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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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俺の常識は世間の非常識

「まず、巫覡ディンガーやお姫様(ひいさま)が我々を本気で殺そうとすれば、色々な条件はあるものの剣で切る事も術で身体を粉々にすることも可能です」



 ちょっとだけ冷静になったイヴが俺を見て言う。その視線は『この位は知ってるよな?』と力強く語っている。



「さすがに、それは俺も知ってる」


「次に、愛し子同士だと、同じ神の愛し子は当然として、お仕えする神が違えども剣は当たらないというのは知っていますか?」


「俺たち父なる神の愛し子同士は訓練であれば剣を交えることも可能なんで、殺気を込めたら愛し子には当たらないんだと思ってたな。じー様やじっ様の剣が重傷になるのも、鍛える気であって殺す気じゃないから当たんないんだと思ってたわ」


「………これ、氷の男神の愛し子には常識なのですか?」



 俺ではなく、疲れたようにアラネオに聞くイヴ。アラネオは申し訳なさそうに首を振り、俺を見て言った。



「いいえ。イーサニテル様と一部の馬鹿の常識です。父なる神の愛し子同士でも剣を打ち合わせることが出来るのは、神殿長や副官── オリカル様が同席する訓練の時だけです」


「お? だが、お前たちだけの時にも剣が当たってただろ」


「それは神殿長がお使いのこの鍛錬場か、第二鍛錬場だから可能なんです」


「そういう事か。ならじー様のおかげなんじゃねぇの?」


「戦の男神の侍従サルーガン同士であっても、剣は当たりませんよ。座学で習ったでしょう」


「そうだったか?」


「そうですよ。各国の侍従や侍女たちが剣の訓練をするのに非常に苦労する点だと何回も説明がありましたし、私も説明していますが?」



 つ、と視線を反らした俺を二人は見逃してはくれなかった。



「貴方、そこそこ頭はいいのに一部の記憶力だけ欠如しているのはどういう事なんですか」


「クアーケルやピスティアブと比べたらましだと思っていましたが、そんな事もありませんでしたね」



 同時にため息をつき、吐き捨てるように断言された。

 こうして言われてみると、愛し子同士の訓練はじー様の目の届く範囲でと決められていたことに気がつく。

 歴代の皇帝から愛し子は忌避されていたし、じー様やじっ様、そして我が巫覡に差し向けられた暗殺者とのやり取りが実践訓練だったんだよなぁ。

 暗殺者たち(訓練相手)は愛し子じゃないんだ、そりゃ相手を切れるはずだわ。



「この国に存在する愛し子たちは、皆そのように厳しく悲惨環境にあったんですか? 私の置かれた環境はまだ良かったんだと思えてきました」


「暗殺者を相手に訓練なんて、プリメトゥス陛下かイーサニテル様くらいですよ。私や他の愛し子たちはほぼ剣がすり抜けあってましたから、神殿長の立ち会いが無いときは普通に人形相手に訓練しましたね。愛し子同士でも剣が交わせるようになったのは最近ですよ」


「そうだったか?」



 もはや返事をするのも億劫だ、って目で語るなよ。口で言え、口で。



 なんて俺たちはのんびり会話をしているが、美少女と爺の戦闘は少しものんびりしちゃいねぇ。

 俺の実践訓練のくだりでは天井が床なのかな、ってくらいになめらかに部屋の両角から中央に天井を蹴って移動し、剣を交え力任せにぶつかり合いあった反動で、弾かれたように元の角へと飛んで戻っていた。

 お互いに上を取るつもりなんだろう、天井のごく浅いくぼみに指をめり込ませて天井にぶら下がっている。懸垂に要領で身体を持ち上げると、壁を蹴って空中で激しく打ち合う。今のは6回かな、徐々に剣速が上がっていて追いきれなくなってきた。


