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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
125/160

あれ?

 始まりは静かだった。

 にこにこ笑い合っていた巫女リーシェンとじー様が、すっと真顔になったとたん二人の間に高い金属がぶつかる音が響き、部屋の対格の角へと離れていた。二人とも手には剣を握っている。

 聞こえた音は、あの剣を交えた音だったんだろう。


 だが、ちょっと待って。二人とも手には何も持ってなかったし、帯剣もしていなかったよな?

 ねえ、その剣どこから出したの?


 俺と同じような疑問をアラネオ、クアーケルやピスティアブといった氷の男神の愛し子たちは持っているようだが、巫女一行の愛し子たちは慣れたものなのか、さっさと─── 茫然と試合を見つめる俺たち氷の男神の愛し子たちを引きずって ───壁際へと後退していた。

 我が巫覡ディンガーは当たり前のように壁際に寄っていたし、その隣にはアラネオを連れたアールテイが冷めた表情をして立っている。

 ああ、我が巫覡とアールテイにも当然のことなのね。



「なあ」


「なんです?」


「巫女とじー様の剣、どっから出てきたの」


「出てきたというより、姿を現した、ですね」


「ずっと在ったってことか?」


「普段は霞のように傍に在り『剣が欲しい』と思うと、現れるんです。母なる女神が、剣に何らかのお能力(ちから)を授けてくださったからでしょう」


「という事は、じー様の方は戦の男神のお能力ということか。我が巫覡もご様子から、ご存じみたいだな」


「でしょうね、私も出来ますよ。しかし、そんな事を私に聞かなくてもご存知なのでしょう? 貴方の剣が、同じことが出来ると主張しているじゃないですか」



 主張とは?



「嘘でしょう。そんなに存在を誇示しているのに、気がついていないんですか?!」



 知らんがな。



「剣がどうやって意思表示なんかすんだよ」


「おい…… 本当に嘘だろ」



 イヴが唖然としている。こいつのこんなに驚いた表情は珍しい。



「無機物にだって神の寵愛を授かることもあるのは、さすがに知っていますよね?」


「当たり前だろ」


「それを知っていて、なぜ剣に意志が宿ると知らないのですか」


「いや、それは知ってる。しかし感応能力でもなけりゃ、何を伝えたいかなんて理解できる訳がないだろ」



 しかも、俺だぞ。感応能力に優れた天馬カエルクスとですら、基本的な意思疎通も出来ないんだ。意志を持ってるなんて漠然とした存在と理解し合うなんざ、無理に決まってるだろうが。



「なんてことだ。こんなに壊滅的に鈍い愛し子は初めてだ。ガウディム」



 いつも飄々としたイヴが絶望した表情を浮かべ、茫然したように壁際で固まっていた一団に向けて呼びかけると、そこから小柄な少年が小走りで近寄ってきた。



「ご用ですか、イヴさん」


「ああ、すまない。筆頭皇帝側近武官がお持ちの、この剣が何を伝えたがっているのか確認してほしい。先ほどから存在を誇示しているのに、気が付かれなくて怒り始めている気がする」


「はい、了解っす。ああ、本当だ。すんごい怒ってるなー」



 ガウディムは快活そうな少年で、面白そうに俺の剣を見ている。時折笑い声をあげつつ頷いたり首を振ったり、念話で会話をしているみたいだ。



「もしかして、ものすごく優秀な心話術師なのか?」


「ええ。ガウディムは音の男神の愛し子、寵愛厚い侍従ニュステで、映像付きで通信できる特殊能力を持つ心話術師です。音の男神ソニアントゥスの持つ特殊能力を与えられた、と地方神殿で見いだされた少年でした」


「よく神殿や王宮に使い潰されなかったな」


「使い潰されそうだったから、我らがお姫様(ひいさま)がグラテアンへ引き取ったんですよ」


「ああ、主神最上主義の弊害だよな。以前のグラキエス・ランケア帝国だったら、神殿騎士団アエデーエクストゥルマでいい様に使われて成人できないやつだわ」


「フランマテルム王国も似たようなものですよ。だからグラテアンには母なる女神の愛し子でない者も多い。いえ、多かったというべきですね。皆、母なる女神のおかげで命を繋いでいただき、今は母なる女神の愛し子でもあるのですから」



 困窮した愛し子たちを、巫女が救っていたってことか。

 グラテアン騎士団エクストゥルマの侍従や侍女たちが女神同様に巫女に仕えているというのは、救われた愛し子が巫女を女神とも思える程に恩義を感じているんだろうな、と思う。

