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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
104/160

何あれ

「いや、お姫様(ひいさま)。あんた何言ってるんですか」


 お、巫女リーシェンを一番理解しているだろう侍従リージェル イヴセーリスが、平坦な声音で突っ込んでる。普段はアラネオみたいにスカした態度みたいだが、あれが素なのかもしれない。

 ちょっと親近感がわいたぞ。

 面白い奴~なんて考えたからか、イヴセーリスに睨まれた。まだばっちり同調効果があるのね、すんません。



「だって、母なる女神以外の神を拒否した方が手っ取り早いじゃない。細かく術式を組み込む時間もないし」


「しかし、それではこの国に不具合が出ますよ」


「出るね。どんな神の気配がある人でも出て行くことは出来るようにするから、その時はこの国から退去すればいいんだよ。外から戻ってくることはできないけれどさ」



 国を捨てろ、とは思い切ったことを迫るお方だ。



「本当はもっと細かく条件付けしたかったけれど、時間が無いんだもの。あいつ等を野放しにはできない…」



 巫女の言葉途中で、黒い蔦の様なものがこちらへ迫り俺たちの視界が陰った。

 うねうね細かく振動しながらゆっくりと迫る黒い蔦の動きが、ものすごく気持ち悪い。

 クリュセラが炎を纏わせた剣を蔦に向けて投げれば、蔦はその剣を包むように囲い剣に絡みつく。剣を絡め取っても蔦は細かく振動し続けるため徐々に剣に切り込みが入り、あと少しで剣から数個の物体に成り果てそうだった。


 あの黒い蔦、動き続ける糸のこぎりみたいだな。あんなのに拘束されたら細切れ待ったなしじゃないか、想像しただけで痛いわ。

 なんて余裕ぶった思考が巡るが、これが数瞬の間。思考以外の全てがとてもゆっくりとしている。

 これ、不味いやつだ。死ぬ前の全部がハッキリ見えるやつ。


 剣が数個に分断されると、黒い蔦は(おびただ)しい数へと枝分かれし俺たちを四方八方から取り囲もうと勢いよく蔓を伸ばしてきている。

 巫女の手元に炎が生まれたが、蔦を燃やすには到底間に合わない小ささ。


 そんな状況まではっきり視覚できてる自分が恨めしい。蔦が俺たちを絡めとる姿を想像して、さっきの剣の様に分断される予想に恐怖心がもりもり沸き上がってくる。こういう気持ちは遅くていいんだぞ、俺!


 目を瞑りたい衝動に駆られたが、ふと巫女の髪を後ろで留めていた髪飾りがふわりと光り黒い蔦の動きが止まった。


 あれ?っと思うと同時に安心感が沸き上がるが、固まったままの身体を誰かが強い力で後ろへと引っ張られる。

 体感以上に長い距離を引きずられたらしく、目の前に迫っていた蔦が大分向こうに見えている。球状に俺たちが居たあたりを囲み、蠢いていて気色悪い。

 巫女やイヴセーリス達は無事なんだろうか。

 「ティー!」と叫ぶ声が聞こえる方を見れば、二柱の愛し子君はクアーケルとピスティアブ二人がかりで、同じように蔦から離されているみたいだった。



 戻った方がいいかもしれないと前へ進もうとしたが、痛いほどの力で腕を捕まれており、その手を辿っていけば焦った顔をしたアラネオの目とかち合った。



「なんだよ、アラネオ。お前もそんな焦った顔するんだな」


「そんな呑気なこと言っている場合じゃないでしょう! 戻ろうとしてどうするんですか、このバカ!」



 珍しいもん見たわ、と言う俺に今度は怒りを浮かべて怒鳴るアラネオ。そこまで怒らんでも、と思うが心配されたみたいなので黙っておこう。

 


「すまなかった。何故だか蔦が止まって助かった」


「巫女殿を中心に光りがイーサニテル様達を包むと、蔦とゲマドロースが止まりました。その隙に貴方と愛し子殿を引っ張り出したんです」


「ああ、助かった。残った巫女方はどうなった?」


「貴方を連れ出すのに必死で…」



 首を振るアラネオに頷き蠢く蔦の塊を見る。蔦の塊の大きさは変わっていないが、だから無事でいるという事にはならない。



「アラネオさん、移転準備が完了したぞ、です」


「よろしい。彼らには申し訳ありませんが、移転しますよ。イーサニテル様」



 アラネオの真剣な視線は、つべこべ言わずとっとと帰るぞ、と語っている。



「少しだけ、もう少しだけ待ってくれ。我が巫覡ディンガーをお連れして、お前たちは先に行ってくれ」



 俺の言葉にアラネオ更に顔を険しくし、大きく口を開いた時だった。

 蠢く蔦の中から、女性の歌声が漏れてきた。それも一人の声じゃない、少なくとも二人。

 しかし、クリュセラにあれだけ響かせる程の歌声を出せる余裕はなさそうだったし、聞こえてくる声はみっつみたいだぞ。



「古い言葉ですね、再会を約束する歌なのでしょうか」



 間違いなく、一人は巫女だ。皆生きているのか? イヴセーリスは無事か?



