神殿長2
エイディ神殿の神殿長ルペトゥス・マレフィは異色を放つ歴代の神殿長のなかでも、一際おかしな神殿長だ。
愛し子が生きるのが厳しいグラキエス・ランケア帝国で、無事成人できるのは圧倒的に貴族や裕福層出身者が多い。
神殿騎士団に所属させたとしても、出来るだけ長く神殿への寄付を引き延ばすため後方か、まだ安全が確保される戦場へ配置させるからだ。
寄付を引き出せない孤児や捨て子の愛し子たちは、少しでも戦闘力があるとみなされると訓練もそこそこに戦場へ駆り出され、若くして命を散らす者も多い。
どれだけ神殿長や心ある重臣たちが皇帝や愛し子を軽んじる者と交渉し、戦士として出来る限りの訓練を付け生存率をあげる事に腐心しても、愛し子は帝国のいち消耗品として使い潰される。
そんな時代に、まだ幼児とも言える年齢から戦場に駆り出されるも、毎回どうにか生き残り『奇跡の幼戦士』だとか『狂気の幼戦士』なんて言われたのが、ルペトゥス・マレフィだった。
敵どころか味方にも容赦のない戦闘から、10代後半には『残虐の狂戦士』で2つ名が固定されたらしい。
たとえ有力貴族の騎士だろうと戦闘の邪魔となれば進んで排除する傍若無人な振る舞いに、当代皇帝が何度も戦闘にまぎれて殺そうとしたり失脚させるべくいろいろな手を打ったらしい。
しかし、そのことごとくを力技でねじ伏せ、地方神殿に飛ばされてもそこで成果をあげてすぐに舞い戻ってしまう。実際、激戦となると戦力として味方に居れば頼りになる為、神殿側が積極的に呼び寄せていたんだとか。
「いやぁ、ルペトゥス様は『避けられないお前達が悪い』って、我々側近ごと敵味方をなぎ倒して蹴散らしてましたからね。あはは~」
と、己の足元に訓練で張り倒されて意識朦朧として伸びている俺に笑顔で教えてくれたのは、じー様の側近だった元神殿騎士団副団長のじっ様── どっちも爺さんなんで、神殿長のじー様と区別するためちょっとだけ呼び方を変えている ──だ。
じっ様はじー様よりは年下で、神殿騎士団に所属してからはじー様が駆り出される戦場全てに付いていき、生き残った唯一の側近だ。
まあ側近という立場を与えられた奴の大半が皇帝や貴族からの暗殺者やら手先だったりで、返り討ちにあって生きていないっていうのが正解らしいが。
じー様とじっ様の反撃にあって生き残った奴の、更に数名がじー様(とたまにじっ様)の実力に心酔して、雇い主から寝返ってじじい二人の狂信者が生まれたとかなんとか。
そんな奴らを暗躍させて、腹黒とか悪辣な神殿長やら神殿長候補やらが居る神殿を掌握し、堂々と皇宮と張り合える勢力にしちまったんだから、じー様はおかしい。
中央神殿の神殿長とその側近に収まったはずの二人は戦闘能力の低下を見せず、今でも暗殺者を楽々返り討ちにして自ら情報を得るために嬉々として拷問…もとい多少の暴力をもって暗殺者の心を挫いてるとか。
聞きたくねぇ、と何度言ってもアラネオが楽しそうに報告してくれるんだよ。
「お二人の情報入手のための言葉選びや発言の仕方、追い詰め方が素晴らしいのです。副官を追い越し、神殿長に追い付くために邁進します」じゃねぇ。あんな化け物どもを目指すな。
今じっ様は神殿騎士団を引退して神殿長の副官、神官として神殿騎士たちを指導している。いやあんた爺だろ、なんかおかしくね? と思うが、実際にじっ様は今でも目茶苦茶に強い。
なんせ俺が神殿騎士団の団長になる前からずっと、今でも一度だってじっ様に勝てた事はないんだからな。
我が巫覡はじっ様どころかじー様よりもお強い、とじじい達本人が言う。だが我が巫覡は何回かに一回は普通に負ける、と先日じー様と試合って負けたと笑っておられた。
そんなじー様たちが、巫女には一度も勝てないと言う。実際に俺が見た巫女との試合は全て巫女が勝利しているしな。
我が巫覡が本気になればどうかと問えば「いい勝負できると思うけどなぁ」と巫女は言うが、我が巫覡が本気で巫女と戦う日なんて来ないと思う。だって、「では、姉上が私を鍛えてください」と笑って仰ってたもんな。
じっ様がなぜそんなにもお強いのか、と巫女に質問したら「アグメサーケル陛下に鍛えてもらってるからかしら」とケロっと返していた。
あれには俺やアラネオだけでなく、さすがのじじい達も驚いていた。
我が巫覡だけは、それは確かに強くなれますね、と普通に納得なさっていたが。
じー様たちも、そりゃお強いわけだ~なんて呑気に笑ってたけどさぁ。そんな「あっ、そうなの」って簡単に済む話じゃないよね。
プロエリディニタス帝国の皇帝アグメサーケル陛下といえば、戦の男神の巫覡だよ?
男神そのもの、男神の化身じゃねえか。
じー様が何度か幼少の頃の巫覡と仕方なくだが何回か戦闘あったらしいが、毎回軽く遊ばれて重症を負ったそうだ。巫覡の身体は出来上がっていなかったし、じー様は全盛期の戦闘力を持っていたというのに、だそうだ。
もう二度と戦いたくないと心なしショボくれてじー様は言うし、じっ様は「私が戦っていたらとっくに死んでますからねぇ。陛下を見たら逃げます」とカラカラ笑っていた。
愛し子の集会で我が巫覡が巫覡から戦闘指導を受けているところを見たことがあるが、俺は絶対に付いていけない。というか、あんな指導を受けたら死ぬわ。あれは人並みはずれた神の子の身体能力がなければ無理だろう、と見ただけで分かる。
いくら過去に娘だった巫女だからって、あの巫覡が手加減すると思えないもんな。
巫女の話だと、虐待を受けた神殿から帰ってからは家族やフィダの目を盗んで、定期的にこっそり指導を受けていたそうだ。
そりゃ、ゲマドロースを前にしても平気な顔をするわけだ。
強欲の男神だの拘束の女神だのが出てこなければ、ゲマドロースが巫女に切られてあっさり侵略迎撃が終わっていただろう。
今日はフランマテルム王国へ行くための打ち合わせなんだが、じー様の顔はさっさと終わらせて手合わせして欲しいと力強く語っていた。
巫女はどう思うんだろう、と前をみると、まだ甘酸っぱ空間が続いていた。
ねえ、お二人とも。けっこう前に獣車停まってましたよ?