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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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同じ能力なのに

「ああ… 嘘だろう… パークス団長は?」


「アクテンペス・パークス・ロクス子爵はルナネブーラ侯爵が先に手を回してくださっていたから叱責だけで済んだけれど、責任を取ると言って退団した後に子爵位をパークス侯爵家へ返上して国外へ出たそうよ」


「なんだってルナネブーラ侯爵をニブス卿が殺すことになるんだ」


「彼、ルナネブーラ侯爵家一門のフォッサノク伯爵家の出身だから」


「ルナネブーラ侯爵家一門は侍従リージェル侍女リージェが多く出る家系だったな」


「そう。あそこ狂信者も多いんだ。しかも、古い考えが若い世代にもがっちり浸透してる。フォッサノク家はそれが顕著な家だよ」



 狂信者、どの神にも漏れなく湧いてくるんだよ、あいつら。自分たちの想像する神が正しと思い込んでて、それを否定されると激高するやっかいな奴らだよなぁ。



「古い考えとは、どういった物があるのでしょう?」



 我が巫覡ディンガーの問いに少し困ったように笑い、巫女リーシェンは答えた。



「例えば、母なる女神にお仕えするなら女神の司る炎を扱える術者でなければいけない。母なる女神は絶対なのだから相反する術力を持つものは敵だと思え、とかね。母なる女神のご夫神が、その相反する力をお持ちだっていうのは見ない振りするの」


「頭悪くね?」


「イーサニテル様、思い切り口に出てますよ」


「すまんすまん。こちらの意志で持てる術力が変わる訳じゃないだろうに」


「お仕えする神々からの寵愛が術力に影響を及ぼす事があるのは昔から知られていましたが、生まれ持った術力が血縁に関係がないというのは最近判明したことですしね」



 俺とアラネオの会話を聞いていた巫女が頷いて続ける。



「フランマテルムにはプロエリディニタス帝国が発表したその件も、考えなしに信じられない、って一蹴しちゃう馬鹿が多いの。閉鎖的な国だから、ほとんどの民が炎の術力を持つのも、彼らの考えに拍車をかけてると思う」


「そういえば、フランマテルム王国では炎の女神以外の神殿はないのでしたね」


「本当はあるにはあるの。ただ国が、というよりフラエティア神殿が他神を認めないから、正式な神殿として存在出来ていないだけで。グラテアン騎士団エクストゥルマには、音の神の愛し子や春の神の愛し子だって居たわ」


「なるほど、グラテアン騎士団で保護なさっていたのですね」



 そうか、グラテアン騎士団の所属条件に『なにかしらの神の愛し子である事』があったはず。迫害され居場所のない愛し子の保護をする目的もあったのか。

 アラネオの言葉に巫女はうっすら笑っただけで何も答えなかったが、間違いはないのだろう。



「そういった古い考えから、狂信者は氷の術力を持つひとを敵認定するの。それが一族だったりすると、前世で大罪を犯したからだとか難癖つけて、虐待をする正当な理由にしてしまう」


「そうか、ニブス卿は氷の術力を持ってるんだったな」



 フィダがぽつりとこぼすと、アラネオがほんの少しだけ眉を寄せた。



「ニブス副団長の父フォッサノク伯爵と長兄が、フラエティア神殿に勤めていたでしょう。自分たちの立場が悪くなるって相当な扱いをされていた、って大兄さまが言っていたわ。プロエリディニタス帝国に留学って形で逃がしたのが、ルナネブーラ侯爵なの」


「プロエリディニタス帝国から帰った頃には、もう内通者だったのか?」


「どうなのかな。留学中に接触はあったみたいだけれど、明確に王国を裏切る気はなかったんじゃないかな。パークス団長に恩義を感じていた様だし」


「確かに。パークス団長を庇って瀕死になったこともあったもんな。フリであそこまで出来ないと思う」



 フィダが見てそう思うのなら間違いはないと思うが。



「姉上は、その彼が何故裏切ったと思われますか」


「たぶん、嫉妬から。ルナネブーラ侯爵も氷の術力をお持ちだったのに、女神の寵愛厚い愛し子でしょう。ニブス副団長、幼い頃は母なる女神の愛し子になりたかったんじゃないかな。でも、努力しても神々の愛し子にすらなれなかった。なのに、ルナネブーラ侯爵は自分が切望した母なる女神の愛し子だなんて」



 絶望しかないだろうなぁ。


 それにしても、炎の女神に仕える狂信者が多い一族で敵とみなされる術力を持つのに、王宮騎士団パラーティルムの団長にまで上り詰めたのか。苦労したなんてもんじゃないだろう。


 片や身内から迫害されて国外へと追いやられ、国に帰っても扱いは変わらず、なんとか小さな私設騎士団(プライベエクストゥルマ)に拾われる。そして、やっと副団長までのし上がった。

