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魔女セリスと8人の大魔女 〜この世で二度目の大厄災〜  作者: もーる
第6章 目指すべき場所
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44頁目.証明と探知と被検体と……

 ルカは一時的に記憶を失う奇病『忘風病』を発症している。

 その事実を当の本人から告げられたセリスたちは困惑していた。



『お前が……忘風病だって? それにさっきの口ぶりからすると、昨日会ったばかりのアタシたちのことすら忘れてるってことか?』


「ええ、だから試したのです。忘風病のことをよく知らないあなた方にボクが忘風病だと明かしたところで意味はありませんし、何よりもこの事実を誰も知らないんですから」


「それ、あたしたちに教えても良かったんですか? これでも魔女見習いの身なんですけど……」


「そこの使い魔さんの話であなたが大災司(ファリストス)を倒し続けているという例の魔女見習いだということに気が付きました。ただ、実力があるからといって信頼に足るかは別で判断する必要があります。ですので、そのための時間が必要でした」


『つまり、信頼できると判断したから話したってことで良いんだな? だったら教えて欲しい。お前がどうして忘風病になっているのか、お前は一体何をしようとしているのか。教団の動きが分からないなりに別で手を打ってあると、アタシはそう思っているんだが』


「分かりました。その辺りの情報を全てお話しします。もちろん、他言無用でお願いしますよ」



 セリスたちは頷く。

 ルカは話を始めようとするが、一瞬止まってセリスたちにこう言った。



「あぁ、その前に……。改めて名前を教えていただけますか? この忘風病が治った時にはあなた方の名前を思い出していることでしょうし、これが最後の自己紹介ということで許してもらえませんか?」


「そうでしたね。あたしは魔女見習いのセリスです。よろしくお願いしますね、ルカ様!」


「さ、様……?」


「俺は姉ちゃん……セリスの弟でフィンと言います。姉ちゃん、大魔女に憧れてるんですよ。なので、呼び方とかはあまり気にしないでもらえると……」


「な、なるほど……」


『アタシはクロ。セリスたちを導く使い魔みたいなもんだと思ってくれれば良い。さあ、話をしてくれ』



 ルカは少し怪訝な表情でノエルを見るが、やがて納得した顔をして話を始めた。



「まずは忘風病の原因である風……。ボクはそれぞれ『忘れ風』と『治し風』と呼んでいますが、それらは1~6日毎に吹くんです。そして、それが明らかになったのは今日のことです」


『それまで誰も気づかなかったんだから無理はない。だが、それなのにどうしてそんなことが明らかになったんだ?』


「そういえば、さっきから不思議に思ってたんですよね。どうしてルカさんって自分が忘風病だって自覚があるんだろう、って。もしかして、忘風病の仕組みが明らかになったのって……」


「ええ、ボクがこの身を張って証明したんです。ボクは今日、忘風病になると分かっている状態で『忘れ風』が吹くと思われるエリアへ向かったのですから。昨日までに判明したことは全てこの部屋の日記を残してあったので、ボクは忘風病だと自覚できているんです」


『無茶をする……! 敵陣に単身で乗り込むようなものじゃないか! それにお前は()()()()、と言ったな。魔女にとって【証明】という言葉は何より重いということは分かっているはずだ。さては……お前、今回が初めての発症じゃないな?』



 ルカは顔色一つ変えずに答えた。



「ええ。これで3度目です。1度目から今回の3度目まで、全て自ら調査を行うために忘風病となりました。2度目までの記憶はあるので、自分の記憶が抜けている理由にはすぐに気づけましたし」


『そういえばお前は全力で身を削るタイプの魔女だったな……。それで1~6日ってのはどういうことだ? 証明したと言う割にはブレているようだが』


「『忘れ風』が吹いた1日後に『治し風』が、『治し風』が吹いた6日後に次の『忘れ風』が吹くということです」


「あれ? さっき、ルカ様は忘風病の情報が届いたのは先週って……。7日のサイクルの忘風病を3回経験するには3週間必要なんじゃ……?」


「情報が届く前から、ボク自身はこの国の異変に気がついていましたから。風の流れが妙におかしいエリアがあることには2か月前から気づいていました。これでも風の大魔女ですから、風を探知する魔法を国中に張り巡らせていたんです。ですが、ボクの探知の魔法を知っていたのか、連中は半年前から2か月前の間ずっとボクの目を欺いていたことになりますね……」


