はい?
「もう俺の事はいいだろ! お前何しに来たんだよ」
顔を真っ赤にして腕で口を隠してアールテイが叫ぶ。俺への態度は全く可愛くないが、ちょっと可愛く見えてきた。巫女と俺の口数の多い所とか似たものがあって、ああもツンケンしてたのもしれない。
ああいう風に扱えばいいのか、よし。
「そういえば。姉上にお会いできて浮かれていましたが、姉上はフィダに何か要望でもあるのですか? それならば、私でも応えることができると思うのですが」
我が巫覡がおずおずと話されている。健気、健気だよ!
巫女はそれに対し、にこっと笑い答えた。
「イーには、プリメトゥス陛下と面会させて頂けないかってお願いしようと思ったの。だから、もうお願いは叶っちゃったわ」
「それは良かった、私に御用がおありなのですね。何でも仰ってください」
「ありがとう。でも、あのね?」
「はい、何でしょう。姉上」
巫女が自分に用があると言われ、にっこにこの我が巫覡。必要とされて嬉しくて仕方ないって、顔が叫んでいる。
ねえ、鉄壁の無表情はどこ行ったの? 永久凍土なんて無かったみたいに表情が動いてますが。
唇が上向きに半月を描きっぱなしですよ。今まではその唇が反対を向いてましたよね、我が巫覡。
ちょっと、ほんとあれ誰なのよ。
「私的な場では対等の口をきいていいとの許可を頂いたけれど、皇帝陛下が私に敬語っておかしいのじゃないかしら」
「姉上は『神の子』として、人生でも私の先輩です。なんらおかしくありません」
「いや、あの… そんなキリっとした表情できっぱり宣言する事じゃないでしょう。とてもおかしいわよ」
我が巫覡の表情筋やら態度なんかが崩壊してしまい、困惑を隠せない巫女。
「あの態度を改めろってもなぁ…無理だろ。我が巫覡はずっと巫女に憧れてたんだから」
「そうですよね。前回のフランマテルム王国侵攻でもずっと無表情か仏頂面で陛下の周囲の温度が下がりっぱなしだったのに、巫女の分体と対面したとたんに冷気が消え去りましたしねぇ。共闘時なんて、ずっとご機嫌でしたよねプリメトゥス陛下」
「そうだよな。今だって名前を呼ばれて、ものすごく嬉しそうだよな」
「 ……… そうなんですか?」
俺たちの会話を聞いて唖然としたイヴセーリスが、フィダに聞いていた。
フィダは黙って頷いている。
「ちょっと信じられません」
「まあ、イヴはああいう我が巫覡しか見た事ないもんな。無理もない」
「冗談ではなく、平時のプリメトゥス陛下は無表情ですよ。いままでの人生で一番表情が動いていたのが10年前の共闘時でしたが、今日はそれ以上に動いていますよね」
アラネオが俺に確認するように言うので、イヴに対して頷く俺。それでもイヴは信じられないといった表情だ。
「本当に冗談じゃなくて、我が巫覡はこの短時間で半月分位の会話をしたと思うぞ」
「はい?」
「我が巫覡は基本的に返事だけなんだ。俺とアールテイ…は黒炎天の人形ん時の名前な、あとフィダとアラネオや、エイディ神殿の部下たちにはお声を掛けてくださる事もあるが」
「それでも一言二言ですもんね。あんなに楽しそうに長い間お話されるの、私も初めて聞きました。今日は初めて見るプリメトゥス陛下ばかりですね」
「嘘でしょう…」
再びフィダを見るイヴセーリス。
「いや、本当なんだ。陛下は、入室されてから一か月分くらいの会話をなさったと思う」
「そんなに皇帝陛下は声を出さないのですか。お姫様と違いすぎて、ちょっと付いていけません」
「ティーは黙ってる時の方が少ないもんな」
フィダが真面目くさって俺たちの発言を肯定するものだから、イヴセーリスは頭を振っている。
あの様子を見たら信じられないのは分かるぞ。
「私的な場だけです、公式の場ではそれなりにします。そんな事より、私への用はなんですか?」
かなり強引に口調の件を終わらせて、我が巫覡が巫女の要件を尋ねた。
「私たち母なる女神の愛し子をエイディ神殿の神殿騎士団に所属させて頂きたいのです」
………はい?
