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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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神殿長3

「よくぞお出でなさいました。我らが父の子、偉大なる巫覡ディンガー、慈愛の君が娘、勇ましき巫女リーシェン。お二人ともご健勝の様子、じいは嬉しゅうございますよ」



 にこにこ笑い穏やかに挨拶をするじー様の後ろには、いつの間にか神殿長の副官オリカル── じっ様だ ──が控えていた。いつ出てきたんだろう。



「あまり久しくもないが、ルペトゥスとオリカルも元気そうだ。だが、今日はフランマテルム王国へ入国するための打ち合わせだ。姉上との手合せは無いぞ」


「そんな、ご無体な! じいの唯一ともいえる楽しみでございますのにぃ」



 少しばかり不機嫌そうに返事をする我が巫覡へ、気持ち悪い口調で指を絡ませモジモジする爺。相当キモチワルイ態度なんだが、愛嬌があるせいか微妙に可愛い。じっ様は笑顔で黙って頭を下げていた。

 じー様の年齢の割に豊かな灰色の髪は背中の半ばまであり、緩やかな三つ編みにまとめられている。たれぎみの目が細められているのは、普通に目を開くと鋭い眼光で目力あるすぎるから(じっ様談)、らしい。普通にしていると鋭い目つきの近寄りがたい神殿長なんだが、我が巫覡や俺たち氷の男神の愛し子、最近は巫女一行にも優しげな爺である。

 俺と同じ小柄な身体だが、神官服の下には俺たち神殿騎士団アエデーエクストゥルマにも負けない筋肉が隠されている。じー様は爺といわれる年齢なのに、なんで俺と同じくらいの筋肉持ちなんだ。おかしいだろ。



「まあまあ。打ち合わせが早く済んだら、おじい様たちと遊ぶのもいいんじゃない?」



 しょげる爺を慰めるためか、巫女がじー様へ助け舟を出す。それに対し我が巫覡の表情がむすっとしたものに変わる。よく知る者にしか分からない微妙な変化。それに気が付いた巫女は、笑って我が巫覡の背中へ軽く叩くように手を置いた。



「もちろんメトゥス、貴方と一緒にだよ」


「……はい、姉上。しかし、ご無理はなさらないでください」


「してないって。メトゥスはどんどん強くなってて勝負しがいがあるし、みんなで動くの楽しいじゃない」



 明るく巫女に愛称で呼ばれ褒められて、我が巫覡の機嫌が少しだけ浮上したようだ。

 そう、我が巫覡がしつこく、そうれはもうしつこくお願いしまくって、つい先日やっと巫女に愛称を呼んでもらえるようになったからだ。

 しかも、今まで誰にも呼ばせたことのない愛称呼び。初めて『メトゥス』と呼ばれた後、我が巫覡が踊って跳ねるみたいに歩くのを見て驚愕したもんだ。

 あんな浮かれた我が巫覡は巫女が皇宮へ滞在すると決まった時にも見た事なかったから、手に持っていた書類の束を落としそうになった。扉の前で控えていた警備の騎士は、手に持った槍を床に落としてたな。


 巫女の愛称呼びに気が付いたじー様の顔が、気色悪いニヤニヤ笑いで二人を見つめている。そんなじー様を見るじっ様の笑顔は変化なし。じっ様、常に笑顔だもんな。

 俺の横に立つアラネオは、もう見慣れたせいか真顔で見守っていた。



「さあさ、門前で立ち話をするより中へ入っていただきましょう」



 じっ様がなんとも居心地悪い空気を断ち切るように皆を神殿内へと促し、じー様が踊るような足取りで先導しはじめた。こっちも見たことがない位の浮かれぶりだよ。

 じー様は我が巫覡の育ての親みたいなもんだし、親子は似るってことなのかもしれない。先日の我が巫覡と足取りが同じだよ、じー様。



 昔は違和感ありありだった内装は、今や落ち着いた色彩と家具や装飾品のおかげで居心地のいいものになっている。

 青を基調とした神殿内部は視覚的にも涼しげで、父なる神の神殿だけあって内部は少し気温が低い。

 巫女が言うには、炎の女神の神殿内や祈祷所はほんのり暖かいのだそうだ。「冬はいいんだけど、夏は暑くて気温調整に困ってるみたいよ。神官どもざまあみろ」と笑っていた。神殿に通う妹君も暑いんじゃないかと思ったら、イヴが笑いを堪えて教えてくれた。寵愛の厚い愛し子はそういう気温変化の影響を受けず、適温に感じるんだそうだ。

 その時、確かに俺たち氷の男神の愛し子等も神殿で寒さを感じたことがなかったな、と気が付いた。


 客を迎えるための応接室を通り越し、神殿関係者のみ入室が許された会合室へと入る。じっ様の用意したお茶を前に皆が腰を落ち着けたとたんに、じー様のとんでも発言が飛び出してきた。



「儂もフランマテルム王国へ赴こうと思います」


「はぁっ?! 何たわけたこと言ってんだよ、じー様」



 あまりな発言に、すぐさま相槌をうっちまったじゃねぇか。やらかした、と内心冷や汗をかいているとアラネオがじっとこちらを見てくる。



「なんだよ」


「イーサニテル様。神殿長、またはルペトゥス様とおっしゃい。いくら親代わりとは言っても、私的な場ではないのですよ」


「いや、待て。たしなめるのそこかよ!」


「ええ、はい。意見の内容には私も賛成ですので」


「アラネオは俺たちに同行が決まってる。じー様がフランマテルム王国に行っちまったら、誰が神殿を纏めるんだよ」



 アラネオは丁寧な口調なら言ってよし、という意向らしい。ほぼ私的な場だ、このまま行こうと無視をすることにして話を進める俺。



「そこはアラネオ副神殿長が儂の代理として残る、ということだの」


「お待ちください。私がイーサニテル様に同行せず、誰がどうやってこの方の奇行を止めるのですか?!」



 にこにこと茶をすすりつつ答えるじー様に、今度はアラネオが食いついた。そして、奇行ってなんだよ。



「ほほっ。イーサニテル様の行動など、ルペトゥス様に比べれば可愛いものですて。拙がお止めいたしますよ、アラネオ副神殿長」


「まさか、オリカル様までお出ましになるつもりですか?」


「もちろん。ルペトゥス様の赴かれる所は、全て拙も同行いたしますゆえ」



 と、いつもの笑顔でアラネオに答えるじっ様。



「尚の事困ります。誰にもお三方を止められないではありませんか」


「そうそう儂らが問題行動を起こすと決めんでも良いではないか」


「問題行動しか起こさない方々が何を仰るのです」



 剣呑な目線をぶつけ合い睨み合う三人。

 そこに明るい声が割って入ってきた。



「誰かの奇行は置いておいて、神殿長が神殿を出てフランマテルムに行こうと思った理由はなにかしら?」



 仲いいのね、とでも言いたげな楽しそうな表情でじー様へと質問する巫女。口調が砕けたものなのは、「巫覡に対等の口調なのに、わが身に敬語はおかしいでありましょう。儂にも親しく話してくだされ」とじー様がお願いしたからだ。あの時もモジモジしてたなじー様、癖か?



「今朝『巫女に付いて行け』と神託がございました」



 じー様は恭しく胸に手を当てて言うのだった。

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