 俺が、こき使い好き勝手振り回してくるじー様に感謝しているのと同じ様に。



「炎の女神の愛し子なのに、音の男神の侍従なんだ」


「偉大なる母は寵愛を授けてくださいますが、侍従リージェル侍女リージェとして仕えよと無理強いはなさらないんです。現に3割程は赤を纏わせていただきながらも、元の神の侍従や侍女のままですからね」



「うん。ちゃんと伝えるな」



 しんみりして沈黙した空気を破る明るい声が、俺の剣から視線をこちらに向ける少年の口から飛び出てきた。いい笑顔だね、ガウディム君。



「この()、霧状化できるらしいですよ。霧状化(そう)しろって筆頭皇帝側近武官に命じてもらえれば、だんちょ…… 巫女や神殿長の剣の様に呼ばれたら顕現できるって言ってます」


「お、おぉ。王宮に帰ったら詳しく教えてくれるか?」


「了解っす! じゃ、俺戻りまーす」



 跳ねるように走り去るガウディムの背中を眺めながら、イヴって怖がられてるんじゃないだろうか、とふと思う。口に出したら口撃と肘鉄を喰らいそうなので、黙っておくが。



 なんて、のんびり会話している間も剣を打ち合い続ける音は止まず、ガンガンとかギョリっとか筆舌し難い音がひっきなしに聞こえてくる。

 そんな中で俺と会話したり、剣と会話したりするグラテアンの愛し子って変だと思うんだ、俺。

 恐ろしく速い動きで剣を交えてる少女と爺だぞ。変だろ、あれ。


 鍛錬場の隅と対角の隅で剣を構えたと思ったら、次の瞬間には中央で剣を交差させて押し合っているし、かなりの力で押しあっているせいで剣は小刻みに震えている。

 押し合っているせいで、横に大きく傾いていたお互いの剣がじりじりと掲げるように起き上がってきている。もう少しで柄を握るお互いの手が触れそうだという瞬間には、天井付近まで飛びあがる少女と爺。

 ありえない捻り技で空中で剣を打ち合い、今度はさっきと違う壁際の隅と隅で睨み合う。



「速くね?」


「速いですね。先ほど中央で打ち合っているとき、5回目以降は目で追えませんでした。何回打ち合ったんでしょうね、あの方たち」


「さっきのは12回だな。まだお互い本気出してないっぽいし、これ以上剣速が上がると俺じゃ追えなくなるわ」


「 ……見えていたんですか? 12回ぜんぶ?」


「おう。じー様が俺たちを訓練する時は、いつもあれくらいの速度だな。我が巫覡やじっ様相手だともっと早くなるから、俺じゃ手に負えなくなる。で、最終的にはボッコボコにされて足元に撃沈がお約束だな」


「ええぇ…冗談でしょう…… 流石は戦の神の愛し子というべきなのか。あれよりも速くなる? 貴方がた、よく生きてましたね」


「何言ってんだよ。巫女の高密度・高熱の術の直撃を喰らって平然としてる、お前らの方がおかしいだろ」


「何言ってるんですか、あんた」


「お前こそ何言ってるんだ」


「我々愛し子には、お姫さまが殺意を込めても接触する瞬間に術力は弱まるんですよ。ゲマドロースの様な特例でもなければ、少し火傷する程度ですよ。剣も同じです。例え相手が貴方であろうと、当たる前に剣が避けあって切り結べないでしょうが」


「えっ? 俺たちじー様直属の神殿騎士団員は、普通に訓練でもあの二人みたいにガンガン剣が当たるし、切り傷だってしょっちゅうだぞ。じっ様の手が滑って生死を彷徨う怪我もしたことあるぞ、俺」


「なんだ、それは。愛し子の常識はどこへ行ったんだ」


「え、あれ? 俺たちがおかしいの?」


「そうだよ、あんた達がおかしいんだよ! おかしいどころじゃないだろ……」


 珍しく乱暴な口調のイヴが尚もなにかぶつぶつと言っているが、がんがん打ち合う剣の音で聞こえない。

 つか、炎の女神の愛し子だけじゃなくて、愛し子って剣が当たらないの? 俺たち、めっちゃ当たってるよな。

 少し離れていたアラネオを見ると、『あんたはアホですか』と言う目で見られ首を横に振られた。

 え、やっぱり俺がおかしいの?


 あれ?

 

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