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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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過保護

「全否定なのか!?」


「今までの発言で、まともな事は一つもなかっただろうが。全身骨折の訓練が当たり前であってたまるか!」



 俺を睨みつけ、いつなく乱暴な言葉と口調でイヴは吐き捨てる。そこまで言わなくてもいいんじゃなかろか、と思う。



「申し訳ありません。イーサニテル様の常識が少しずつかみ合わなくなっていたのに、矯正できなかった私の責任です。数年前までは、もう少しまともな常識を持っていたんですけれど…」


「いえ、副神殿長に謝罪いただく事ではありません。私も無礼な態度を取り、申し訳ありませんでした。口が過ぎました」


「全てイーサニテル様が悪いのです。お気になさらず」


「ありがとうございます」



 戸惑う俺を前に、腹黒たちの穏やかな会話が続いている。

 ちょっと、これどういう事だよ。



「筆頭、本気で死にそうになる訓練が当たり前だと思っているのか?」



 呆れた様にフィダが言うが、当たり前じゃないか。

 当たり前、だろう? あれ?



「当たり前だと思っている。が、以前はそう思ってなかった気もしてきた」


「恐らく神殿長や副官とだけ訓練するようになって、そう思うようになったんだろ。筆頭が俺とも訓練していた時は、愛し子同士なのに剣が当たる事に戸惑ってる俺に手加減していた」



 そういえば。フィダは主に巫女リーシェン訓練をしていたとかで、剣を交えるのに慣れていたが、愛し子同士ではやはり避け合ってしまい当たらなかったと言っていた。エイディー神殿の連中との訓練でも剣が当たる事に困惑してるフィダの為に、フィダを相手にする奴らの寸止め技術がものすごく向上した記憶がある。



「言われてみれば、当てないのが当然だったな。あれ、俺いつから部下たちに寸止めしなくなったんだ?」


「しなくなったんじゃなくて、俺たちじゃ相手が務まらなくなったんだ。だから、剣に関しては陛下や神殿長と副官とだけ訓練することになったんだろ」


「ああ、じー様やじっ様は避けられない方が悪いって止めないもんな。なんだ、じー様のせいじゃないか」



 他人のせいにするなよ、というフィダの言葉は耳の右から入り左耳を抜けてしまい、少しも俺の意識に残らなかった。



「もう筆頭皇帝側近武官が戦の男神の愛し子だと言われても、驚かないと思います」


「そうですねぇ。最近のイーサニテル様の戦い方は、神殿長にそっくりですからね。しょっちゅうクアーケルやピスティアブから、巻き添えになりそうになったと聞きますよ」


「まあ、筆頭ならありそうだな」


「それはないと思うよ」



 好き勝手言う三人の言葉を、俺の後ろから澄んだ少女の声が否定した。

 治療中のじー様を置いて、我が巫覡ディンガーと巫女が俺の後ろに立っている。



「分かるのですか、お姫様(ひいさま)


侍従ディジャーくんはね、アグメン父さまによく似てるの。だから、それなにりに便宜は図るけれど、愛し子にはしないと思う」


「同族嫌悪というものでしょうか」


「そこまでハッキリしたものじゃなけど、自分と良く似ているとなんか気に食わないってなるじゃない」


「イーサニテル様は気に食わないとして、プリメトゥス陛下はどうなるのでしょう」


「メトゥスはアグメン父様のお気に入りだよ。でもメトゥスは巫覡ディンガーだから、敢えて愛し子としての寵愛を与えないようにしてるんじゃないかな」



 どゆこと?

