甘酸っぱいですねぇ
「あー……、駄目という訳ではなくて。貴方は皇帝陛下でしょ、忙しいのにお手間取らせちゃそっちの方が駄目でしょ」
「いいえ。姉上と話が出来ると思えば、早く仕事を片付けられそうです」
「忙しくしていて暇が出来たなら、そこで休養しなくちゃいけないじゃない」
「姉上と過ごせるだけで休養になります」
「えっとぉ……」
目の前で今もまだ続けられるほのぼの寸劇の衝撃からいち早く立ち直ったのは、やはりアラネオだった。
俺? 俺は衝撃でもなんでもなく、感動して寸劇を見つめていたよ。
「イーサニテル様、あまり勝手に事を進めないでくださいよ。どうするんですか、この状態…」
「我が巫覡があんな風に何かを求めた事ってあるか?」
「ないですね」
「巫女に対して何の力にもなれなかったって、ずっと自己嫌悪していらしたんだ。少しくらい幸せになっていただいたって、父なる神も慈愛の女神もお怒りにはならないと思うぞ」
「確かに。この部屋に来られてからのプリメトゥス陛下は、本当に陛下かと疑いたくなる程に見たことがない様子ですね。貴方がそんな陛下を労わりたいと言うのなら、私も全力で協力致しましょう」
「助かる。頼むな、アラネオ」
寸劇はまだ続きそうだが、アラネオが協力してくれるのなら巫女が皇宮に留まるのは間違いないだろう。この場を任せて、早急にグラテアンの愛し子たちの部屋を用意しよう。
───────────
「筆頭はご機嫌だな」
鼻歌を口ずさみつつ出て行くイーサニテル様の背中を見つめながら、スラーソリスが呆れた様に呟く。
「ご機嫌の前に『物凄く』が付きますよ。巫女殿をお助けしなくていいのですか?」
ただ眺めるだけのスラーソリスとイヴ・ルースと名乗る少年に聞いてみる。十年前に遠目で見た時と容姿は違っているが、纏う気配がイーサニテル様と同調していたという少年(に見えた人物)に違いない。
「お姫様が本気で嫌がっているのなら何としても助けますけどねぇ」
「むしろ嬉しそうだ」
「それはそうでしょう。理想が服を着て立って喋ってるんですよ」
「やっぱりそうなんですね」
「そうですよ。よく見てみなさい、お姫様のあの顔」
「満面の笑みってやつですかね。ティーがあんなによによ笑ってるのを見るのは、カリドゥース殿下とアルドール殿下がばっちり装って決め姿をしていた時以来です」
「ああ、あの時のお姫様の興奮はすごかったですもんね」
理想と言うのがプリメトゥス陛下だというのは理解できた。しかし、巫女殿の性格は私の想像する巫女像からどんどん離れていっている気がする。
「青年の手前という風情だった10年前の巫覡殿ですら、お姫様は理想が服を着ていたと言っていたのに」
「陛下はとても逞しく育たれて、今や立派な青年ですからね。でも、今日の陛下はあれでも軽装なんですよ」
「言われてみれば、公の場ではいつも前髪を上げていたような」
「はい。今日は一日執務の予定でしたから、頭髪を整えるのが面倒だったのだと思います。筆頭がお傍に居れば、もう少し髪を整えて制服も盛ったものだったと思います」
「むしろ、それで良かったですよ。きっちり整えた陛下をお姫様が目にしたら…」
「あー、たぶん大興奮してたと…」
「でしょう? でも、今も大興奮していると思いますよ」
「そうなんですか?」
「よく考えてみなさい、元少年。お二人揃っていたからとはいえ、『残念枠』の方々であれだったんですよ」
「そういえば、陛下は至上枠の『美しい人』でしたね」
「ええ。齢9歳の巫覡殿と出会って、すぐにアグメサーケル陛下と同じ枠ですよ」
「しかし、10年前の陛下が13歳の時は冷静でしたよね?」
「そんな訳ないじゃないですか。お姫様は誤魔化すのが上手なんですよ」
「以前、筆頭が結界の展開直後にティーの思考が流れてきて、伝言を頼まれたと聞きました。その時に陛下が『美しい人』で俺が『残念枠』だって話も出たと…まさか」
「ええ、お姫様も私も瀕死だっていうのに、感極まったお姫様の『美しい人』論やらキミの残念さを滔々と語られましたよ。たぶん、それがまだ同調していた彼に流れて行ったんでしょう」
「頑張って冷静な巫女を演出していたけれど、目の前から陛下が消えたら我慢できなかったと」
「はい。それはもう怒涛のように語り続けたんですよ。本当に、私の意識が途切れるまで楽しそうでしたね」
イーサニテル様から聞いた感動の彼らの最後が、巫女殿の理想語りで終わっていたということですかね。
私は何を聞かされているのだろう。もう帰ってもいいだろうか……
「先程だって、巫覡殿が入室された時からお姫様が煩いのなんの。あまりに頭に響くから同調を止めました」
「………お疲れさまです。よくティーの思考が口から漏れ出す癖が出ませんでしたね」
「それを抑えるために同調していたんですよ。お姫様が興奮のあまり内心で叫び続けていたので、あまり同調した意味はありませんでした」
「という事は、ティーはまだ興奮して内心叫んでいるんですかね」
「でしょうね。高い身長、たくましい身体、美しい顔の頬を染めて、必死に自分を留めようとする理想像が目の前に居るんですよ。平静さを取り繕っていますが、割と何も考えられない状態なんじゃないでしょうか。ちゃんと要件だけは伝えられたので、良しとしましょう」
「毎日ティーの心を掴む服装をするべきだと、陛下に進言します。ご助言ありがとうございます、イヴさん」
ちらっとこちらを見て言うスラーソリス。私からもイーサニテル様へ伝言しろという事だと受け止め、頷いておいた。
二人は陛下と巫女殿を眺めつつの会話だったのだが、イヴ・ルースがふふっと笑いをもらして呟いた。
「あの二人、甘酸っぱいですねぇ~」