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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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名前と色

「その名で依頼って、自称親類だろ。会いたくない」



 足元に目線を投げて不快そうな顔をすると、いい歳したおっさんなのに少年みたいに見える。

 容姿は十年前とあんまり変わらないんだよなぁ。



 こいつのグラキエス・ランケア帝国での正式な姓名はインフィダシウム・スラーソリス。

スラーソリスという姓は、持たされた手紙から姓のある裕福な平民か貴族の生まれに違いない、と神殿長のじー様が付けたらしい。


 じー様は名前すら付けられなかった俺に対しては、「お前の話を纏めると、恐らく貴族の生まれだろう。だが、わざわざ生家を探してお前を子や兄弟として扱わない者たちと同じ姓を名乗る事もあるまい」と、イーサニテル・フィデースという姓名を与えてくれた。

 しかし、だ。名乗る事もあるまい、から「お前はイーサニテル・フィデースと名乗るがいい」まで、ほぼ間が無かったのはどうなんだ、じじい。

 「名付け、かっる!」と呟いた俺に、「じじぃの直感じゃ!」とニコニコ笑ったことは忘れねぇぞ。

 フィダに付けた姓に二日時間をかけたって聞いたときの、俺の気持ちを考えたことがあんのか? 無いだろうな。

 だが、姓を与えられる時間がかかったこいつより、軽く名を与えられた俺の置かれた状況が軽かったのも事実だ。



 幼いころにインフィウム・ソリスプラという偽名を与えられ、フランマテルム王国へ送り込まれて、王国の情報を盗み炎の女神の巫女リーシェンを籠絡しろと命令された、憐れな愛し子。

 フィダは、与えられた偽名に良く似た本名で呼ばれるのを嫌う。名乗りもフィダ・スラーソリスだし、正式な書類じゃなきゃ本名は書かない徹底ぶりだ。

 そのうち改名するんじゃないかと思ってる。



 そんな憐れな子供が、フランマテルム王国で二柱の寵愛を受けるという奇跡が起きた。更には帝国に残っていた、愛し子を迫害する皇帝ゲマドロースの重臣たちを追い落とし、皇帝位に就いた氷の男神の巫覡デンガーの側近に収まったのだ。

 側近になってすぐの頃は、自称両親や自称兄弟姉妹、自称親類がのべつ幕なしに面会に来た。


 当の愛し子は「例え血縁であろうと他人である。自分の家族は育ててくれたエイディ神殿の皆だけだ」と、誰一人として面会することは無かったが。



 まあ、そう吐き捨てる気持ちも分かる。


 有力貴族の子供たちは、両親の元に住みながら神殿に通い愛し子の役割や歴史や儀式、戦闘について神殿に住まう愛し子と共に学ぶことができる。

 だが、有力な貴族家の生まれで無い限り、どんな神の愛し子であっても、まず捨て子だ。

 稀に、愛し子を迫害する者たちから子供を守るために、きちんと名乗って神殿に預ける良心のある親も居るが。

 しかし、愛し子を産んだという言いがかりや嫌がらせの為、その両親がまともな職に就けることはまず無い。貴族の邸宅や商家に奴隷同然に雇われるか、子供を預けた以外の神殿で下働きとして身を寄せるしかないのだ。


 その神殿も、歴代の皇帝たちの嫌がらせの為に予算はカツカツで、大切な我が子を守るため神殿に預けるしかなかった気の毒な親たちに、充分とは言えない食料を分け与え屋外でないだけまし、という部屋を貸すしか出来ない程に貧困な状況だった。

 愛し子を持つ有力貴族からの気前のいい寄付や、子供を捨てた貴族や裕福層からの匿名の寄付だけが頼りだったもんなぁ。



 そんな彼等は両親のいない愛し子たちへの配慮もあり、同じ神殿へ住まわす事はできず、こっそりと面会するしか無い。どちらも余り幸せとは言い難い状況だが、子供と同じ苦境に立ち生きている彼らを、神殿関係者も両親のいない愛し子たちも尊敬していたんだ。


