、彼等を静かに鼓舞する我が巫覡と、それに寄り添い凛々しく立つ巫女の背中を眺めている。
前回の侵攻のときと同じ規模の戦闘力を揃え、彼等にも過酷な訓練に耐えてもらった。
なぜならば、巫女が率いるグラテアンの愛し子と俺たち皇帝近衛連隊が、ゲマドロース─── に宿る強欲の男神と拘束の女神 ───を消滅させている間に、神殿側の精鋭フラエティア神殿の神殿騎士団と戦い、神殿と王宮を掌握してもらわねばならないから。
詳しくは教えられないが、とやっかいな神々が関与している事を知らされた皇帝宮騎士団の騎士たちは、我が巫覡から解決の為に力を貸してほしいとの願いに感動し、ものすごく張り切っていた。
巫女の横でにこにこ笑う姿を見て、あれは誰だ?! とどよめき、巫女とグラテアンの愛し子達の戦闘力を見て、自分たちも強くなって陛下の力になるのだと決意を新たにしていた。
彼らは、表情は動かなくても自分たちを大事に思ってくれている我が巫覡の事が、大好きだったんだな。同志!と喜んで抱擁したかったのだが、アラネオから全力で止められて断念した。
『冷徹なる狂戦士』の印象を壊すなと怒られた。何でだよ。
過酷な訓練に耐えた甲斐があって皇帝宮騎士団の戦力は上昇したし、いつの間にか訓練に参加していたアラネオを含めた俺たちも、アグメサーケル陛下から『ギリギリで及第点』を貰った。
我が巫覡と巫女とアールテイは問題なく『合格』、じー様とじっ様は『まあ、いいだろう』だった。
最後まで俺たちは床と仲良しだったよな、と遠い目になったところで整列する騎士たちから外れたあたりでひっそりと立つ人物を見つけた。
簡素なその服は我がグラキエス・ランケア帝国のものでなく、もっと暖かい国の上等な物の様で…… って、アグメサーケル陛下?!
「お、おい…… アラネオ、イヴ」
両横に立つ二人に口を動かさずに声をかけちらっと横目で見れば、二人とも俺と同じくアグメサーケル陛下の存在に気が付いているようだった。
「何なさってるんでしょうね、あの方」
「お姫様とアールテイ様の晴れ姿を見に来たんじゃないですかね」
「よく近くに居る騎士に気が付かれないな」
「あれ、私たち以外には気が付かれない隠蔽の術を纏っていると思いますよ」
「なんでそんな面倒なことするんだよ」
「こっそり覗き見したって、お姫様に気が付かれたら激怒するからじゃないですかね」
「だから、俺たちには堂々と、事情を知らない奴にはこっそりって?」
「なんとも締まらない理由で、恐ろしく手間と技術の必要な事をされているのですか…… それでも巫女殿はお怒りになるのではないですか?」
「怒りはしないでしょうけれど、呆れはするんじゃないですかね」
そんな俺たちの会話が聞こえたのか、アグメサーケル陛下の口が音を出さずに『うるせぇ』と動いて見えた。
巫女とアールテイの視線に気が付いたのか、二人に対しては『がんばれ』と励ましているようだ。
アールテイの眉が少しだけ狭まったので、あいつは喜んでいるわけじゃなさそうだ。
巫女は後ろ姿しか見えないが、大体が弟と同じ態度になるので、同じ表情をしているか無視を決め込んでいるかのどちらかだと思われる。
そんな二人の反応にもめげず、にこにこと笑顔で眺めているアグメサーケル陛下の心臓や性格は、鋼鉄か合金で出来ているんじゃないだろうか。
「前々から思っていだんですけど、あの方って我が道を行きすぎてません?」
ぽつりとこぼしたイヴの声に、俺とアラネオは表面上は微かに、内心ではおおいに頷いた。