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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
108/161

皇帝と、皇帝側近武官と皇帝側近文官

「炎の女神の巫女リーシェンが誕生されたなんて、聞いてないぞ」


「そうだな。だが、纏う気配を見視ると、恐らく彼女は巫女リーシェンだ。その事も含めて我が巫覡ディンガーにもご報告したい。面会依頼はお前なんだが、俺と我が巫覡も同席した方がいいと思う」



 フィダはフィリオラが巫女だと断言する俺を睨んだが、何も言わなかった。

 たぶん、あり得ないとか言いたいんだろう。でもなぁ、フィリオラって子、似てるんだよ。俺の知ってる真紅の色彩を持つ人に。あと、彼女の背後に控える奴らの面がなぁ…


 俺には分からないが、フィダや我が巫覡と皇帝秘書をしているアイツなら、見極められると思うんだ。



「まずは、我が巫覡にお伝えする。行くぞ」



 返事を待たず横を通り過ぎる俺に、舌打ちしつつも黙って後ろに付いてくる。気になるよなぁ、思いっきり思わせぶりな言い方されたもんな。


 執務室の前を警備する騎士たちに軽く挨拶し、我が巫覡へ面会したいと言えば、すぐに室内へと通される。すぐ戻ってきたフィダへ訝しげな視線を送るが、不機嫌そうに俺に続く様子を見て、なんとなくの事情を察したらしい。

 気の毒そうにフィダを見て、こっそり励ますように手を上げているのが、すれ違い様に横目で見えた。なんでフィダが気の毒そうなんだよ。こんなやりにくい相手を連れ歩く俺の方が可哀想だろうが。



「お忙しいところ申し訳ありません、我が巫覡」


「構わない。フィダには先ほど報告を貰ったが、何かあるのか?」



 我が巫覡は、側に控える皇帝側近文官である部下から書類を手渡されつつ、フィダを見て不思議そうになさっている。

 書類を渡している部下はチラっとこちらを見て、すぐ興味を無くしたように自分の執務机へと戻っていった。


 フィダよりも深い漆黒の髪を長く伸ばし無造作に括って、髪色と同じ瞳と細く高い鼻の下で少しも両端が持ち上がらない薄い唇を持つ、美しいと言っていい程に整った顔を持つ青年。

 青年とは言うが、小柄で低めの身長のせいで少年と侮られるこの皇帝側近文官は、アールテイ・ノゥムタティオと言う。

 見た目は儚げな少年だが、中身はアラネオも真っ青な性格を持つ。

 見た目と中身の違うところはクアーケルと良く似ているが、性格の悪さというか愛想の無さで、クアーケルとピスティアブにはアラネオ以上に恐れられている。


 どちらかと言えば、俺もあいつ等寄りだ。アラネオと二人で楽しそうに笑い合っている場面を見たときには、背筋に悪寒が走ってその場から遁走したもんな。



「はい、別件です。フィダに対して、複数人の面会希望が舞い込みまして」


「今までと何か違う事があるのか?」


「はい。俺とノゥムタティオ殿を伴に、我が巫覡にもご同席頂きたいのです」



 自分も連れて行けと言われたアールテイは手元の書類から目を離し、片眉をわずかに上げて俺を見る。ふざけてんのか、と視線が熱烈に抗議を送ってくるが、同席した方がいいんだって。



「イーサニテルがそう言うのなら立ち会うが、何か理由があるのだろう?」



「はい。代表者はフィリオラ・スペフィニスと名乗る娘で、炎の女神の神殿で神編術師をしているそうです。同行している者たちも、同じ神殿ではなくとも全員炎の女神の侍従リージェル侍女リージェだそうです」



 隣に立つフィダの表情は変わらないが、かなりの力を込めて拳を握りしめている。

 アールテイはあからさまに顔を顰めていた。



「ただの侍従や侍女ではないのだな?」


「はい。フィリオラの頭髪と瞳は真紅、他の物たちもどこかに赤の証を持っています」



 ここまで表情の動かなかった我が巫覡の瞳が、驚きに見開かれる。

 そしてアールテイの眉間には、深く筋が刻まれていく。



「我が国で巫女リーシェンが誕生されたとの報告は無いし、父なる神よりの託宣も無かった。しかし、真紅の色彩を偽りで纏う事は不可能だ。そうだな?」


「頭髪ならば染料で、ある程度は紅に寄せることは可能かと。しかし、瞳まで染めるのは人間(ひと)には不可能です」



 我が巫覡がアールテイを見て確認をすると、アールテイははっきりと答えた。我が巫覡はこちらを見て、「その面会人たちと会おう」と立ち上がる。

 え、すぐですか?



