聞こえるけれど
誰かが何かを会話してる声が聞こえてくる。
ふと、沈んでいた意識が浮上した、ような気がする。なんで気がするかって言うとだな。
痛い。
どこがって、どこもかしこも痛い。そんで、暗いんだわ。
何でこうなったんだったか、と身体の痛みを我慢しつつ思い出そうとする。
とりとめなく、痛ぇと暗いとの間にどうしてこうなったかを考えている間にも、誰かが会話している声は止まらない。
水の中から会話が聞こえてくるような湾曲した音なので、声の主が誰で何を言っているかは全然わからない。
まあ、なんだ。きっちり聞こえたとしても、とっちらかった俺の思考で理解できるとは思えないから、人の声の音楽だと思えばいいか。
───────────
「どいつもこいつも、情けねぇなぁ」
「そんな事はないと思うよ。おじーちゃんとかメトゥスはかなり頑張ってたし、そこの侍従くんもけっこう耐えてたよ」
「ほほぅ」
「なんでそんな変な笑い方するのよ、アグメン父さま」
「いいやぁ? 可愛いカーリィが見られて嬉しくてアウラに羨ましがられちまうな、と思っただけだ」
「…………」
「しかし、メトゥスねぇ」
「…………」
「そうかぁ、あのカーリィがなぁ」
「…………」
「おい。よく姉貴を見ろよ、バカ親父」
「うん? あっ、何でそんなに睨みながらぶすくれてるんだ、カーリィ! 可愛い顔が台無しだぞ」
「それ本気で言ってんのかよ」
「俺が睨まれる理由なんてないだろう、アーフ」
「いや、あるだろうが。姉貴が誰をどう呼ぼうとあんたには関係ないし、そのべちゃっとした笑顔で笑われて嬉しくて気分がいい子供が、どこにいるって?」
「べちゃって何だよ。カーリィの情緒が育っているって感動してるだけだろ」
「その顔のどこが感動してんだよ。面白おかしくからかってる顔だろ。いちばん嫌われる態度じゃねぇか」
「な、なんだって…… カ、カーリィ……」
「…………」
「すまん! からかった訳じゃないんだ。カーリィの愛称呼びがあまりにも可愛くてだな…… ごがっ」
「相変わらず阿呆だな、親父」
「うう…。何か間違えた事は理解したが、何がいけなかったのかはよく分からん」
「帰ってアウラ母さまに聞いてみたら?」
「何をどう聞けば…」
「親父、母上にも殴られるんじゃねえ?」
「馬鹿にした視線を投げられるだけじゃない?」
「仲がいいな、お前たち。俺も入れてくれ」
「前向きにも程があると思うわ、父さま。そして嫌」
「姉貴と仲良くなんてねぇっての。俺はニィねぇちゃんと仲いいの」
「うふ、私もニィとは仲いいよ」
「仲がいいって言うのか、あれ。ニィのカーリィへの愛情というか、執着はなぁ。こうやって会話しているだけでも、ニィには睨まれるんだぞ。俺たちが」
「そうなの? 」
「そうだよっ。しかも俺との会話中でもお前が現れると、ニィねぇちゃんはお前んとこ行っちまうんだよ」
「そうだったんだぁ。ニィには、ちゃんと会話は終わらせてから行動するように言っとくね」
「そういう事じゃねぇ」
「ふぅん、じゃあアーフはこのままでいいんだ」
「だから、そういう事じゃねぇよ!」
「?」
「やめておけ、アーフ。カーリィには理解できない事だ。それにニィのカーリィ至上は変わらないだろう、注意されてもニィが変わる事はないと思うぞ」
「 ─────────── 」
「なに呪おうとしてんだ、アーフ」
「アグメン父さま…」
「はぁ~、酷い目にあった…」
「自業自得だろうが」
「ぜったい皇子や皇女にも同じように嫌がられてるよね、アグメン父さま」
「間違いないな」
「そんな事はないぞ。 ……ないぞ! そんな事よりもな、こいつら鍛えるの間に合いそうか?」
「アーフが手伝ってくれるなら余裕で間に合うよ。ということで、手伝ってアーフ。お願い」
「仕方ない、ニィねぇちゃんのためだからな」
「ありがとう、アーフ。よろしくね」
「俺も手伝うぞ、カーリィ」
「うぇっ。いいよ、自分で頑張るからさ。おじーちゃん寄越してくれるので十分だよ」
「あれだけじゃ心許ないだろ。お前ももう少し鍛えておけば、俺も安心だ」
「いや、姉貴は十分に強いだろ。どこまで人間離れさせる気だよ」
「そんな事はないぞ。アウラなら今のカーリィの攻撃くらい、片手で防御するだろう」
「母上なら全盛期の俺たちでも、片手で止めてたろ… 今の俺たち相手に何言ってんの」
「そうだったか? うーん」
「聞いてねぇな」
「そうだね。アグメン父さま、どこを目指させようとしてるんだろうね」
「だいたい、母上は俺たちきょうだい全員で向かって行っても、笑顔でかわし切って見えない一撃で床に這いつくばらせるんだぞ。相手になるのはおばあ様とおじい様か親父だけたっての」
「小さい頃の手加減されてた記憶しかないんじゃない?」
「それか、最初の俺たちがそこそこ戦えてたから、今も同じくらいになれるって思ってるのかも」
「あー、あれって特殊な環境だったよね」
「親父たちの張った結界外部からの侵攻で、俺たちも戦ったあれな」
「もう一度あんな鍛え方されるの嫌だよ」
「まあ、今の姉貴の身体じゃ一瞬で木端微塵になるよな」
「今のアーフだって同じでしょう。いくら天馬の身体能力でも、母さまの一撃だって耐えられないんじゃない?」
「違いない」
「そんな事はないぞ。今の俺だって、普通の人間だからな。やっぱり、もうちょっとましになるように鍛えてやろう」
「いらない」
「いらねぇ」
───────────
穏やかな音楽だったのが、なんか不穏な感じになってきた気がするぞ。
それにしても、暗くて痛ぇ…