*** ちゃんと生きていますよ、ご心配なく。我々の心配などしていないで、この機にさっさと移転なさい ***



 あ、まだ繋がってるんだ、良かった。



*** ご無事で良かった、姉上。私はこれにて失礼します。ご無事でゲマドロースを封じられます様祈っております ***


*** ええ、ありがとう。貴方もさっさと帝国を掌握しちゃってね。ご武運を祈りますわ、勇ましき氷の巫覡 ***



 我が巫覡もまだ二人と繋がっておられる様で、巫女へと語りかけた後すぐに気配が消えてしまった。巫女の迷惑にならないように、移転なさったのだろう。



「皆、生きてるらしいぞ。俺たちは最後でいい、移転を始めろ」


「待ってくれ! せめてティーの姿だけでもっ」



 後は術の発動をするだけの状態で待機する神編術師の方へ引きずられて行く、二柱の愛し子君が必死でもがいている。

 気持ちは分かるが、ここに残して怪我でもされては巫女やイヴセーリスに向ける顔がない。

 彼には申し訳ないが、すぐに移転してもらう。



*** 全然、申し訳なくなんてないよ。ちゃちゃっと連れてって! 本当にイーってば残念なんだから、もう ***


*** 彼も侍従として必死なんです。そうスパッと残念と断言したら可哀想ですよ、お姫様 ***



 何が残念なのかは知らないが、イヴセーリスのちっとも可哀想じゃなさそうな感じに、他人事ながら悲しい気分になった。

 二柱の愛し子君を気の毒に思いつつも早く行けとクアーケルとピスティアブに手で指示をして、消え行く彼らを見送る。

 完全に消える直前、彼らの顔が驚きの表情へと変わり背後から大きく何かが弾ける音がした。

 何事かと振り返って目に入った光景は、信じられないもんだった。



 巫女がゲマドロースや イーネルトだった者みたいに単独で宙に浮き、激しくゲマドロースと剣を切り結んでいる。

 なんで浮いてんの? 乗っていた天馬カエルクスは消えてるし、巫女の身体が蒼色と紅色の光りで淡く包まれている。

 更には巫女の側には女性らしき姿が朧気に寄り添って、巫女とクリュセラと共に歌っている。何あれ。


 巫女の剣は恐ろしく早い速度でゲマドロースを突いて、凪ぎ払い、腹に穴を開けて足を落とす。剣を振るう速度はゲマドロースよりずっと早く、狙いも正確だし一刀で手足を両断する膂力まで備えているじゃないか。


 強欲の男神が宿った奴を相手にあれだけ戦えるんだ、人間だった時のゲマドロースなぞ簡単に始末できたんだろう。

 そりゃ、俺たちは邪魔だろうし巫女が余裕だったはずだわ。

 遂に、巫女がゲマドロースの四肢を切り落とし奴を小さな球形の結界に閉じ込めると、手鏡をその結界に向けた。


 直ぐに手鏡から白く光る熱線がゲマドロースに向けて発せられ、熱光線は奴の腹を貫き皮膚を焦がしていく。熱光線の先端は結界の内側を乱反射して、何度も何ヶ所も貫いて薄くなり消えていくのだった。

 だが、熱光線は尽きることなく手鏡から発射され続けており、終わりなく奴の全身を焼いて行く。しかも、手鏡はジリジリと内側の結界に沿って移動しており反射する場所が変わり続けるために、奴の貫かれ焼かれる場所も変わり続けて身体の修復が間に合っていない。


 巫女の狙い通り、いつかゲマドロースに宿る二柱の神は身体を治す力が尽きて、再生できなくなるだろう。いくら神といえども、宿主であるゲマドロースの身体が失くなれば何もできない。



*** 国を覆う結界を展開しますよ、早く移転なさい ***



 うっかり見入ってしまった俺たちの方を向いて、イヴセーリスが忠告してきた。

 巫女は二重の外側の結界に手を着いて荒い息をしてるみたいだし、どうやって国中に結界を張るんだろう。



「行きますよ、イーサニテル様!」



 無言で彼らを見つめる俺のをアラネオが強引に引き寄せ、神編術師は移転を開始した。

 まだ術で強化された目で見えるイヴセーリスは、綺麗な顔に笑みを浮かべて手を振っている。だが、おい待て、腹の穴が増えてんじゃねぇか。振っている手からも血が滴りおちているぞ。



 「そんな笑ってないで、早く手当てしろよ!」



 心と口の同時に叫んだ俺に、イヴセーリスは更に楽しそうに笑いを深めて語りかけてきた。

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