92頁目.村長と薬師と身震いと……
次の日の朝。
朝食を終えたセリスとフィンは、書類を詰め込んだカバンを手にして家を出た。
向かう先は、ノエルとイースが住んでいた泉だった。
セリスたちはこっそりと行くつもりだったのだが……。
「あれ、セリス? フィン君もこんなに朝早く、珍しいですね~?」
「珍しいとか言っときながら、あんたは何で家の前にいるのよ。ルナリー」
「朝は散歩が日課なので~。それで、2人はどこかへお出かけですか~? せっかく里帰りしたんですし、もう少しゆっくりすれば良いのに……」
「あんたなら分かるでしょ。あたしたちはただ里帰りするためだけにこの村に帰ってきたわけじゃないの。ちゃんと次の試験に向けた特訓をするために人目につかない場所を探そうと思ってて」
「セリスにしては真面目なんですね~。まあ、フィン君を託した以上はそれくらい真面目で居てくれた方が安心ですけど」
そう言って、ルナリーは少し寂しそうな表情をして自分の家の方へと足を向ける。
すると、セリスは言った。
「じゃあ、暇ならあんたも来る?」
「姉ちゃん!?」
「う、ウチなんかが行っても邪魔になるだけですよ~。それに、フィン君も困っちゃってますし~」
「あんたとフィンの時間を奪っちゃってる自覚はあるもの。それに、あんただってソワレ様の血を引く者として一度は戦ったんだし、あたしたちの戦いと無関係じゃないでしょ? クロ、問題ないわよね?」
『あぁ、セリスがそう言うなら問題はない。セリスがちゃんと分かっててそう言うのなら、ね』
「ん? どういうことよ?」
「昨日、アタシがお前たちの両親にできなかったあの話を、ルゥにするってことがどういうことか……。まさか、昨日の今日でそれを理解できていないセリスじゃないだろう?」
その瞬間、セリスは思い出した。
昨日、列車の中でひたすらに書かされた反省文のことを。
それが、フィンのことでルナリーを怒らせた結果だったということを。
ルナリーを引き留めた時点で、もう既にそうなることが確定してしまったことにセリスは気づいたのだった。
「ど、どうしよう……」
『せいぜい、言葉を尽くすことだね。この件について、アタシは傍観者を決め込むしかないからさ』
「今回については、俺も頑張って説得してみるよ……。とにかく話はちゃんと目的地に着いてから、だ」
「……何やら、怒る体力を残しておいた方が良さそうですね~?」
背中に圧を感じつつ、セリスたちはルナリーを泉へと案内するのだった。
***
泉に行く道中、ノエルは修行の話に極力触れないよう、世間話を3人に振った。
『そういえば、お前たちは従姉妹だったね。父方が兄弟と聞いたことはあったが、血縁関係について詳しく聞いたことはなかったな』
「ウチのお父さんが前のソワレ村の村長で、セリスたちの父親の兄だった……らしいです」
『らしい……? それに前の村長ということは……なるほど、そうか……』
「はい、ウチが病気になるちょっと前に別の病気で亡くなってしまいました。当時はウチもまだ幼かったのでよく分かっていませんでしたが、顔ならちょっと覚えてます。それからというもの、ウチはお母さんと……この村の人たちみんなに育ててもらいました」
『その……ちょっと聞きにくい話題なんだが、その後にどうしてルゥの母親は村長にならなかったんだ?』
「ソワレ村の村長は代々、ソワレ様の血を重んじた厳しい世襲制なの。だから、本来なら叔父さんが亡くなった後に村長になるのはルナリーだったのよ。でも、流石に小さ過ぎたから叔父さんの弟だったパパが村長を継いだってわけ」
すると、ノエルは少し考えた後に言った。
『……遺産やら何やらの問題がかなりややこしいことになりそうな仕組みだね』
