規格外がすぎる
「誰が化け物じゃ。儂はちぃとばかり丈夫で有能な、ただの爺だわい」
「丈夫で有能は認めるが、それであちっこっちの愛し子になれてたまるか!」
「儂がモテモテで愛されておるからと拗ねるでないわ」
「拗ねてねぇよ」
じー様と俺がしょうもない言い争いをしている向かいでは、我が巫覡と巫女が静かに会話をなさっていた。
「姉上、なぜアグメン兄上が炎の女神にルペトゥスへの寵愛を依頼される事態になったのです?」
「流れでうっかり、かな?」
何がどうなったら、うっかりで寵愛を授かるかが気になるわ。じー様もそう思ったのか、俺たちはどちらからともなく黙り会話に耳を澄ませていた。
「お姫様、端的すぎて理解できません」
「私もなんて説明していいのか…」
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祈祷所に着いてすぐ巫覡たるアグメサーケル陛下…… 神殿長へ神託をなさった戦の男神に理由を伺ったのね。
反応? いつも余程の事がない限りすぐ応えてくださるわよ?
え、普通じゃないの? そうなんだ。私待たされた事はないものだから、他の神々の反応は良く知らないの。ごめんなさい。
うん、神殿長を同行させるのは強欲の男神への対策の一つなんですって。
まだゲマドロースの肉体は破壊され続けているのだけれど、拘束の女神の効力で再生し続けてもいるのだそうよ。ただ、破壊速度より回復速度がジリジリ遅くはなってるみたい。
そう、結界のおかげで拘束の女神からの術力が届きにくくなってるから。
それでもあのままで肉体を消滅させるには、あと数十年かかる計算なんですってよ。
ねぇ、もしかしたら私たち生きていないよね~。あ、はい脱線したね、ごめん。
今回フランマテルム王国へ進攻する目的はゲマドロースの肉体を完全に消滅させて、ヴァニの魂をフランマテルムから解放させる事。そして、神殿を解体再生させる事。
今のフランマテルム王国の母なる女神への態度は全部間違っているの。そうだよ、神殿だけじゃなくて王宮もだもん。
イーだってソノルース殿下を見てたから分かるでしょう? 殿下の父である王弟殿下は国王に比べて女神への造形は深いって言われてたのに、息子たちの教育すらまともにできない人じゃない。
違うって、ソノルース殿下がまともになったのは王太子殿下とアルドール殿下のおかげだから。王太子殿下が直々に王弟殿下へソノルース殿下の置かれた環境に注意喚起されて、兄である息子たちと共に愛情をもって~なんて感極まった返答したくせにすぐ放置だったでしょ。
何言ってるのさ、注意を受けてから王弟殿下一家が勢揃いしたの二日だけだって。
親と兄たちを信用してなかったソノルース殿下は、アルドール殿下の王子宮へ居候させてくれってお願いしに行かれたそうよ。うん、アルドール殿下が嬉しそうに教えてくれたわ。
脱線してごめんって。まだまともな王子殿下お二人でさえ、女神への祈りなんかの作法を間違って教えられてるって言いたかったの。
あの国王が教えられるわけないでしょ。ルナネブーラ侯爵とかアルッギラ公爵がこっそり教えてたんだって。
今や神殿の上層部のほとんどは神官で、母なる女神の愛し子ですらないらしいんだよね。
母なる女神が回復のために眠られている間も、私たちの肉体再生や結界維持にお能力を割いてくださってたから、神殿については後手に回っているの。
しかも神官は愛し子ですらないから懲罰も与えられないでしょう? まともな侍従や侍女は神殿の維持で手一杯だし、ヴァニも彼らを守りながらだから神殿を掌握しきるのは難しいみたい。
うん、フランマテルム王国の神殿は敵に回ると思って間違いないね。
でもまあ結界に守られて戦闘すらしていないフラエティア神殿の神殿騎士団じゃあ、筆頭皇帝側近武官が率いるエイディー神殿の神殿騎士団に対抗すらできないと思うけれどね。
ん? 貴方は皇帝近衛連隊でメトゥスと同行する?
ええ、分かってる。世間では騎士団長じゃなくて、貴方が神殿騎士団の代表と思われてるってことだよ。実際に神殿騎士団を鍛えてるの、神殿長と貴方でしょう?
神殿騎士団同士の戦いで実際の指揮を執るのは騎士団長だけれど、エイディー神殿側の代表というか顔は貴方じゃないの。もちろんメトゥスは私と一緒に行くのだもの、貴方も貴方の側近と当然ゲマドロースの方よ。
あら二人とも、すごい笑顔! 究極と残念だけど顔面は最高の笑顔が並んでる… 目福ってこういうのを言うのね。
あれ、また口に出てた? ごめんって。イヴもイーも睨まないでよ。
それでね、メトゥスや侍従君……ねえ、何で私はイーサニテル様って呼んじゃだめなの。私は年下なんだし、身分だって…… みんなものすごく首振るね。イヴ…… えー、黙っとけってさぁ。はーい。
メトゥスや侍従君が率いる侍従君の精鋭とグラテアンの皆だけじゃ、ちょっと不安なんですって。
ああ違うよ、アグメン父さまがそう言うの。違うよ、陛下って呼ぶと返事してくれないの。
今は私的な場じゃないって言われてもね。アグメン父さまには事情を知る人が揃う今こそ私的な場で、こんな場でした会話も何故か内容を知っててさ。ここで陛下って呼ぶと、次にぜったい文句言われて会話が進まないの。
で、アグメン父さまが心許ないなぁって思ったところで、グラキエス・ランケア帝国には自分のお気に入りの、そこそこ使える侍従が居る。 『そうだ、連れて行かせよう』って、良い事思い付いた!って直ぐ様神託したんですって。
あの、副神殿長。睨まないでもらえます?
『そこそこ』とか『お気に入りの侍従』って、私が発言したんじゃないんですってば。
神殿長も「我が君…」とか感極まるの、やめてくださいな。
ええ、氷の男神も神殿長の同行については『是』との返答でしたよ。そうね、母なる女神と並んででご機嫌良さげだったかなぁ。
ええぇぇ、エイディー神殿の皆すごい睨むね。これどういうことかな、メトゥス。
そっか、氷の男神はメトゥス以外にはあまり関わらない方なのね。なんか、ごめんね?
うわ、更に目が座ったじゃん。怖っ。
続けるね。神殿長を連れていくのはいいとしても、フランマテルム王国では母なる女神のお力が強くて、どうしても氷の男神のお力は弱まるでしょ。母なる女神とアグメン父さまはそれはもう相性が悪いから、フランマテルム王国では能力が半減しちゃうの。
そうなの、アグメン父さまがそれじゃ困るって仰って。神殿長に母なる女神の祝福を与えてくれって、氷の男神にご依頼なさってね。
なんで氷の男神かって? それはアグメン父さまが直接依頼したら、絶対に母なる女神がお断りになるからね。反対にどんな嫌なことでも、氷の男神のお願いは断らないでしょう?
断らないの、本当に。
それにしても、一人に三柱の寵愛ってどうなのって確認する間もなく、『もちろんでしてよ、背の君』ってお力を飛ばされてさ。焦ってここに帰ってきたら、神殿長が炎に包まれてるんだもの。
神殿長、なんともありませんか?
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巫女はとんでもなく規格外だと思ってたけど、親である巫覡はさすがの巫女の親だって事だよな。
じー様なぁ。三柱の愛し子って異常な状態になっても、楽しそうにケロッとしてやがる。
じー様も規格外が過ぎるんじゃねぇの?