『実際にその風の正体を知ったのはここ1か月といったところか。確かに大魔女の目を欺く方法を持っていたんだろうが、流石に気づけなさ過ぎじゃないか?』



 ルカは少し苦い顔をする。



「連中は恐らく、ボクの魔法に探知されないように通常の風に紛れて呪いを使っていたんです。ボクの風探知の魔法はあくまで研究のために風を観測するためのものであって、細かな異常を探知するものではありませんから。しかし、人工的に作った風を吹かせ続ければ、やがてそれは自然の風の流れを乱すようになる」


『それに気づかないお前じゃない、か。なるほど、責めるような言い方をして悪かったよ。じゃあ、逆に言えば連中の活動範囲は分かっているってことになるな。どうして早急に止めに行かない?』


「連中の目的は依然として不明ですし、強行策に出ようとしたところで忘れ風を吹かせて妨害してくることでしょう。そうなると無辜(むこ)の民を巻き込む事態になりかねない。今の被害状況を悪化させるより、冷静に対処する方法を探ることが優先事項。ボクはそう判断しました」


『考えあっての行動、って意味では手を打っていると言えるか。それだけ早く分かっていながら国民にそのエリアを警戒するように伝えていないのは、連中を泳がせるためだったんだな』


「それで、対処する方法は見つかって……ないですよね。だったら忘風病に自らかかる必要性はありませんし」


「フィンの言う通り、対処方法は見つかっていません。今は検証をしている段階なので」



 セリスは首を傾げる。



「検証? ってことは、もしかして忘風病に勝てる魔法を考えてるとか……?」


「その通りです。ボクは自らに降りかかる忘風病を打ち消すことができる魔法の結界を研究しているところです。達成状況としては4割といったところでしょうか。とはいえ、失敗するとこのように忘風病になるので、研究の進みは悪いと言えるでしょうね……」


『記憶が消えるのは厄介だね……。最短の計算をすると、忘風病になった時点で少なくとも6日分の記憶をその1日だけ忘れる。そして、思い出した時には忘れていた頃の1日を忘れてしまう。一見すると1日の遅延のように見えて、実際は2日以上の記憶の遅延が起きることになるんだから』


「そうか。忘風病になっている間は忘れた記憶との整合性を合わせるので精一杯で、前日までの作業の続きなんてできっこない。ルーチンワークで仕事してる人ならまだしも、研究みたいにコツコツ進める作業をしてる人からすれば大きな痛手だ……」


「後であたしたちにもそのエリアを教えてくださいね、ルカ様。このタイミングで忘風病になったら試験どころじゃなくなっちゃいますし……」


「ええ、もちろん」



 セリスは胸を撫で下ろした後、ルカに尋ねた。



「ちなみに、あとどれくらいでその魔法は完成する目算なんです?」


「このペースなら、あと1か月あれば残りの6割を達成させられます」


『セリスの試験4回分だね』


「うわぁ……。嫌な計算……」


「スティアさんに聞いた限りだと次の試験は3日後だから、実質的には3回かな? 初回でクリアできるとは思えないし」


「細かいところは気にしないで良いの。まあとりあえず、ルカ様が忘風病になった理由も何をしているかも全部聞けたってことで良いですよね?」



 ルカは頷く。

 すると、セリスはフィンとノエルに向き直って言った。



「じゃあ、次はあたしたちが何をできるか。それを考えましょ」


『研究を手伝うにしても、現地調査にも魔法の作成にもセリスは関われない。忘風病になるわけにはいかないし、セリスの知識ではルカの研究内容はさっぱりだろう』


「あたしにできるのは空間魔法で転移させることと……物体の時間を巻き戻すことくらいね。例のエリアに運ぼうとした時点で空間魔法を通じて風がこっちに来ちゃうし、魔法を使ってサポートするのは難しそう」


「じゃあ、被検体とか? ルカさんがこの魔法の研究を1人でやってるってことは、自分でしか試せないってことだろうし」


「あ、被検体になってもらえるのはありがたいです。風魔法と風魔法をぶつける研究なので、失敗した場合は結構痛いとは思いますが……」


「フィン、出番よ」


「はいはい、そう言うと思った。っていうか、姉ちゃんは勉強しなきゃいけないんだし俺が手伝わなきゃ意味がないよ。ルカさんが良いなら俺が被検体になります」



 ルカは満足げな顔で頷いて言った。



「協力してくれるのはとても助かります。試験の作成も並行して行っているので、実際に被検体の依頼をするのは研究をする6日間のうちの3日ほどでしょうか。それでも3日間ずっと拘束することはありませんし、魔法塾にいてくれればボク自身が呼び出しますからその時に手伝ってもらえれば」


