誰?
「あっと…… 陛下へのご挨拶の途中でしたのに。大変な無礼をしてしまい、申し訳ありません」
と、申し訳なさの欠片も見えない、堂々たる態度で再び頭を下げる少女。
本当に、ある人物を……ってさ、もうあの巫女カリタリスティーシア様で良くね?
何がどうなって年齢が変わらないどころじゃなく、若返ってる不思議は置いといて。
「フィダ、あの集団に見知った顔は居るのか?」
驚いてます!って全身で表現しながら固まっているフィダへと聞いてみた。
声をかけられて一瞬ビクっとして、強張った顔で俺を見て震える声で返事を返してくる。
「あ、ああ。全員見知った顔だ。…… 皆、記憶よりずっと若いが」
中央に巫女、左後ろにゆるくうねった赤に近い金色の髪を襟足まで伸ばした少年が、薄笑いを浮かべている。アラネオが俺を馬鹿にする時と同じだ。楽しそうに細められた目の色は、茶色よりの朱。
女神の寵愛がもの凄く厚いのが一目で分かるぞ。
他の面々も神が赤みがかった金髪とか、瞳が赤に近い朱色だとか目を引く女神の寵愛の厚さの証を持っているんだが。全員、一等以上の位が付くだろう。
そんな奴らが、中央の二人で霞んでいるってどうなんだ。
もうこの部屋に、我が国の炎の女神の愛し子全員が集まってるんじゃないだろうか。
えぇー? この国って、我らが父なる神の治める『氷の帝国』だよ? 今このときばかりはこの皇宮内で、炎の女神の愛し子が氷の男神の愛し子の数を上回ってるんじゃない?
「いいえ。私に貴女がされる事に、無礼な事など何もありませんよ、姉上。顔を上げてください」
我が巫覡のとんでも発言に、巫女の背後の人々からどよめきが上がる。どよめきがどんどん大きくなる中、ゆったりと顔を上げた巫女は少しだけ困ったような、照れたような笑いを浮かべていた。
「今はもう、姉と言われるような姿ではありませんわ。フランマテルムでは死亡扱いですし、グラテアン家の令嬢でもありませんから。この国では、いち平民のしがない神編術師です」
「御身が尊き慈愛の君、炎の女神の巫女であられる事に違い無いではありませんか。この国で生きるためにフィリオラと名乗られているだけで、姉上は『カリタリスティーシア』様でいらっしゃるのでしょう?」
穏やかに微笑を浮かべて嬉しそうに話をするあの方は、誰なんだろうな?
なんて思う程に、我が巫覡の表情が緩んでいる。
いや、待って。我が巫覡─── 大きく逞しく育ち、『美しき武神』なんて前置きのあるプリメトゥス陛下 ───は『氷りついた無表情』とか『永久凍土の真顔』とか、寒々しく固いって評判でしょ?
じゃあさ、目の前で会えて嬉しいぃって表現するぶんぶん風が起こる勢いで振られている尻尾や、他人行儀な挨拶でへたれた犬耳が有るように見える、この大きな男性は誰なのさ?
大きな身体でお可愛らしい、我が巫覡の意外な一面が見えた。
一生付いていきます、我が巫覡。と、もう人生何度目かも分からない決心をした。
「あんたもティーと同じか、筆頭。考える事が全部口から出て行ってるぞ」
「え、巫女も考えてる事を呟く系?」
「ティーは筆頭より酷い。普通に喋ってるからな」
「ああ、俺はまだましなのね」
「そんな事は言ってない」
いつもなら絶対に絡んでこないフィダまで、笑顔はないが楽しそうに俺をいじり始めてきた。
いつも幸せそうに笑っていても無理しているのが透けてみえたフィダが、笑顔はないが楽しそうにしている。
お前、こんな風に突っ込んでくる面白い奴だったんだなぁ。今までのフィダは誰だよってくらい違うじゃないか。
しみじみ思っている俺の向こうでは、まだほんわか空間が続いている。
「姉上、慈愛の女神のお姿が見えませんが、今はどちらに?」
「最愛の方の元をお尋ねしてるはずよ。『カーリに付いていくと絶対に興奮するから、どうせ興奮するなら直接会ってくるわ!』って、陽が昇ってすぐにご夫神である慈悲の御君の元へと飛んでいかれたもの。あ、じゃなくて飛んでいかれましたから」
「姉上、私にそんな畏まった言葉は必要ありません。気楽にお話しください」
「いえ、陛下に対してそれはちょっと…… 」
目を細めて巫女と話をするあの方は、誰なんだろう。目が細まり口角がほんのり上がっているあの表情を、他人は微笑と言うだろう。
え、待って待って。我が巫覡が笑顔になったのって、十年前に巫女と共闘した時以来じゃね?
身分的なものを気にしている巫女は、我が巫覡の─── 俺以外から見たら社交辞令にしか聞こえない ───懇願を聞いても遠慮をしていた。
仕方ない、俺からもお願いしよう。
「歓談中に失礼いたします、我が巫覡。慈愛の君、炎の女神の巫女に申し上げます。恐れながら、拙に発言の許可を」
「 ………… 」
「あ、はい」
我が巫覡は慣れたもので無言で頷いて返事をくださり、巫女はちょっと驚いたようにこちらを見て首肯した。
「まずは、巫女のご無事をお祝い申し上げます」
「えっと、はい。ありがとうございます」
「それで、ですね。巫女がご無事でお元気そうなお姿に、我が巫覡はいたく感動し狂喜しているのです」
「ああ、はい。はい? 感動…狂喜? え、え?」
俺の突飛な説明に機嫌が悪くなるどころか、よく代弁した! とばかりに誰から見ても笑顔になりつつある我が巫覡。「え、これで?そんな馬鹿な」みたいな顔していた巫女も、隣でいつの間にかにこにこ笑う我が巫覡を見て困惑している。
「はい。狂喜なさっています。ただでさえ巫覡というお立場で、親しい言葉使いで話す者が居なかったのです。皇帝として即位されて以降は、対等に話をしてくださるのがプロエリディニタスの皇帝陛下しかいらっしゃらないのです」
「ああ、まあそうなりますね」
「そうなのです。そこで、巫女の御君でしたら同等の資格をお持ちですし、アグメサーケル陛下とも私的な場では親しくお話されているとか」
何で知ってるんだろう、という顔で黙って頷く巫女。よし。
「我が巫覡も、私的な場でくらいは巫女と昔のように親しく話がしたいと希望されているのです」
「いや、イーサニテル。私は公式の場でも… 」
「我が巫覡! そこは今話す時ではないのです」
ダメダメ。俺も公の場で巫女と親しく話すのはいいと思うが、このままだと絶対巫女に対して「姉上」と呼びかけてしまう。もう少し取り繕ってもらわなくちゃ困るんだ。
止める俺に対して、ちょっと不満そうになさる姿はまるで少年のようだ。
我が巫覡、貴方はもう23歳ですよ。今までそんな態度なさったことないじゃないですか。
この方は誰なの?ってくらい今までと違うんですが。