いろいろ痛い
「あれがルペトゥスの秘蔵っ子か」
「左様にございます、わが君。もう少し鍛える必要はございますが」
「そうだな、カーリィに簡単に気絶させられるようじゃ、まだまだ駄目だ。あれ等も俺が鍛えてやろう」
「アグメン父さまにそんな暇はないでしょ。それに、父さまに鍛えられたらイヴの身体は木端微塵になるってば」
「む、それは困る」
「親父の訓練に耐えられるのなんて、姉貴か巫覡くらいだろ。かろうじて神殿長が生きていられるくらいか?」
「ちょっと、しれっと自分だけ違うみたいに言わないでよ。アーフは天馬なんだから、私より丈夫でしょう」
「俺の人形はあいつ等と同じく、繊細なんだよ」
「大丈夫だろ。あれ等はエイデアリーシェとエイディンカの気配が濃い。普通の侍従より、ずっと丈夫だ。お前もな、アーフ」
アールテイは「うげぇ」と嫌そうに言っているだけだが、俺たちに対しても恐ろしい事を言われているんだよな。冷や汗をかきながら隣を見ると、イヴも顔色は悪い。イヴの向こうのフィダも、青いを通り越して白い顔色だ。そうだよな、恐怖しかないよな。
良かった、仲間が居た。
「あれ等には手加減すればいいんだろ。次からあれ等の相手は他に任せて、俺の時間が空いてるときにカーリィとアーフとプリメトゥスを鍛えてやろう。時間があれば、ルペトゥスたちも相手になってやる」
「ありがとうございます、アグメン兄上」
「光栄にございます、わが君」
「私はもういいよ、父さま」
「なんでた! もっと強くなりたくないのか、カーリィ」
「強くなったアーフとメトゥスに相手してもらうから大丈夫。自分の仕事して、父さま」
アグメサーケル陛下の言葉に喜ぶ我が巫覡とじー様をよそに、巫女はどこまでも冷めている。アールテイはそっぽを向いて、丸無視だ。
天下のプロエリディニタス帝国の皇帝に対して、すごい強気だ。格好いいな、おい。
「カーリィ……」
おろおろと視線を彷徨わせるアグメサーケル陛下を、睨みつけるように見つめ続ける巫女。やがて、陛下は頭を乱暴にかきむしり、ひとつ溜息をついた。
「分かった。あれ等を半殺しにするのは止めておく。それでいいんだろう?」
「そうだね。私が名前を呼んだとか侍従君に本当の事を言われたからって、わざと手加減なく鍛えるなんて馬鹿なことしちゃ駄目」
「しかしだ、カーリィ。可愛い娘を可愛がって何が悪いんだ」
「今のアグメサーケル陛下とアルローラ皇后陛下には、ちゃんと皇子と皇女という御子がいらっしゃるでしょう。私はずっと昔に娘だったてだけで、本当ならこんな言葉や態度は許されないのに」
「いや、子供たちもカーリィを姉と慕っていて、俺が娘として可愛がっているのも認めているんだ。むしろ、養子として迎えて本当の姉にしてこいってせっつかれているんだぞ!もちろん、アアウラも歓迎するって言ってる」
「兄上、困ります」
「何でお前が困るんだよ、プリメトゥス。カーリィが俺の娘になった方がつり合いが取れていいだろうが」
「身分は関係ありません。プロエリディニタス帝国へ連れて行かれては困ります」
ねえ、話が変な方へいってない? 皇子や皇女にも姉に思われてるって、巫女は陛下の家族に大人気なんだな。
って、俺も現実逃避したくて変な方向に考えてしまう。
「どこにも養女になんて行かないし、アグメン父さまはそんなに暇じゃないでしょう。メトゥスと神殿長と私で訓練、侍従君とイヴとイーはアーフに鍛えてもらって、ほかの愛し子たちは私たちの中で手の空いている者がする。これでいきましょう」
「カーリィ、俺は?」
「いらない」
「カーリィ……」
切なそうに巫女を見つめ弱々しく名前を呟く、あざとい態度がとても自然だ。そんなアグメサーケル陛下を我が巫覡がじっと見ているのは、陛下を参考にしようとしているのかもしれない。
「姉上、ここまでアグメン兄上が仰っていますし、私も強くなりたい。フランマテルム王国へ侵攻するまでの間に、数回だけ鍛えていただくのはどうでしょう?」
我が巫覡が眉をちょっとだけ下げて巫女を真正面から見つめて言えば、巫女の口から小さく「うぐぅ、顔が良い! あざとい、あざといけど」と呻き声が漏れてきた。
「そう言えば、お姫様はアグメサーケル陛下には『顔が美しい』とは言わないですね。造作からいけばお二人とも、それは整っているというのに」
「まあ、昔の事だとはいっても親だからじゃねぇの?」
「そうですね。アルドール殿下にはよく『綺麗な顔が光ってるぅ』って呟いて、殿下と回りの人の腹筋を鍛えてました。同じ様にあざとい表情を作られていても、アグメサーケル陛下の顔には惑わされないみたいですね」
そんな、興味深いとか言うな。フィダは気配を殺して存在感を薄めているし、お前は思考に没頭して気が付いてないけどな、今もちらちら睨まれてんだぞ、俺たち。眼光が鋭すぎて、冷や汗が止まらねぇよ。
巫女が止めてくれたけど、本当に半殺しは止めてもらえるんだろうか。あれ、諦めてるって視線じゃないぞ、と不安しか浮かんでこない。
「じゃあ、アグメン父さまの仕事が終わって、暇があるときに鍛えてもらおうか。昼は私たちで、愛し子たちを鍛えるということで」
「ありがとうございます、姉上」
「あうぅ、笑顔が眩しい。メトゥスまで光り出したよ……」
「カーリィ、ちょろいな」
「姉貴はもとからちょろいって。いつもエゥヴェ兄貴の笑顔に転がされてたの、親父も知ってるだろ」
「まぁな。あいつが一番顔が良くて、その使い方が上手かったからな」
見つめ合い『甘酸っぱ空間』を生み出す我が巫覡と巫女を見ながら、アグメサーケル陛下とアールテイが親子の会話をしている、
そんな絶対に世間には出せない、戦の男神サルアガッカの御子たちの情報をばんばん暴露しながら、初めての巫女の本気の訓練は幕を閉じた。
そんな他愛無い会話の間にも、俺とイヴ、フィダへのアグメサーケル陛下からの、恐ろしく鋭い視線は緩まる事がなかった。
そして、巫女が俺の名前を呼びそうになった事で、我が巫覡の視線もとても冷たいものだった。
翌日にはいつも通りに戻っていて心から安堵したものだが、この時の俺は飛んでくる視線といろいろな恐怖で胃が、あちこち打たれて身体が、いらない情報のせいで頭が、ものすごく痛かった。