「実際、ウチのお母さんはその相続周りでかなり苦労したと言ってましたね~。でも、元村長の家系というのはこれまでもあったので特に邪険にもされず、遺産がなくとも村のみんなが支えてくれたので頑張れた、とも言ってました」
『良い村じゃないか』
「で、ルナリーが大人になったら継承されるはずの村長の権利が、ルナリーが家を出たことで一旦白紙に。今はあたしにその権利が回ってこようとしてるところね。ま、その面倒な話があったからこそ、あたしは真面目に魔女になろうって思えたんだけど」
「その場合、俺が村長を継ぐことになるね。別に俺は嫌じゃないから謹んで受け入れるけどさ。でも、2人も村長後継者が逃げた村の村長って、なんだか格好悪いなぁ……」
「うぐっ……」
「み、耳が痛いわ……」
その状況を笑い飛ばしつつ、ノエルは冗談交じりな口調で言った。
『もしもルゥがフィンと結婚した場合、逃げた村長後継者が村長夫人になるんだな。それはそれで面白いか?』
「け、結婚!? ちょっと話が早過ぎますよ~!?」
『あれ? でもそうなるとフィンって、ソワレの遺産目的でその隣を狙われる立場になるんじゃ……』
「……え? いやいや、俺がそんな立場になるわけ……」
しばらくの沈黙の後、ルナリーは何かを思い出したように焦った表情になる。
そして、言った。
「……ウチのお母さん、最初はそれが目当てで近づいたって言ってましたね~。最終的にはおしどり夫婦と呼ばれていたようですが~。あれ~?」
「だ、大丈夫よ! ルナリーには勝ち目が大いにあるんだから!」
『まさか村長の椅子よりも、その隣の椅子の争奪戦の方が熾烈になる可能性を秘めていたとはね……。これはいよいよ、村長の椅子をフィンに渡さないという選択肢が出てくるのでは……?』
「却下です~!」
「それだけは絶対にないわ!」
『なるほど。それはそれ、だったか。なら、フィンが頑張るしかないみたいだね』
「はぁ……もう胃が痛くなってきたよ……」
フィンはそう言って深い溜息を吐いた。
すると、ルナリーが上着のポケットから何かを取り出してフィンに差し出す。
「フィン君!」
「ん? どうしたの、ルゥ?」
「はい、胃薬です! ぐいっとどうぞ~!」
「い、いやいや、今のは例えでしょ! っていうか、どうしてポケットに胃薬なんて入ってるのよ!」
「どうしてって、ウチは薬師ですし~」
「ルゥ、気持ちはとてもありがたいけど、実際に痛いわけじゃないから薬は飲まないでおくね……。ほら、飲み過ぎると毒って言うでしょ?」
フィンがそう言うと、ルナリーは薬の入った容器を戻した。
「……仕方ないですね。治験になると思ったんですが~……」
「ちょーっと待ちなさい。今から修行って言ってるのに、勝手に薬を飲ませたりしないでくれるかしら? もしもがあったら困るんだから。フィンもいつも言ってるけど、この子からもらった薬を不用意に飲まないでよ?」
「分かってるって。治験は修業がある程度落ち着いたら、ね」
「あれ? でも修行ってセリスの修業ですよね~? どうしてフィン君の体調が関係してくるんです?」
「えっと、それは……」
フィンが言い淀むと、ルナリーはぽんと手を叩いて言った。
「なるほど、それが後で説明する話ということですね~。まあ、昨日の反省文の分でウチはしばらくセリスの好きにさせようとは思っていますから、気にしないでください~」
「う、そう言われると返す言葉もないっていうか……」
『……後が怖いな』
すると、先導していたセリスが立ち止まる。
一行は、森の奥に広がる大穴を目にした。
円形に崩れた地形になっており、穴の中に広がる草原の中央には一軒の家がある。
「確かこの辺に……あった」
フィンが近くの茂みを探ると、そこには石が積まれた階段があった。
「危ないからって、上りやすいようにフィンが整備して階段を作ってくれたのよ。この辺、水で満たされていた割に地盤がしっかりしているみたいね。まだ壊れずに残ってるなんて」