「なるほど……分かりました。次はいつでしょう?」


「ええと、次は――」



 とんとん拍子に話は進み、フィンはルカに協力することとなった。

 ルカの日記に自分の情報が記されたことを確認したフィンは、セリスたちの元へと戻ってきた。

 そして、忘風病が発生しているのエリアの情報を受け取ったセリスたちは、運良く元から安全圏にあった宿に戻るのだった。



***



 その日の晩のこと。



「フィン、テストを盗み見てくるのよ」


「却下。それはもうカンニングの範疇を超えてるよ。それにその方法だと本当に魔法と関係ないじゃん」


『アタシも一瞬考えはしたが、やめておけ。ルカが研究を進めるのは忘風病が治っている間だ。フィンがセリスの弟である以上、テスト問題には近づけないだろう』


「良いアイデアだと思ったんだけど……。まあ、2人がそう言うならやめとくわ」


「それにしても、まさかこの国で呪いのせいで変な病気が蔓延してるなんてね……。ルカさんも忘風病だなんて、思っていたよりマズい状況になってるのかも」


「え? 忘風病が呪いのせいだとは別に決まってないでしょ? 闇の教団の魔導士がそういう魔法を使えるだけって可能性もあるじゃない」



 フィンは首を傾げる。



「闇の教団の魔導士で呪いの魔法を使ってない奴を見たことないよ? だったら呪いのせいだと思ってた方が良いんじゃない?」


「決めつけは良くないわよ。もちろん呪いの可能性は高いけど、魔女見習いである以上は他の可能性も見過ごせない」


『確かに、これまでアタシたちが見てきた呪いの性質を考えると2種類の性質を持つ呪いというものは存在しなかった。呪いは未知の力だ。もちろん2種類の性質を持っている可能性もあるが、色々な選択肢を想定しておくことは大事だろう』


「記憶を巻き戻して元に戻して、さらに一定期間の記憶を完全に消せる、忘風病の原因となる魔法……。そもそもどうやって倒したものかしら。あたしは試験もあるし、あまりそっちに気を割いてはいられないんだけど……」


「うーん……? 忘風病……ルカさん……試験……姉ちゃん……」



 フィンは何か思いつきそうな表情で頭を捻る。

 そして、間もなくフィンはハッとしてセリスとノエルに言った。



「あるかもしれない。魔法を活用した上でカンニングできる方法」


「えっ、本当に!?」


「ただ、そのためには姉ちゃんにはしっかり塾に通ってもらう必要があるのと、2人に反対される可能性が……」


『聞かせてみるんだ。言うのはタダだからね』


「分かった。じゃあ――」



 フィンはセリスたちにひそひそと思いついた作戦を伝えた。



『……アタシはアリだと思う』


「工程がややこしいからまだ半分くらいしか理解できてないけど、あたしも同意見ね。でも、それってあまりに不自然な状況にならない?」


「そこを誤魔化せる理由作りも必要だね。あとは……スティアさんを巻き込むかどうかだよ」


『作戦に魔具を活用させる必要がある、か。確かにこの作戦だとあまり魔具を使う場面がなさそうだが……』


「それ以前に、本当に巻き込んで良いのかな……。これって俺たちの都合に巻き込むことにもなりかねないわけだけど……」


「だったら最初からその気で巻き込んでやるまでよ。どうせこの魔法社会で生きていく中で、闇の教団との関わりは避けられない。その始まりが今回だったってだけ。ノエルもそれで良いでしょ?」


『言い方はともかく、正論ではある。何より、その発言はセリスがスティアを信頼している証だ。お前がそれで良いと判断したなら、アタシは賛同するよ』



 セリスは頷いて言った。



「よーし、じゃあ明日になったらまたスティアと合流してこの作戦を教えてやりましょ。魔具を強引にでも作戦に入れられないか、一緒に考えるのよ!」


「明日は俺も参加できるし、さっき姉ちゃんが言ってた半分理解できなかった部分も含めて理解できるまで教えるよ」


「ありがと。じゃ、明日に備えて寝るわよ」


「そうだね、おやすみ」


『お、寝るのか。それじゃ、おやすみ』



 セリスたちは布団に入り、ぐっすりと休むのだった。

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