 尊敬する愛し子の親を見て育ったフィダが、今になって身内と名乗る奴らを憎むのは当然だ。

 幼い自分たちを助けなった奴らが、今更どの口で物を言うか! と、面会依頼が来るたびに激怒していたのも懐かしい。

 誰一人として面会しないフィダに諦めて段々と面会依頼も減っていったが、年に一度はこうして依頼が来る。




「自称親類…… まあ、今まではな。だが、今回は会った方がいいと思うぞ」


「え?」



 フィダは驚いたように顔を上げて俺を見る。


 艶やかな黒い髪は短く、睨んでいるように見える両眼の色が違っている。

 左目は深い青色、右目は深い朱色をしており、青は主神エイディンカの寵愛の証であり朱色はその妻神エイデアリーシェの寵愛の証。

 ひとりに二柱の寵愛を与えられた、非常に珍しい愛し子である。


 両眼とも朱色だったのが、帝国へ帰還しエイディ神殿へ足を踏み入れたとたんに左目が青へと変化した。

 本人によると、脇腹にあった氷の男神の愛し子の証が消えていたそうなので、そちらが左目へと戻ったということだろう。

 女神からの寵愛を与えられる前は両眼が青色をしていたらしいし、父なる神の寵愛も厚い愛し子だということだな。

 こんなに二柱の神の寵愛が厚いんだ、俺は侍従ディジャー筆頭を交代してくれないかな、と常日頃思ってる。



 我が帝国に二柱の寵愛を受けた愛し子は三人。


 一人は、我が巫覡。

 一人は、目の前のこいつ。

 あとの一人は、なんと俺だ。



 フィダの寵愛の証は瞳に、俺の寵愛の証は頭髪に現れている。

 俺の頭髪は光り輝く銀色。あまりにも目立ちまくっていたんで髪を染めて、くすんだ灰色に見えなくもない程度には誤魔化せていた。だが、フィダの瞳はどうやっても隠すことができなかったらしい。

 術で見た目を誤魔化す事は出来たが、数時間もすれば効果が切れてしまう。薬品で目の色を変えようにも、劇薬すぎて常用すると失明する恐れもあるから却下。

 仕方ないんで前髪を長くして目を隠し、出来るだけ暗い所で貴族たちと対面させていたが、子供に瞳を隠し通すなんて不可能だ。


 じー様が隠そうと躍起になっても隠せず、神殿の人たちを人質に連れ去られてしまった、と長い事じー様がしょぼくれていた。

 いつも人を食ったような笑い顔しかしないじー様が、お前だけは見つかってくれるな、と真剣な顔と声で迫ってきたから全力で隠す努力をしたもんだ。

 だが、「劇薬だとしてもあの子は瞳で難しかったが、お前は剥げるだけだから…」とか呟いたのは許さん。


 大暴れする俺を憐れんで、じー様がなんとか頭皮に優しい染料を作って、灰色の髪だと誤魔化していた。おかげで、今でも艶々のふっさふさの毛髪だ。頭皮に優しい染料を開発したじー様に、そこだけは感謝してやる。



 それが今や銀の地に両脇は朱色なんて、けったいな配色になっちまっている。

 フィダと並ぶと、年寄り連中が涙を流して拝んでくるんだよ。勘弁してほしい。


 極寒の我が国が安定し出したのは、我が巫覡が皇帝位に着き国内の氷の男神以外の愛し子達を保護し、父なる神への感謝を捧げ続けている恩恵である。と、神殿側は大々的に喧伝したからだ。

 俺たちにとってはすげぇ迷惑な話なんだが、実際その通りだしな。



 帝国では氷の男神の愛し子は気候を安定させるために、必ず神殿へと所属させられ神殿での生活を強いられていた。有力な貴族の子供だけが通いという形態ではあるものの、他の愛し子と同じく皇宮の監視・管理下に置かれた。

 神殿に所属なんて言葉だけで、皇宮の連中の良いように使われる道具だった。

 少しでも戦闘適正があれば騎士団(エクストゥルマ)へ配置され、しょうもない戦闘で使い潰される。

 学業で目立つ者は皇宮での下っぱとして酷使され、それ以外の者たちは術力という消耗品扱いだ。


 人々に酷使される愛し子たちのおかげで、グラキエス・ランケアという土地が人の住める寒さで済んでいるというのも知らずに。

 ゲマドロースが皇帝になったあたりから急激に寒さを増したのだが、人々は愛し子達の祈りが足りないからなのだと、そこから目を反らし続けた。

 そんな自分たちを罰することもせず、気候を穏やかにした事も恩に着せない我が巫覡を、人々は感謝し崇める。


 青と赤を纏う愛し子は、今の帝国では殊更に有難がられる傾向がある。まあ、圧倒的に青を纏う愛し子が多いのだが。



「何か理由があるのか?」



 自分を見つめて何も言わない俺に痺れを切らし、フィダは胡散臭げな目をして言う。

 そう、有るんだよ。理由が。



「面会希望の代表者はフィリオラ・スペフィニスという娘で、炎の女神の神殿で神編術師をしているらしい」


「代表? それに炎の女神だって?」


「そう、面会希望者は複数人居るんだ。みんな18歳だってさ」


「そんな若い奴らに知り合いなんて居ないぞ」


「うーん、年齢とかだけ見るとそうなんだけどさ… 」


「何なんだ」



 はっきりしない俺の物言いに、ちょっとイラっとしているようだ。口調は剣呑だし、目線でさっさと話せよと促してくる。

 いや、俺もどう言っていいのか迷ってんのよ。



「みんな、どっかに赤い証を持っててさ。特にその代表のフィリオラって子、瞳と頭髪が真紅なんだよ」



 半眼だったフィダの目が、こぼれ落ちるじゃないかって位にかっ開いた。

 本当に瞳がこぼれ落ちそうだぞ。

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