『地盤が崩れたりすると泉の結界が自然に壊れてしまう恐れがあったからね。その辺りは見た目以上にしっかり作ってあるはずさ』
「道理で、この辺の土を掘れなかったわけだよ。土魔法で強化されてたんだね」
『そういうことだ。だが、こんなに大きな穴が開いたというのにどうして誰も立ち入った形跡がないんだ? 随分と草花が茂っているようだが……』
「そう言われてみると確かにそうね。誰にも見つかってないから……って考えるのは楽観的過ぎるかしら?」
「でもその方が、例の修業を行う場所としてはもってこいじゃないかな。人目についちゃダメなんだし」
すると、ルナリーが手を上げて言った。
「ウチは人目にカウントされないんですか~?」
「そうよ、あんたも共犯……って、ちゃんと説明はしてあげないとね。とりあえず、下に降りましょ」
セリスたちは階段を降り、一軒家の前の草原に座った。
「俺は、闇魔法を習得する」
「闇魔法……って、何ですか~?」
『禁術だよ。今の法律では、使用するだけで犯罪者扱いされてとっ捕まる魔法だ』
「犯罪……!? そんな、危険です!」
「大丈夫よ。見逃してくれてるだけではあるけど、大魔女の許可はちゃんと取って……って、危険かどうかの方が大事なのよね、あんたは。その辺り、どうなの? ノエル」
『危険の有無については、ないとは言いきれない。だが、どんな闇魔法を使うか……ってところだね。それに、今回修行するのはあくまで闇魔法への対抗手段となる魔法を編み出すこと。実際に技を受けるのはセリスの方だ』
すると、ルナリーは首をぶんぶんと横に大きく振って言った。
「フィン君はもちろんですけど、セリスも危険なのは良くありません! どっちもウチにとっては大事な人なんですから!」
「……らしいわよ。これ、フィンがどんな魔法を習得して、アタシがどんな魔法を編み出すかによって話が大きく変わりそうな気がするんだけど」
「確かに、ノエルが教えてくれるとは言ったけど、どんな魔法を習得するのかは聞いてなかった。一応、ノエルの資料の中から闇魔法に関係しそうなものだけ持ってきたけど……」
「って、あれ? ここまで来て今さら気づいちゃったんだけど、大前提からおかしくない?」
「大前提? 何のこと?」
「だって、魔力もないフィンがどうやって闇魔法を習得するのよ? 魔導書を使わせるってわけでもないんでしょ?」
すると、フィンはきょとんとした表情で言った。
「俺、多分闇魔法使えるよ? ねえ、ノエル?」
『あぁ、間違いなくフィンは闇魔法を使える。アタシのこの目に懸けてそう言えるとも』
「……え? でも、フィンは魔力がないんじゃ……?」
「うん、俺自身に魔力はないよ。でも、俺は魔法を使う手段を持ってるでしょ?」
「……もしかして、その籠手? 『創神の御手』……だったっけ。でもあれって基本属性の魔法しか使えないはずでしょ?」
「俺、てっきり姉ちゃんは既に気づいてて、ここまで来てると思ってたよ。それじゃ……この籠手で魔法を使うために必要な素材は何だった?」
「それくらいは覚えてるわよ。『虹魔石』よね」
フィンは頷く。
「その特性は?」
「魔石の中で複数の魔力を有するもの、だったわよね。凄いのだと1個で1億Gは下らないっていう……。それの材料になったのもそれくらいするやつだったわね」
フィンは再び頷く。
その隣で、ルナリーは目の色を変えて静かに驚いていた。
「じゃあ、最後の問いだよ。その材料になった『虹魔石』について、ロヴィアさんは何て言ってた?」
「確か、全ての魔力を有している、だったかしら? でもそれって自然に存在している基本属性の魔力の話でしょ? 基本属性に闇魔法は…………あ、そっか。かつて闇魔法も基本属性に含まれていたんだったわね。すっかり忘れてたわ。って、もしかして闇の魔力がそれに入ってるってこと!?」