「まだこの案件が終わっていませんよ、陛下。せめて、書類を完成させてから行きませんか」


「いや。もし、かの方だとしたら、お待たせする訳にはいかない」



 すぐ行こうとする我が巫覡を、呆れた様に諭すアールテイ。それを一言で否定して扉へ向かう我が巫覡を更に呆れた目で見た後、アールテイもすぐに席を立ち後に続く。

 これは、報告して正解だったな。



「控えの間に、我が父なる神の神殿関係者は居るのか?」


「はい、我が巫覡。アラネオが控えています」


「副神殿長が皇宮に来ているのか?」



 我が巫覡のすぐ後ろを歩くアールテイが、ちらっと振り向いて問う。



「ああ。彼等を連れてきたのがアラネオなんだ」


「ふぅん。じゃあ、丸っきり勘違いって事もないのか」



 ほほう、俺なら勘違いするって? 相変わらず俺には手厳しいな、おい。

 当のアールテイはぼそっと呟いたら、あっさりと前を向いて黙って歩いている。

 ここで文句の一つでも言おうものなら、倍以上になって返ってくるんだよなぁ。何で、こいつ俺にだけこんな態度なんだろ。


 控えの間の扉前には警備兵が立っており、我が巫覡に気が付くと頭を下げて礼を取り両側から扉を開けた。

 結構な人数を収容できる大きな控えの間には、寛げるように応接家具も置いてある。しかし、訪問者たちは全員立って待っていた。

 入り口付近で控えていたアラネオが、我が巫覡へ挨拶をする。



「お久しぶりにございます、プリメトゥス陛下。ノゥムタティオ様、イーサニテル様、スラーソリス様もお久しぶりです。それにしても、皇帝側近武官お二人だけでなく皇帝側近文官までお揃いになるとは。壮観ですねぇ」


「久しぶりだ、アラネオ。良くやっているようだな、副神殿長の評判はこちらにも届いている」



 アラネオの何とも言えない挨拶を全く気にせず、鷹揚に返す我が巫覡。さすがです。



「ありがとうございます。しかし、まだまだ神殿長の足元にすら近寄れておりません。更に精進を重ねなくてはいけませんね」



 苦笑して言うアラネオの発言は本当にその通りで、こちらにも苦笑が浮かぶ。じー様、分身してんじゃないかって位に仕事してるからなぁ。

 じー様を良く知る我が巫覡も、何時もの鉄壁無表情がほんのり苦笑になっている。



「じー様に追い付くのなんて、あと二十年くらい無理だろ。あんな善人面して腹黒ってもんじゃない、お前なんざ腹黒さだって足元どころか側にも寄れてないだろ」


「間違いありません。が、もう少し足元に寄る時間を短縮したいものですね。イーサニテル様、神殿長が貴方に会えないと寂しがっておられましたよ。貴方は皇帝側近武官だけでなく、我々侍従(ディジャー)の筆頭でもあるのです。もう少し頻繁に神殿にも顔を出してください」


「あー。じー様の居ない時に行くわ」


「まったくもう。貴方もですよ、スラーソリス。二人とも来ないって、毎日の様に私に泣きついてくるんですから困ります」


「すまない。近いうちに神殿長に挨拶に行こう」



 真面目くさって返事をするフィダに、全然困ってない顔で「必ずですよ」と穏やかに笑うアラネオ。

 そしてアラネオの後ろで、俺たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた一団へと振り向いた。



「さて、お待たせしました。フィリオラさんが面会を希望していた皇帝側近武官インフィダシウム・スラーソリスを紹介する前に、我らが巫覡ディンガー、グラキエス・ランケア皇帝陛下にご挨拶を」



 すると、集団の先頭に立っている、赤や朱の炎の女神の寵愛の証を持つ一団のなかで一際に目をひく真紅を持つ少女が、すっと我が巫覡の前へ進み出た。



「偉大なる氷の男神の巫覡ディンガー、勇ましき帝国の皇帝陛下へ拝謁叶いましたこと、この上もなく幸栄にございます。わたくし、炎の女神の神殿にて神編術師として仕えております、フィリオラ・スペフィニスと申します」



 長く真っ直ぐに伸びた真紅の髪をゆるい三つ編みにまとめ、髪よりもずっと紅く澄んだ瞳を瞼に隠し臣下の礼をする少女。

 神殿に勤める侍女リージェの纏う柔らかくヒラヒラした布で仕立てた侍女服ではなく、神殿騎士団アエデーエクストゥルマの団服を着こなす姿は、神編術師というより騎士の様だ。

 しかも、炎の女神の神殿の象徴色はくすんだ紅だ。フランマテルム王国で女神の寵愛が厚いと有名な私設騎士団(プライベエクストゥルマ)が着用する、赤銅色の団服を思わせる色。


 真紅の髪とくすんだ紅の制服の組み合わせは、嫌でもある人物を思い出させる。

 しかも目の前の少女は、そのある人物の面影があるというより、彼女そのものだ。



「ティー…」



 茫然とするフィダの口から、呼びなれたであろう『ある人物』の愛称がこぼれた。

 そして、我が巫覡の前で頭を下げていた少女は、顔を上げてにっこりと笑い、衝撃の一言を投げたのだった。



「久しぶりね、イー」

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