「なんで?」
「落ち着いてください、イーサニテル様。すぐに説明いただけますよ」
「あ、うん」
うっかり疑問が口に出た俺をアラネオが宥める。イヴセーリスは涼しい顔をしてお二人を見ていて、フィダは渋い顔をして「またティーが突拍子もない事言ってる」と呟いていた。
なんでお前ら、そんなに冷静なの?
「姉上は我が父神の寵愛も授かっていますので、所属は可能だと思います。ここに集まった女神の愛し子ならば、我が父神の寵愛も授けてくださるとは思います。が、理由をお聞きしても?」
「ええ、もちろん。フランマテルム王国中央神殿であるフラエティア神殿から進軍してくる神殿騎士団を迎え撃つために、我々をエイディ神殿の神殿騎士として所属させて欲しいのです」
「フランマテルムから進軍?」
自分に俺たち三人が振り向いて視線が集中しても、イヴセーリスは静かに薄笑いを浮かべてゆったりと座ったままだ。「話はお姫様が」と言うように、視線だけで我が巫覡と巫女の方へ促す。
「プロエリディニタス帝国からの神の気配のないものを輸入し、王国からの輸出品とやり取りして不足する食糧や物資は賄えているはず。それほど困った状況に陥っているようには見られませんでしたが?」
「人々の生活はね。結界が張られた後、王太子殿下が国王を退けて戴冠なさったのは発表されているでしょう?」
「はい、各国へ書簡が送られてきました」
「碌な事をしない国王だったから、国王の交代は歓迎されたのだけれどね。それを歓迎しない奴らも居たの」
「配下だった大臣や神殿関係者ですか」
「ええ。あの国王を育てた馬鹿たちがフラエティア神殿の新神殿長と手を組んで、女神の寵愛が王家に戻った原因である新国王を軟禁し、結界を張った私の責任をグラテアン家に押し付けて兄たちをグラテアン家に閉じ込めて封鎖して外界から切り離したの」
そして巫女は、あいつ等が富むのに邪魔だから、とぽつりと付け加えた。
「ルナネブーラ侯爵やアルドール殿下が黙っているはずがない。王宮騎士団や近衛騎士団だって、お二方に従うだろう。どうやって押さえているんだ」
たまらず、と言ったようにフィダが会話に混ざる。我が巫覡はフィダを見て、何か思案しているように見えた。
「アルドール殿下はソノルース殿下と共に、王太子殿下とは別の場所で軟禁されてる。ルナネブーラ侯爵はあの迎撃戦の時に亡くなったわ」
「そんな馬鹿な! あの方は王宮警護をされていたはずだ。侵攻軍はあそこまで侵入できていないはずだぞ」
「あの方を殺したのは帝国軍じゃないの」
「寝返った奴は全部捕獲したはずだ」
「『目印』を持っていた者はね。その人『目印』を持ってなかったの。でも、決定的な証拠はあったし、ルナネブーラ侯爵も内通者だってご存じだったけど、自分で片をつけるから見逃して欲しいと頼まれて」
「側近のお二方はどうしたんだ。彼等がそれを許すはずはないだろ」
「お二方は、侯爵の代わりに王宮騎士団を指揮していらしたから」
「彼らも離れて大丈夫だと判断した相手ということだろ。誰なんだ」
ノクス・ルナネブーラ侯爵はこちらでも有名だ。老齢にさしかかった年齢なのに、それを感じさせない戦闘力を持ちゲマドロースのちょっかいも簡単に退けていた。
側近の二人というのも名前は知らないが、いい動きをしていた記憶がある。
「パークス騎士団の副団長トランクルース・ニブス」
聞いたことのない名前だ。たぶん、フランマテルムの私設騎士団だな。
フィダをみれば、顔色をなくして「嘘だろ」と呟いていた。