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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
105/160

聞こえないじゃないか

*** 最低限の傷は塞いでますよ、ご心配なく ***



 いや、あれのどこに安心できる要素があるんだよ。一つや二つどころじゃない穴だったろうが。むしろ、心配しかないわ。


 移転した先は国境を越えてすぐの所で、そこに我が巫覡ディンガーも点にしか見えない巫女リーシェンの姿をじっと見つめていた。

 俺の視覚強化で点にしか見えないが、我が巫覡と二柱の愛し子君にはもう少し詳しく視えているのかもしれない。二人の視線の動きがほぼ同じだ。



*** そんな事より、国境から充分に離れてください。近くに居て結界の影響が何もない保障はないんですからね ***



 このやろ、俺の意見は丸無視か。

 まあ、時間もないってのは本当だろうが。ちょっと見ただけだが、巫女はかなり疲弊していた。例え類稀な術力を持っていたとしても、あんな状態で国を覆う結界なんか張れるのか?

 一般的に用いられる手段でもある、複数人共同で半日とか時間をかければいけるだろうが。それで、強欲の男神か拘束の女神の本体がお出まし、なんて事態が無いとは言えないし。

 すぐに展開するって言ってたが、どうやるんだろう。



*** 国境に沿って一人で結界を展開するのは、さすがに今のお姫様じゃ無理ですから。君たちがくれた目印を道具として、国中のあちこちに散って待機している私たちグラテアンの騎士そのものを起動媒体にして、結界を繋ぎます。それまでこの命が保てばいいので、最低限の治療で大丈夫なんですよ ***



 なんちゅう重いことを、さらーっと言っちゃってんの。ねえ?

 あっ、だからクアンド達がどっか行ったのか。



*** 正解! あのね、イーに伝えて欲しい事があってね… ***



 イヴセーリスではなく、巫女の明るい声が答えをくれる。

 ちょっと貴女、さっきまで肩で息してましたよね? まだ大仕事が残ってるじゃないですか、無理しないでくださいよ。



*** 姉上。少し、ほんの少しでもいいのです。我々にも協力させてください ***



 ああ、巫女に対して聞き分けよくあの場を立ち去った我が巫覡も、巫女が命をかけるとなったら我慢がお出来にならないのか。



*** ありがとう、すごく嬉しいわ。でもグラテアンの皆との連携が一番早いの。気持ちだけもらっておく ***


*** またお会いして下さると、言ってくださったではありませんか ***


***うん。 私も、また会いたいよ。だから生き残るように頑張るね。あのね、イーには…… ***



 こちらの返事を聞くつもりのない巫女の言葉の後に、我が巫覡は長めの間の後に「はい」と返事すると、睨むように巫女の居る方向を見つめるだけだった。

 表情は無いが、俺は知っている。あれは泣くのを耐えている顔だ。


 巫女は二柱の愛し子君への伝言を託したきり、もうこちらへ語りかける事は無かった。もう一人、俺たちと繋がっている奴も、あれだけお喋りだったのに何も語ってこない。

 なあ、イヴセーリス。お前らが消えてしまったら、我が巫覡が悲しんで落ち込まれるんだよ。何とか生き残れよ。



*** 勝手な事を言いますね…… 我が巫女が命をかけるんですよ。私が一番に持てる物を差し出すのが当然でしょうが ***



 まあ、そうだよな。その気持ちは俺も分かる。分かるけどさぁ……



*** …ちょっと静かに………くださ…、今複雑な術式を練っ…るん……よ………あ…た…… ***



 なあ、もうお前の念話が聞こえにくいんだよ。手伝ってやるからさ、薄くなってる同調効果をもう一回強化しろって。


 何度も同調が薄まっているってイヴセーリスに報告したが、二度と奴から返事は返ってこなかった。

 お前が報告しろって言ったんだろ。ちゃんと報告したんだから、返事をしろよ。お前からの返事、聞こえないじゃないか。


 仕方ない、下品な悪態でも思いつく限り吐いてみるか。

 同調効果が薄れ、我が巫覡や巫女との同調効果で劇的に向上していた俺の視力も、ただのちょっと目が良い程度に戻ってしまったから、点のあった方に向ってさ。

 する事もないので、悪態の候補を思いつきつつ彼等らしき点の視えていた方向に目をこらしていた。


 何とも言えない胸のもやもやに耐えかねて悪態を大声で叫ぼうと口を開いた頃、目の前に半分を三つ編みにされた剣の飾り房が現れ、そこから淡く白いもやのようなものが上下左右へと広がっていく。