 なのに、もう片方の人物が侯爵家当主になり王宮騎士団の団長という栄光を掴んでいるだなんて、納得できないだろう。

 同じ能力を持ち環境も同じようなものだったのに、至った場所が違いすぎる。しかも、自分を王国から追い出したのがその成功した人物だった、ときたら怒りすら湧くわ。

 本当は追い出したのではなく守るために逃がしたんだろうが、本人からしたら放り出されたと感じたのかもしれない。

 実際は助けてもらったのだが、己を助けてくれずに自分だけ成功していると思い込んで、逆恨みもしたくなる。かもしれない。俺なら国へは帰らないから、いまいち心情は理解できないが。



「しかし、それは秘密でもなんでもなかったろ」


「秘密じゃないけれど宣伝されてもいないからね。ルナネブーラ侯爵が氷の能力をお持ちだって事は騎士団関係者には有名でも、一般にはほとんど知られてないんだよ。ノクス様は幼いころから優秀だったし母なる女神の愛し子で次期当主って立場もあって、一族の人たちも積極的に口にしないからさ。一族との関係が希薄だったニブス副団長が、帰国するまで知らなかったとしても無理はないと思う」



 俯いて何かを考えるようなフィダに、巫女が続ける。



「イーはさ、自分は母なる女神の愛し子にもなって炎も扱えるようになったのに、何でニブス副団長は違うんだろうって思ってる?」



 はっとして何で分かったんだ?という顔を上げたフィダに、にっこり笑う巫女が怖い。ほんと、何で分かったんだろう。



「イーは望んで母なる女神の寵愛を受けた訳じゃない。でも、心から女神にも仕えていたから、炎を生む能力を与えられたの」


「いまいち使いこなせていないけどな」



 巫女とフィダの二人は顔を合わせてふふっと笑いあう。

 巫女の横に座る我が巫覡は、何か理解し合ってますぅって二人の様子にちょっと面白くなさそうな顔をしている。たぶん。

 あれは嫉妬? 嫉妬なのか? だとしたら、ものすごい勢いで我が巫覡の情緒が育っている!

 なんてことだ、我が巫覡の感情も一か月分くらい動いてるんじゃないだろうか。



「ルナネブーラ侯爵はね、神殿に所属すれば一等侍従(リージェル)に就く位に女神への愛が重いの。反対にニブス副団長は女神への信仰も愛も無かった、もしくは無くなったんじゃないかな」


「フォッサノク家のほとんどが女神の信徒だろう? ニブス卿も女神を信じていたんじゃないのか?」


「小さい頃は信じていても、親兄弟に虐待まがいに責められて育ったら信じ続けるのは難しいよ。どれだけ願っても、女神は直接彼を助けないんだもの。正確には助けられない、なんだけど。子供や神々の事をよく知らない人には、どちらでも同じだと思う」


「それはそうか。ティーだって神殿で虐待されていたけど、助け手の俺を派遣したのはアグメサーケル陛下だったな」


「イーが迎えに来るまで私が生きていられたのも、ルナネブーラ侯爵のおかげなんだよ」


「……あの方は何を母なる女神に捧げられたんだ?」


「声」



 自らの持つ何かを対価に、神に願を叶えて頂く事は不可能じゃない。ただ、んな面倒なこたぁしたくねぇ、と拒否される事の方が多いだけだ。

 巫覡や巫女が願っても自力でどうにかしろ、と拒まれる事がほとんどらしいが、ルナネブーラ侯爵の願いは叶えられた。炎の女神を動かせる程に強い思いだったのだろう。


 10年前のフランマテルム王国に結界を張るという人間離れした現象も、グラテアンの騎士たちの命を代償にした願いだったとしたら可能だ。

 巫女たちグラテアンの騎士が若返って生きているのも、炎の女神が愛し子を失いたくないと思ったからなのかもしれない。



「声を代償に、私の身体強化を願ってくださったんですって。あの方の身体にしてはおかしなくらい声が高かったでしょ。その上、大きな声を出す事も、長く話す事もできなかったらしいし」


「ルナネブーラ侯爵がほとんど話さなかったのはそういう事か。ああ、だからあんな酷い生活で衰弱していても、ティーは短期間で健康体へと戻れたんだな」


「そうみたいよ。本当に酷かったもんねぇ」


「俺がティーを初めて見たのが、陰気な神官サケルドースに匙を口に無理やり突っ込まれてた所だったもんな」


「あいつ、嫌がらせに嚥下してないのにどんどん突っ込んでくるんだもん。殴りたかったけど、体力の限界で無理だったわ」



 さっぱりと悲惨な状況を告白して溜息を吐く巫女に、俺たちは固まる。炎の女神の巫女(こども)に何してるんだよ、神官。



「姉上、そいつの風貌と名前を教えてください」


「なぜ?」


「ちょっと今から、意識を保ったままで氷の柱に閉じ込めてきます」


「術力がもったいないから、やめときましょう?」



 我が巫覡、お怒りなんですね。

 お気持ちは分かりますが、俺も巫女に同意します。そんな奴に我が巫覡の術力(おちから)を使うなんてもったいない。


 俺が行ってきますよ。


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