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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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なんですか、あれ

 さて、どう結界を越えるかなと思っていたら、向いから穏やかな声が聞こえた。



「大丈夫ですよ、お姫様(ひいさま)。私とスキエンテで同じ目にあわせた後、半殺しにしておきましたから」



 内容はちっとも穏やかでないし、イヴセーリスはすっげぇイイ笑顔で言うが、目が物騒な殺気を孕んでいて室内温度が下がった気がするわ。

 壁際で談笑していたスキエンテらしき人物が、しきりに頷いている。その周りの奴らもいい笑顔だよ。



「そうなんだ、ありがとね。あ、もしかしてあの後かなり地方神殿に飛ばされたり、神官位を剥奪されたのが居たけど、その中にあいつ居るの?」


「いいえ? きっちり反省して頂くために、神殿に留めましたよ」


「追い出された方がいいって目に合わせたんだろうな」



 ふふふと楽しそうに笑って否定するイヴセーリスを見て、フィダがぼそっと呟いた。呆れたような、じったりとした視線を投げかけているが、イヴセーリスはいっこうに気にしていないようだ。


 そうね、俺もそんな気がするわ。

 フィダとはけっこう気があうのかもしれない、と思う。

 今日は新たなる発見やら衝撃が多すぎて、そろそろお腹いっぱいだよ。

 巫女リーシェンはスキエンテを見遣り、イヴセーリスに視線を戻して首を横に傾ける。



「何したの?」


「秘密です」



 巫女を虐待した陰気な神官サケルドースとやらの末路は答えなったが、ろくでもないもんだった事は確かだろうな。イヴセーリスは巫女の狂信者と言って間違いないだろう。


 本人にそれを言ったら、お前はどうなんだ、と返ってくるだろうから言わない。

 俺? もちろん、我が巫覡ディンガーの狂信者だよ。我が巫覡がどう変わろうと、それが至高ですが何か?



「まあ、いいや。ニブス副団長はルナネブーラ侯爵を憎んでいたみたいだけれど、フランマテルム王国のことはどうでも良かったみたい」



 あっさり話が戻ったぞ。そして陰気な神官はどうでもいいんだ。



「目的はルナネブーラ侯爵だったと?」


「ええ。だから『目印』も所持しなかったし、帝国にはろくに情報も流さなかったみたい」


「ふむ。姉上をお守りする立場の者たちが、軒並み幽閉されたり排除されている訳ですね。姉上のお話には出ていませんでしたが、妹君はどうなさっているのです?」



 狂信者なみに姉を慕っているっぽい妹ヴァニトゥーナは、才気あふれる侍女リージェとして有名だ。姉妹仲が良いことは隠していたらしいが、姉や家族に対する神殿の態度をそのままにするとも思えない。



「希代の悪女って呼ばれてるみたい」


「……はい?」



 優秀な侍女が謳い文句だった女性が、今や悪女って。



「ニィねぇちゃんが悪女とか、有り得ない!」


「なにがどうなったら、あのヴァニトゥーナ嬢が悪女になるんだ?」



 即座に否定を叫ぶアールテイに続き、心底理解できない、とフィダが首を捻る。



「神殿側がヴァニを悪女にしたがっていて、それにヴァニが上手く乗ったっぽいの」



 女神の寵愛厚い侍女ヴァニトゥーナは、神殿の奥で好き勝手に権力を振り回し贅沢の限りを尽くしているらしい。という話が実しやかに出回っているとか。


 曰く、贅沢な侍女服を誂え日替わりで使い捨てている。

 曰く、国内に食料が回りきらないというのに、毎日食べきれない贅沢な食事を用意させている。

 曰く、見目の良い侍従リージェルや侍女を侍らせて無理難題を押し付けている。

 曰く、女神の寵愛を盾にして治療すべき患者を選り好みし、多大なる金銭を請求している。



「ニィねぇちゃん、姉貴が居なくなって自分の物に当たり散らすくらいはするだろうけど、贅沢とかはしないだろ。まあ姉貴を今すぐ連れてこい、とかの無理難題は言いそうだけど」