 淡いはずのその白が急に激しく輝き眩しくて、目が開けていられなかった。


 明るさの暴力が収まった頃、そろそろを目を開けてみると、国境に沿って白い壁が地上から俺たちよりはるか上空まで立ちふさがっていた。


 飾り房は結界のように透明な球体に守られ、白い壁に埋まっていた。

 ああ、綺麗な青色だな。どこかの皮肉屋の天馬カエルクスの色だ。



─── ねえ、勇ましき氷の巫覡。イーに伝言を伝えてあげてね ───



「姉上! ご無事ですか!?」



 俺が目を開けた時は俯いていた我が巫覡は、巫女の声にはっとして顔を上げて大きな声で叫んでいた。あんなに必死な顔と声なんて、見た事ない。



─── 侍従ディジャーくんでもいい。どっちにしろイーは泣いちゃうと思うけれど ───



 歌みたいに軽やかに踊る言葉が、念話のように聞こえる。



─── そして、二人ともありがとう。フランマテルムの人たちもグラキエス・ランケアの人たちも、巫女と巫覡で絶対に殺し合いしろって圧力かけてくるじゃない? 私ね、殺し合いするの、すごく嫌だったの。氷の巫覡も嫌がってくれて、嬉しかったんだよ ───



「姉上!」



 我が巫覡の必死に呼びかけにも答えはない。どうやら、こちらの声は届いていない様だ。一方的に巫女からの声が届いてくるらしい。



─── あとね、うふふ。木漏れ日の下の妖精、青の君。すっごく格好良くなってたわ! やっぱり私にとって彼が一番『美しい人』だと思うの。あはは、そうだよね。いいよ私も残念枠で。そういうイヴもイーと一緒で……… ───



 もしかして、届けるつもりのない巫女の想いが、こちらに届いているのだろうか。返事をしない、できないのかもしれないイヴセーリスへ、楽しそうに語り続ける巫女の声が、だんだんと遠くなる。

 完全に声が聞こえなくなったところで、茫然と白い壁を見ている二柱の愛し子君に声をかけた。



「なあ、二柱の愛し子君。『残念な美形枠』ってなんだ?」


「…… なんで、それを知ってる?」



 なんの感情も乗らない顔だけを俺の方に向けて、質問の答えではなく質問が返ってきた。



「さっき、巫女からあんたに伝言しろって言われたんだよ。そこにその言葉があって、気になったんだ」


「ティーから、伝言…」



【同じ残った組として小兄さまに会ったらさ、私が謝ってたって伝えて慰めてあげてね。イーのことだから、いつまでも絶対うじうじ後悔してるでしょ。だから『残念な美形枠』なんだよ、顔はいいのにさ。『美しい人』の見本が近くに居るから、見習ったらきっと『ちょっと』が前につくよ。頑張って! そして、幸せになってね】



 それが巫女から預かった伝言だった。二柱の愛し子君の事をこき下ろしているように聞こえたんだが、励ましていたのかもしれない。伝言を聞いた彼は腹を抱えて、大声で笑いだした。

 涙目になりながらも笑っていたが、目元を手で隠しても笑いは止まらなかった。俺は、彼の手の下から顎へ流れる涙は見ない振りをする事にした。



「ティーらしい言葉だ。ティーは美しい者や物が好きなんだ。『中身が嫌な奴って造作整ってても、表情が嫌らしいからダメ。年齢問わず中身が真っ直ぐなひとって、そこに居るだけで美しいんだよ』って。よくアルドール殿下や俺を、外見は良いのに中身が残念な『残念枠』って笑ってた」