 意味が分からず呆けた俺を見て、クスっと小さく笑って巫女は続けた。



巫覡ディンガーは氷の男神の化身とも子供とも言われる存在でしょう? そんな人に別の神の愛し子の扱いをしたら、神同士の諍いになりかねないんだよ」


「ああ、そういう事ですか。巫覡ディンガーがただの侍従ディジャーであれば、神殿長の様に三柱の愛し子になっていた可能性もあるわけですね」


「それは素晴らしい事だと思うが、そういう事なら我が巫覡が炎の女神の寵愛を受けるのは問題なんじゃないの?」



 納得したみたいなイヴに聞けば、今度は怒らずに返事をしてもらえた。



「問題ありませんよ、母なる女神は氷の男神の妻神ですからね。しかし、戦の男神は母なる女神と相性が悪い。例え最愛の夫神が尊敬していようとも、夫神の化身ともいえる巫覡ディンガーを、戦の男神の『単なる愛し子』扱いされたらいい気分ではいられないでしょう」



 なるほど。



「面倒を避けるためにも、証を付けるような寵愛はしないってことか」


「だと思うわ。たぶん、メトゥスにも私にもアグメン父さまからの何かしら祝福的な物は与えられてると思うけどさ」


「お姫様は、どんな祝福だと思います?」


「うーん。けっこうな寵愛ある愛し子でも、意識しなくてもさくっと剣が当たるとか、白兵戦なんかするとこちらの能力を発揮しやすい力場がこっそり発生するか、私が発動しやすくなる環境になるとか?」



 そんな都合のいいこと、あるか?



巫覡(ディンガー)巫女ディンガエルについては調べても分からなかったんだけど、歴代の巫女リーシェンには突出して戦闘能力に優れた人が居たんだ。かろうじて生き残った人たちの証言で『まるで戦の神の巫覡サルアガエルの様だった』っていうものが、チラホラあってさ」


「姉上、歴代の巫覡(ディンガー)にも、ひとりだけ同じように言われた者が居ました。巫女ディンガエルは二人しか誕生した記録がありませんし、彼女らが剣を振って戦闘をしたという記録はありません。うち一人は術力のみの戦闘で、侍る侍従ディジャーが剣を振って護衛をしていたようです。フランマテルム王国へ渡ったコルフィラティナ様は我が国に記録がないので…」


「あ、コルフィラティナ様は戦ったことはないよ。グラキエス・ランケア帝国の気候安定を願って祈りを捧げていたそうで、戦闘は夫であるグラテアン家当主マルフィリギスが担当していたって」


「とは言ってもグラキエス・ランケア帝国は国を安定させるために忙しくて、フランマテルルム王国にちょっかいを掛ける余裕はなかったらしいですね」


「良く知ってるね、イヴ」


「フラエティア神殿の記録を読みました」


「へーえ、そんなのあったんだ」


「お二人とも、話が脱線していますよ。巫女姫、その突出した戦闘力を持った巫女リーシェンに戦の男神の隠れた祝福があったということでしょうか」


「あら、ごめんなさい。たぶん、その巫女リーシェンって、私みたいに生まれ変わってるカーリィなんじゃないかなって思うの」


「生まれ変わった娘が可愛くて、祝福しちゃったって事なのかぁ」


「過保護だよねぇ~」



 俺のこぼした呟きに、困った顔で巫女は言う。

 その表情がアールテイに向ける微笑にそっくりだ、というのは言わない方がいい気がした。



「さて、神殿長が回復するまでの間にメトゥスと侍従くんとイヴと私でどこまで連係できるかの確認をしよう」


「ルペトゥスが回復したらどうするのです?」


「私の代わりに神殿長と連係して、私と仕合いましょう」



「…私には手加減してくださいね、お姫様。神殿長と同じようにに攻撃されたら、私など簡単に死にますよ」


「そうだね、気をつけるよ。この鍛練場では誰の攻撃でもちゃんと全部当たる仕様になってるらしいから、私たち以外は外に出てもらおうね」


「何だってそんな、えげつねぇ環境になってるんです?」


「私に同行する貴方たちを、『そこそこ』から『まあまあ』使えるまでに鍛えろって事らしいわ」



 ゲンナリした気分を隠しもせずに聞く俺に、いい笑顔で答えた巫女を見て思う。

 アグメサーケル陛下、過保護にも程があるだろうと。

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