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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
氷の帝国
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ある日の同僚たち

 薄暗い資料室を出て大回廊に足を踏み入れると、頭上の開け放たれた大窓から柔らかな日差しが入り込み、足元の絨毯の赤色が鮮やかに輝いて見える。

 実際は艶やかな毛足に光が反射しているだけなんだが、輝く絨毯というのも面白いよな。


 回廊に並ぶ大窓の上部は開いており、俺の腰から頭位まである下部にあたる窓は閉められていた。

ふと、一番明るい陽射しが注ぐ窓の下へ行き、外を眺める。皇宮の三階から中庭を見下ろせる絶好の場所だ。

 ただし、先日までしっかり雪が降っていたから、見える所は一面真っ白の雪で満たされている。

 庭師が活躍できるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。



 氷の帝国と言われる程に常に厳しい寒さの元にあるグラキエス・ランケア帝国であっても、夏── 他国では春と言われる程度の暖かさではあるが ──は訪れる。

 数日前までは土すら凍る程の冷気を振りまく日々であったが、昨日からその寒さも和らいだ気がする。

 もうすぐ帝国に住まう人々が待ちに待った、厚い上着を必要としない季節がやってくるだろう。


 薄暗く視界を雪に遮られる日々。稀に訪れる快晴の日であっても、外の景色は白一色な毎日が延々と続く。それが一気に色鮮やかな世界へと変化する夏は、この帝国の民の誰もが待ち望む季節だ。

 木々や土地を覆っていた雪は融けて、緑の葉や色とりどりの花が人々の目を喜ばせるし、陽が長く出ているだめに一日が長く感じられて徳な気もする。


 今日は朝から風もなく快晴とあって大窓が開かれているが、寒さの残る皇宮内ではがっちり上着を着ないと身体が冷えそうだ。暖を取るために、ぎゅっと自分で自分を抱きしめて溜息を吐けば、吐き出される息は白かった。

 うん、まだしっかり寒いわ。冷えそうだじゃなくて、しっかり冷えるだろうから気を付けよう。


 でもまあ、気分はいい。大きく開かれた窓からは、かすかに子供たちの笑い声まで聞こえる。

 俺の居る大回廊から皇宮付近の公園までは、けっこう距離があるんだけどな。天気も良く空気が澄んでいるからだろう、と全く根拠のない理由で納得し再び歩き始めた。


 平和になったなぁ、と声に出さず口だけで呟いて速足で歩いていく。

 

 十年前までは『永久(とこしえ)の凍土』や『極寒の荒野』と呼ばれ、帝国に存在するほぼ全ての氷の男神の愛し子が父なる神エイディンカに祈りを捧げて、やっと人の住める程の寒さに和らいでいた。

 暦では夏とされる季節でも、半分ちかくの日に雪が降ってたもんなぁ。

 広大な敷地に、食料を育てる為の外界と畑を隔てる施設を幾つも設け、神編術師としての活動は出来ないが術力を持った者が気温を制御する術具を使い、なんとか国民が最低限食べていける食糧を作っていた。


 生産施設が必要なのは今もあまり変わりはないが、我が巫覡ディンガーの願いが届いたのだろう。真冬でも野外の穀物畑では雪が積もらないし、野菜なんかの生産施設付近は猛吹雪の日でも比較的おだやかな気候になっている。


 とはいえ、帝国民すべての飢えをしのぐ程度であり、自国で生産した物だけでは皆が満足に食べられるわけじゃない。

 プロエリディニタス帝国からの輸入によって、やっと余裕のある生活になっているのが現状だ。

 貴族や裕福な民は自宅のいくつかの部屋が畑だ、なんてことはざらだし。


 こちらからも装飾品だの術具だのの輸出で対等にやり取りは出来ているが、俺たちの次の世代も、そのままプロエリディニタス帝国と平和にやっていける保障もない。

 食糧事情を解決するのが先決なんだが、未だに前皇帝ゲマドロースを心酔する能筋たちが、細々と湧いてきて邪魔をする。

 一般帝国民は我が巫覡への認識も改まり、生活水準が向上した事に感謝を口にする。そんな彼らが奴らの味方をする事は無いはずなんだが、洗脳されたかのように以前の過酷な生活を強いた馬鹿どもを支持して、密かに庇護し反乱の手助けをしてしまう。

 脅されて仕方なしに、とかじゃないんだよなぁ。もういい加減に全滅させたいもんだ。


 なんてつらつら考えているうちに、もう一つ角を曲がれば我が巫覡の執務室という所まで近づいていた。我が巫覡に不景気な面を見せるわけにはいかない、溜息が出そうになるのを堪えて笑顔を作る準備をする。


 完全に笑みを作る寸前に、向こうからこちらへと角を曲がってきた同僚と接触しそうになり、バッチリ目が合ってしまった。

 衝突しそうな事に驚いていたが、変な角度に吊り上る俺の口元を見て、次に俺の目をみて複雑そうな顔をして一歩下がって立ち止まる同僚。



「気持ち悪い笑い方だな、なんだその顔」


「出会い頭にその言い方はないんじゃね?」


「おはようございます。本日は天気もよく筆頭の機嫌もよさそうだが、その顔で陛下に謁見するのはどうかと思うぞ」


「誰が俺に挨拶をしろって言ったよ、そうじゃないだろ。我が巫覡に仏頂面をお見せする訳にはいかないじゃないか、笑顔を作ってたんだよ」


「扉の前ですればいいんじゃないのか?」



 心底不思議そうに首を傾けて言う同僚に、そこはかとなく殺意が湧く。

 全方位に真面目で自分に厳しく、他人には一見分かりにくいが、優しい。しかし、がっちがちに真面目で、洒落っつうもんが無いのが難点なんだよな、こいつ。

 似た様な部類のアラネオは、真面目で自分に厳しく他人にも厳しいが、ピスティアブやクアーケルで遊ぶゆるいところもある。

 あの二人がアラネオと同じようにこいつに絡んできても、くそ真面目に対応して微妙な空気になって解散、という流れになるしな。


 『良い方なんですが、どうにも対応に困る』というのが文官たちの評判だって、知ってるのかね?

 まあ、こいつなら知ってても何とも思わないか。


 野生児組はこいつの態度なんて何とも思わず我が道を行く奴らだし、アラネオは「そんな彼()遊ぶのが、目下の楽しみですよ。ふふふ」とかけっこう気に入っているみたいだったな。

 文官には微妙な評価、武官には好評化なのがこいつだ。


「お前が俺を見た瞬間に珍獣を見るような目で見なきゃ、角を曲った時には完璧な表情が出来上がってたわ」


「珍獣って…… 衝突しそうになって驚いたのと、機嫌が悪そうで珍しいと思っただけだ」


「なんで俺の機嫌が悪いと珍しいんだよ、いつもの事だろが。野生児たちが何かやらかすなんて、しょっちゅうじゃねぇか」


「いや、筆頭は二人の為にあえて機嫌が悪そうにしているだけで、本当に機嫌が悪い事は少ない」



 付け上がらせたくない位には彼らを気に入っているから、とやはりくそ真面目に答える。

 だから、何でお前にそれが分かるんだよ。



「うるせぇぞ、次席。丁度いい、我が巫覡とお前に用あるんだ。同席しろ」


「用? 俺の報告は終わりましたが」


「昨日の、反乱にもならなかった小競り合いの事じゃねえよ。お前に面会依頼が来たんだよ、フィダ」


「俺に?」


「ああ、『インフィダシウム・スラーソリスに面会を求める』って、依頼人が依頼書を持って来たんだ。今は控えの間で待機してる」

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