「じゃあ、木漏れ日の下の妖精と青の君って誰?」


「木漏れ日の下の妖精という言葉は、5年前の愛し子の集会後からよく口にしていた言葉だ。青の君は知らない。が、恐らく」



 そこで彼は涙を拭って、我が巫覡を見た。



「青の君は、おそらく私の事だ」



 俺たちを見ずに、じっと壁を見ている我が巫覡がぽつりとこぼす。



「道に迷った私と出会い、集会場へと案内してくださる時に『私たちは、ちゃんと名乗りあうと面倒じゃない? キミのことは青の君って呼ぶから、私の事はお姉さまって呼んでいいよ』と、笑って手をつないでくださって……。そうか、美しいと、言ってくださるのか」



 我が巫覡は眉尻を下げて、少しだけ口の両端を上げて泣き笑いのような表情になっていた。

 そして、じっと右手の手の平を見つめ、俺と二柱の愛し子君くらいにしか聞こえない、小さな小さな吐息のような一言を漏らした。


「美しいのは、貴女です。お姉さま」



 それを聞いた二柱の愛し子君は静かに涙を流しながら、青い飾り房に向って「ごめん、ティー。ごめん、蒼炎カエルライグニー。ごめん、皆」と呟いた後、天馬ごとこちらを振り向いて言った。



「俺を、エイディ神殿へ連れて行って欲しい」




 


───────────



某年某月、守護衛士兵団(デフォブセッシミーレス)にフランマテルム王国侵略を命じていた、グラキエス・ランケア帝国皇帝ゲマドロースが、自ら王国に攻め入った。

 神など居ないと(うそぶ)いていた皇帝だが、彼自身も知らぬうちに強欲の男神の巫覡フィニタルとして、炎の女神の巫女リーシェンカリタリスティーシアと対峙する。

 常以上に異常な能力を発揮し巫女に迫ったが、それを上回る能力を発揮した巫女により、宿った神ごと封じられてしまうのであった。

 さらに、フランマテルム王国全体を包む白い結界が展開された。


 その結界は、炎の女神以外のいかなる神の気配が宿った人や物であっても、王国へ侵入する事を拒むものであった。

 以降、王国を出る事が叶った人々は王国の状況に関する記憶のみ欠如しており、王国外の国々がフランマテルム王国内の状況を知る事も、干渉する事も出来なくなってしまう。

 有識者が結界を調べたところ、結界の解除には起動した複数人のいずれか一人でも参加しなければ、結界維持に必要な動力が切れぬ限り解除不可能と判明する。

 結界を展開したのは巫女をはじめとしたグラテアン家所属の騎士達であり、その全員が死亡したと発表されている。

 遺体が無いことで彼らが生存していると人々は期待したが、十年を経過した今現在も彼らの行方は不明のままである。



 皇帝ゲマドロースを亡くしたグラキエス・ランケア帝国皇宮は、次期皇帝の座を巡って混乱するかと思われた。事実、皇帝死亡の一報がもたらされたその場で、帝国軍関係者による死傷者を出すほどの争いが起きた。

 しかし、巫覡ディンガープリメトゥスは帰国直後に怒涛の勢いで皇宮を掌握し、異例の早さと若さで100代皇帝として戴冠する。

 戴冠直後、前皇帝の重臣による反乱が起きたのだが、皇帝自ら直ちに鎮圧してしまった。

 その後も細々とした事件はあったが、帝国の人々にとっては数十年ぶりに平和に暮らせる生活が始まる。

 戦にしか役にたたない巫覡と馬鹿にしていた人々も、彼が皇帝の座に着いた頃から気候が安定し自国で食物を自給出来るようになると、次々にその口を閉ざし皇帝を称え始めた。


 帝国の平和が十年過ぎた頃、フランマテルム王国の神殿騎士団アエデーエクストゥルマがグラキエス・ランケア帝国へ攻め込もうとしているとの情報が、皇帝プリメトゥスへの元へもたらされたのだった。

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