「なんだ。それ、全部神殿長とその取り巻きがやってる事だろ。なんでヴァニトゥーナ嬢の所為になってて、しかも彼女はそれを許しているんだ?」



 巫女が出回る噂を口にすれば、即断でアールテイとフィダが言い切った。しかも、彼女なら暴れまくって何倍にもして報復するだろ、とも。

 可憐でお淑やかな侍女っていう話は誰の事だろうって位、噂と実物像に隔たりがある。

 何倍もの報復ってあたりで、巫女と姉妹なんだなと思うよ。おっかねぇ。

 そんで、アールテイとフィダ二人ともがさも当然だよな、と顔を合わせて解りあっている。なんなの、お前たちのその妹君への理解度。



「たぶん、兄さまたちや神殿に勤める人たちが人質なんじゃないかな。結界が無くて母なる女神が万全でいらしたなら、ヴァニは好き勝手させないもの」


「慈愛の女神は、まだ万全ではないと?」


「ええ。結界を起動させた私たちグラテアンの者たちを、一気に8歳程度まで復活させてくださったのだもの。目覚められたのが数年前、ほぼ回復したと仰ったのが数か月前だから」


「という事は、その情報も女神がお目覚めになってからお聞きに?」


「そうなの。母なる女神には結界も国境も関係ないけれど、お眠りになっていた間の事は当然ご存じじゃないでしょう。慈悲の男神にお聞きしようにも、結界の所為で覗き見ることも不可能だったと思うわ」


「ええ、父なる神も結界内は見通せないと仰っていました」



 うーん、と目を閉じて唸るお二人。成人男性の我が巫覡だが、ああいう仕草をするとお可愛らしい。

 いや、初めて見るぞ。我が巫覡があんな仕草をするの。



「結界で囲って放置してきた、強欲の男神を宿したゲマドロースをそのままには出来ませんし、フランマテルム王国を神殿の好きにはさせられません。ヴァニは諦めずにあの状態を覆そうとしているらしいので、外から神殿を攻めて助けになればと思いまして」


「そうですね。我が帝国としても、アレを放置する訳にはいきません。早急にフランマテルム王国へ侵攻する為の軍勢を整えましょう。アールテイ、任せた」



 アールテイはひとつ頷くと部屋を出て行った。



「アラネオ、出来るだけ早く神殿長に面会できるよう調整してくれ。姉上たちをエイディ神殿の神殿騎士団アエデーエクストゥルマへ所属させる手続きを進める」


「承知いたしました、プリメトゥス陛下。早急に手配します」



 アラネオが立ち上がり、わが巫覡へお辞儀をする。



「では、一足先に皆さんをエイディ神殿へとご案内しましょう。神殿へ滞在して頂ければ話は早いですし」


「いや、今日から姉上方は我が皇宮で預かろう」



 え、なんて?



「え? プリメトゥス陛下、皇宮で全員ですか?」



 アラネオは「そうだ、それがいい」と嬉しそうに笑う我が巫覡へ、それ以上はなにも言えないようだ。

 あっけにとられた俺たちの前で、ほのぼの寸劇が繰り広げられている。



「いえ、炎の女神神殿へ帰りますよ?」


「神殿の者たちは姉上が巫女だと知らないのでしょう? そんな所へ姉上を帰せません」


「今まで住んできた所ですもの、なんの問題もないでしょう」


「私は問題あると思います。父なる神の気配からしてもまだ女神と交流が足りないようですし、私もまだ姉上とお話がしたいです」


「ええぇー…。いきなりこの人数で押しかけると、皆さんが大変でしょう」



 と、こちらに助けを求める巫女。

 だがしかし、俺は我が巫覡が一番なのだ。



「全く問題ありません。早急に皆さんの滞在する部屋を用意しますよ」


「イーサニテルもああ言っています、姉上。ダメですか?」



 悲しげな表情で巫女に聞く我が巫覡。あれも初めて見る表情だ。もう我が巫覡の一年分くらいの感情がだだ漏れしているような気がする。

 隣で寸劇を見ているアラネオは、我が巫覡の変わり様に固まって動けない様だ。



「なんですか、あれ。大型の犬が全力で甘えるみたいな図って…… 」



 俺はイヴセーリスが唖然として呟いた一言が、我が巫覡の状態をぴったりと表してると納得した。

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