 そして今、アラネオ心底バカにされた視線を遮るように、横合いから俺とアラネオの間に便と爺の塊が割り込んできた。

 文字にすると、スタァンと小気味好い効果音をたてて、壁に二人が張りつく。というか、一瞬だったがしゃがんでいるように見えた。いつから壁が床になったの、ねえ。

 今度はズダァン!っという衝撃音と共に、じー様が反対側の壁へと追い詰められたらしい。壁を背に巫女の繰り出す剣を捌いているが、だんだん笑顔が消えていっている。

 我が巫覡と俺との訓練で、じー様が笑顔じゃなくなった事は無い。俺が死にそうになったときは、さすがに慌てていたが。


 速度もさることながら、一撃がすごく重そう。剣が接触するたびに火花が出てるぞ。

 じわじわ巫女に追い詰められて、じー様の動きも鈍くなってきている。と、剣を捌くじー様の手元から微妙な音が聞こえた。



「あー。じー様の左腕にヒビが入ったか、折れたな」


「神殿長がお姫様の剣を捌く速度に、変化はないように見えますけど?」


「うんにゃ。微妙に遅くなってきてるし、さっき腕あたりから変な音が聞こえた」


「あんなにガンガンぶつかり合う音がしているのに、腕から音とは?」


「巫女の一撃一撃が、ものすごく重そうだろ。さすがにじー様でも、いつまでもあんなの捌けねぇよ」



 時間の問題だろうな、と言おうとした瞬間だった。

 巫女を中心にじー様に向かって半円を描き、まるで蜘蛛の糸がじー様を包囲するかの様に全方位から、不規則な速度で幾筋もの剣が繰り出されるのが見えた。

 さすがに驚きの表情を隠しきれなかったじー様は、それでも歯を食い縛り両手剣を握りしめ、必死に剣を受け止めていた。

 しかし、全てを受け流すことが出来ず、とうとう剣を受ける格好のまま壁に叩きつけられて崩れ落ちた。


 じー様が崩れ落ちても巫女の攻撃は緩むことなく、じー様に止めをさすべく大きく剣を振り上げた。



「参りましたじゃ」



 ほんの頭髪数本分の隙間を残して、じー様の頭上で巫女の剣が止まる。

 あと数瞬でもじー様に降参の声が遅かったら、じー様の頭はかち割られていただろうな。



「さすがは、ご息女。結局四肢全てが折れてしまいましたわい」


「全力をぶつけられそうで、つい思い切り動いて怪我をさせてしまったわ。ごめんなさい」


「なんの。勇ましき巫覡サルアガエルに遊んでいただいた事を思い出しました。懐かしく嬉しゅうございます」



 巫女の申し訳なさそうな声に、じー様は喜びを隠すことなく答えている。巫女の顔には、そんなこたぁいいから、さっさと治療してこいと描いてある。たぶん。



「ご息女にお願いがございます」


「なんでしょう」


「この爺、まだまだでございますれば、フランマテルム王国への侵攻までの間に拙官を鍛えてくださいませんでしょうか」


「姉上、私もご一緒させてください」



 我が巫覡もすかさず参戦だ。



「私、他人に教えられる指導力なんてありませんわ」


「なに、先ほどの様に全力で攻撃してくだされば良いのです」


「全身が砕けますよ?」


「私やルペトゥス、イーサニテルも骨折程度なら数時間で治ります。それに治らない者は治療専門の神編術師が治せば済むことです」



 我が巫覡の言葉に巫女は黙り、イヴは硬直し、アラネオは頭を抱えた。じー様とじっ様はいつもの笑顔。

 俺は我が巫覡の意見に賛成だったんで、巫女に向かって願いでた。



「はい! 俺もその訓練に参加したいです」


「神殿長と巫覡ディンガーでさえ全身骨折する程ですよ!?」


「訓練って、そういうもんだろ? 怪我なんて当たり前じゃないか。俺はいつもそうだけど?」



 何言ってるんだろう、と首を傾けて言ったとたんにイヴの目がすわった。



「貴方の常識はな、我々にとっての非常識なんだよ」

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