化け物って言っていい?
そんな都合のいい寵愛があってたまるか、と言いたい。
だが、実際にじー様という都合のいい愛し子が居る。
「ルペトゥスは戦の男神の侍従だった。そして、後に我が父なる神の寵を受けて侍従にもなった、と。いつからだ?」
「地方の神殿騎士団に所属してからでしたかの」
「待て、じー様。あんた他の神の神殿に所属してたのか?」
「そうは言うがの、イーサニテル。あの当時は我らが父なる神の愛し子でない愛し子に、我らが父なる神の神殿以外、住める場所なぞ何処にもなかったのだよ。グラキエス・ランケア帝国はどこの国よりも愛し子には厳しい国であった。神殿は愛し子であれば、無条件で引き受けてくれて今の儂らが在る。まこと、我らが父なる神は慈悲の神であることよ」
そう言うと、じー様は父なる神への祈りを捧げる仕草をするのだった。そう言えば、じー様は事ある毎に父なる神への感謝を口にして短い祈りを捧げていたな、と思い出した。
ひっそりとじっ様も同じように祈っている。
「母なる女神は氷の男神の気配があれば、たとえ生き物でなくとも寵愛を与える程に氷の男神を愛しまれるお方。故に、侍従の皆さまに寵を与える事に躊躇をなさいませんし、それほど反発も出ません。しかし、いくら巫覡や侍従筆頭であるイーサニテル様でも、侍従の資格まではお与えになりませんでした」
静かな空間に誰にともなく語るイヴの声が広がり、目を閉じて祈っていたじー様たちもイヴを見つめ話を聞く。
「だというのに、神殿長は今や侍従特等位の資格をお持ちだ。神殿長ほどお強ければ、エイディ神殿でのし上がるのはそう難しい事ではないはずです。以前の皇宮と渡りあえる力があれば、神殿での立場もかなり強かったでしょう。当時の戦士マレフィの情報を調べましたが、今ほどに氷の男神への信心は見られませんでした。なぜ氷の男神が神殿長を侍従と認めたのかが、よく分からないのです。侍従のままでも帝国であれば、いくらでも上へと昇格できたと思うのです」
「その通りですじゃ、炎の女神の侍従。儂が幼い頃から好き勝手に戦う凶暴な子供でありましての、それをいたく面白がって気に入った荒ぶる男神が寵愛をくださり、神殿へと引き取られたのが始まりであった」
イヴの言葉に怒るでもなく、微笑をたたえてじー様が答えた。同じことを俺が言ったら、殴られた気がするんだが。
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じー様を引き取ったはいいが、乱暴者で扱いに困っていた地方神殿の神官たちが、じー様に戦闘という特技があると気が付いた。
厄介者を神殿騎士団に押し付けた神官たちは、じー様を戦闘集団に放り込んで周囲の戦士たちが大人しくさせれれば良し、もし戦闘で死亡したところで神殿が静かになるだけで何の問題もないとひそひそ話していた。
神官も気に食わないが、大して強くもない戦士たちが大きな顔をしているのが気に食わなかったじー様が味方ごと敵をなぎ倒した。「戦果を誤魔化され使い潰されないためだ」と言い訳したそうだが、単に腹が立ったから全員ぶっ飛ばしただけだと思うんだが…
着々と戦果を上げ、中央神殿の神殿騎士団へと引き上げられても味方ごと蹴散らす戦闘は相変わらずで、敵よりもむしろ味方にこそ恨まれていた。
ある日、戦闘のどさくさにまぎれて神編術師に術を放たれたのだが、雪と氷に阻まれて自分に届かなかった。幸運な事もあるものだと思っていたのだが、どうも毎回同じ状況だと後日気が付いたらしい。
その頃にはじー様を殺せと命令されたが、出会った瞬間に一生付いていくとじー様へと寝返ったじっ様が側近としてじー様と共に居た。
じっ様から侍従としての資格認定を受けるべきだと言われて、試しに受けたら侍従の資格── それも二等位 ──有と認定されてしまった。
意味が分からなかったじー様は祈祷所で、返事を期待せず直接父なる神に問うてみた。
そしたらなんと『兄上に頼まれた』からだと、言葉で理解できる程明確な答えが返ってきたのだった。
氷の男神が戦の男神を兄とも思っているのは割と有名な話だったので、そんなもんかとじー様は納得したらしい。
五月蠅い暗殺者たちから術力を排除してもらえるだけ幸運だわ、と思ったとか。罰当たりめ!
二柱の愛し子なんて奇跡のようなもので、神殿としては奇跡と宣伝しようと考えていたらしい。しかし、味方ごと張り倒し切って捨てる扱いづらいじー様にこれ以上の地位を与えたくない神官たちは、戦の男神の方の寵愛をなかったものとした。
いろんな手続きがいい加減だった当時だから出来た暴挙だが、中央神殿なのに何してんだろうな?
そんなこんな状況を過ごしていくうちに、頼まれただけの自分にこれだけ厚い寵愛をくださる父なる神への信仰心が芽生え、真摯に祈り味方こと敵をぶっ飛ばす生活を続けた。
数年もしたら戦の男神と氷の男神、どちらの侍従位も特等になっていたのだった。
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「途中すげぇ話を端折ったろ、じー様。何だよ、そんなこんなって。そこが重要なんじゃねーか」
「そうそう年寄りに長時間話をさせるものじゃないぞ。あとは秘密じゃ!」
「いや、面倒になっただけだろうがよ…」
「ルペトゥス!」
もう少し話を聞かせろ、と言おうとしたら焦ったような我が巫覡の声と同時に、じー様が炎に包まれていた。
当のじー様は全身燃えている事に動揺もせず「熱くありませぬ、大丈夫でございますよ」と我が巫覡に言い、楽しそうに右手の揺れる炎を見ていた。
すぐに炎はじー様が見ている手の甲へと収り、燃える炎の絵を残していった。
皆でじー様の手を見ようと集まった頃、部屋の扉が派手な音をたてて開き荒い息をした巫女が部屋へ帰ってきていた。巫女はじー様に小走りで駆け寄って手を見て、叫んだ。
「やっぱり! 何てことするのよアグメン父さまってば」
「姉上、ルペトゥスの手の原因をご存じなのですか?」
立ち上がって巫女を労わるように近寄った我が巫覡が巫女へと問うと、巫女が怒ったように返事をした。
「母なる女神に、神殿長へ寵愛を与えるように依頼したの。しぶしぶだけれど母なる女神が了承なさって、慌てて帰ってきたんだけれど…… しっかり寵愛の証が現れているわね」
「つまり、ルペトゥスは三柱の愛し子になったと」
「そうなるわねぇ~」
どゆこと?
「じー様、化け物って言っていい?」