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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
131/160

夢だった…… よな?

侍従ディジャーくーん、おーい。侍従くん、起きて」



 誰かの、俺を起こす声が聞こえる気がする。

 いや、俺さっき眠ったばっかだからさ。



「おーいってば。起きないと名前で呼んじゃうよ~」



 いつも名前で呼ばれてるけど?



「イーサ………」

「死にたくなければ、さっさと起きろ! イーサニテル・フィデース!!」



 誰かが俺の名を呼ぶ声に被せて、別の誰かが大きな声で叫ぶ。イヴっぽい声だね?

 そんな、名前を呼ばれて死ぬとかねぇだろ。

 巫女リーシェンが俺を名前で呼んでるわけでもないのに……って、ずっと起きろって言っていた声って、若い女の子っぽかったよな。

 俺は若い使用人─── それも、とりわけ女性 ───には怖がられてる。皇宮において、年かさの女性使用人以外で俺に気安く声を掛けてくる存在といえば……



「はい、起きました!! どうか巫女は、今後も俺の事は侍従とお呼びください!」



 焦って身体を起こし、膝をついて座って、そろそろと周りを確認する。

 正面にはちょっと驚いて口をつぐんだ巫女、その隣に血相を変えたイヴが荒い息をしながら立っていた。

 その後方には、ものすごい冷気を纏わせた我が巫覡ディンガーが鉄壁の無表情で俺を睨んでいる。

 巫女が俺の名を呼びそうだったんで、不機嫌でいらっしゃるんですね。



「暢気に伸びてしまい、大変に申し訳ありませんでした。イヴ、助かった、ありがとな」



 反射的に我が巫覡の方へ、深く頭を下げて謝罪してしまった。



「いいえ。お姫様(ひいさま)のうっかりで人死にが出たら、寝覚めが悪いですから」


「イヴってば。そんな、わたしの所為みたいに言わないでよ」


「いいえ、お姫様の所為ですよ。気軽に陛下の側近のお名前は呼んではいけません」


「んもう、どれだけメトゥスの側近が居ると思ってるの。あれ、そういえばイーも駄目なの?」



 巫女が我が巫覡を振り返り聞くと、巫女が振り返りきる前に冷気を纏う無表情が常春の微笑へと変化していた。

 ああ、我が巫覡がとんでもない技術を会得されてしまっている。なんて素晴らしい!

 斜め前のイヴが「そうか?」と不思議そうに首を捻っているが、我が巫覡の表情が動くことはほとんどないんだぞ。あんなに素早く表情が変わるなんて、素晴らしいだろうが。



「感情豊かになったって事は素晴らしいですが、今はそういう事態じゃないでしょうに。貴方、ギリギリで命が助かったんですよ」


「さすがに、我が巫覡は俺を殺したりしないぞ。手足の一本や三本くらいは折れるかもしれないが」



 ハハハ、と乾いた笑が出た俺を見上げて、そうじゃないとイヴは否定する。



「貴女の巫覡の横をよくご覧なさい。神殿長じゃない方ですよ」



 花が飛びそうな笑顔の我が巫覡の右隣には、にっこにこの笑顔のじー様。あそこまでの笑顔は珍しいな。そのじー様の視線は、巫女と我が巫覡の左隣の人物を行ったり来たりしている。

 身長は我が巫覡より少し高い男性で、アールテイのように深い漆黒の髪は襟足が少しだけ長い。整えられていない前髪が頬くらいまであって、片方だけ耳にかけて片方はそのまま。

 片目は隠れ気味だが、髪色よりもずっと深い漆黒の瞳の圧が強く、眼光が全然前髪に隠れていない。

 我が巫覡と並んでも全く見劣りしない美丈夫な男性は、アールテイに良く似ていた。

 違いといえば、アールテイは笑わないがその男性はニヤニヤと楽しそうに笑い巫女を見ている。


 どっかで見た事あるぞ、あの人。



「って、プロエリディニタス皇帝アグメサーケル陛下?! あの方、こんなとこで何してるんだ」


「お姫様が気になったそうですよ」


「気になったからって、すぐ来るもん? 来れちゃうの?」


「あの方、巫覡サルアガエルですからね。どうにでもなるでしょう」


「いいのか、それで…」


「同じくらい非常識な貴方が言います?」


「全然違うと思うぞ。俺と同じにしたら、陛下に失礼だろうが」


「おや、そこは常識的だった」



 お前は俺を何だと思ってるの。



「歩く非常識かな」



 酷いな!?

 心地よく眠っていたつもりだが、実は気絶していただけだったんだな。



「という事は、意味は分からなかったが聞こえてきた会話は陛下と巫女のものだったのか」


黒炎天アーテルフラルム、いえアールテイ様もですね。私たちが気絶した後、もう一度神殿長と副官殿の三人で組んでお姫様とやりあっても、あの方は気絶しなかったらしいので」



 ちなみに、張り切ったじっ様とじー様はけっこう耐えたが、結局しっかり意識を刈り取られたらしい。

 それでも最初に目覚めた我が巫覡の次に目覚めたじー様って、どんだけ丈夫なんだよ。



「うわぁ、我が巫覡も気絶なさってたのか。巫女の戦闘力、どうなってんの」


「以前より飛躍的に向上していますね。以前のお姫様でも守護衛士兵団(デフォブセッシミーレス)を殲滅し、『人間』のゲマドロースを殺すのは造作なかったでしょうけれど。今なら鼻歌を歌いながら瞬殺するんじゃないですかね」


「怖い事言わんでくれるかな。じゃあ、なんで封印なんて面倒なことしたんだよ」


「ヴァニトゥーナ様を縛る、強欲の男神や拘束の女神と繋がってる人物ですよ? うっかり殺して、ヴァニトゥーナ様を開放できなかったら目も当てられない。それに、ほぼ永遠に回復する人間もどきを殺すのは、さすがのお姫様にも無理があるでしょう。復活しない『ただの人間のゲマドロース』を殺すのは簡単じゃないですか」



 簡単か? そんな簡単だったら、俺やじー様が殺してた気がするんだが。



「いくら侍従サルーガンといえども、巫覡フェニタルであり巫覡ウディハという、存在自体が非常識なゲマドロースは殺せないと思いますよ」


「でも以前の巫女でもやれたんだろ?」


「お姫様は以前から非常識な巫女リーシェンでしたからね」


「あ、うん。そっか、そうなんだ。そんで、アグメサーケル陛下は巫女を色んな意味で、とても可愛がっていると。名前で呼ばれてたら、本当に殺されたかもしれなかったんだな、俺」


「そうですね」


「できれば否定してほしいんだが」


「無理です」


「少しは否定しろよ。…………なあ、さっきから巫女との会話の隙間に、めっちゃ睨まれてる気がするんだけど」


「ええ、睨まれてますね。私たちが不甲斐ないのと、貴方がいつまでも起きないからお姫様が貴方にかまったせいです。お姫様と巫覡ディンガーの会話が落ち着いたら、間違いなく二人の陛下から厳しく指導されますよ。どうしてくれるんですか」


「それは本気ですまんと思ってる、俺だって怖い。聞こえてくる会話は夢だと思ってたんだよ。え、待って夢だった……んだよな?」


「どんな夢を見たのか知らないですけど、あまり期待しない方がよさそうですね」



 ソウダネ。

 夢じゃなかったのか。

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