「一番大事なことを忘れてたんだね……。でもその通りだよ」
『あぁ、アタシはこの目でその魔石の中に闇の魔力の存在を確認している。だからこそ、アタシはフィンに闇魔法を習得させるって言ったんだ。流石にそこがノープランなわけはないだろう。仮にもアタシは闇の大魔女だったんだからな?』
「おみそれしたわ……。でも、結局のところどんな魔法を使うのかも、あたしがどんな魔法を編み出すかもまだ決まってないのよね。それって実質ノープランってことにならない?」
『闇魔法は全ての魔法の中で最も危険な魔法だ。適性の有無を確認した状態で魔法を習得しないと身を滅ぼすことになる。例えば、アタシは束縛系や簡易的な呪いといった、他対象に対しての持続的な攻撃を得意としていた。それ以外の闇魔法を使おうとすると、悪寒と吐き気が止まらなくてね』
それを聞いて、3人は小さく身震いをした。
『だから、色んな種類の初級闇魔法を試してみるしかない。とはいえ、今回の修業のメインとなるのはセリスの魔法の方だ。ディーザの呪いに対して決定的な一撃を加えられる魔法を習得できないと、セリスは間違いなく今後の戦いから外されることになる。それは嫌、だろう?』
「もちろん嫌に決まってるでしょ。あいつをぶっ飛ばすために魔女になることに決めたんだもの。もちろん、最終目的はフィンの腕を治すことだから、それが叶うまでは殺さないけどね」
「でも、あいつは殺意を持ってこっちに攻撃してくる。いくら姉ちゃんに殺意がなくても、死と隣り合わせな状況であることは分かっててよ。姉ちゃんが対抗策となる魔法を習得できないと、危険なのは姉ちゃんだけじゃないんだからね」
すると、震えた声でルナリーは言った。
「さ、殺意なんて……。確かに、セプタに来ていた大災司とやらはとても怖かったですけど……。やっぱり、2人は止めても無駄……なんですよね……?」
「ええ、そうね。だから、ルナリーはあたしたちを見届けてくれないかしら。これはあたしたちが死なないための修業なの。死と隣り合ったりしないように、隣り合ったとしても振り切れるように。そのための禁術の習得なんだから」
「……そうですか。それじゃ、ウチの予感は当たってたってことですね~」
そう言って、ルナリーは肩から提げていたカバンの中から水色の液体が入った瓶を取り出す。
セリスたちはその色に見覚えがあった。
「それ、『魔力回復薬』? 持ってきてたの?」
「ただ里帰りして終わりとは思っていなかったので、在庫をありったけ持ってきました~。いざとなったらウチがこれを飲んで、闇魔法を打ち払っちゃいますよ~!」
『そうか、ルナリーは光の魔力量が凄まじいんだったな。戦力に……は、流石にできないな。魔女でもないルナリーを前線に出すわけにはいかないし、魔力量が凄くても魔法を使えるわけじゃない。だから残念だけど、いくらその薬を飲んだとしても、前みたいに何かに魔力を込めることくらいしかでき…………って、うん?』
「どうしたのよ、ノエル…………って、え?」
「姉ちゃん? どうしてルゥの手をそんなにじっと見て………………あれ?」
セリスたちが見つめる目線の先。
ルナリーの右手の人差し指に、藍色の宝石がついた指輪があった。
『それ、アタシの目にはマリンの指輪と同じ魔法がかかって見えているんだが……?』
「うん、色合いも造形も間違いなく『藍玉の涙』と同じよ! どうしてルナリーがその指輪を持ってるの!?」
「これはサフィアさんにこの前のグッズの報酬としてもらったものです~。『藍玉の涙』の複製品だから、ウチが持っていたらいつかフィン君たちの役に立つ……って言ってましたよ~」
『マリンの奴、指輪の複製品の在庫を大魔女に押し付けていたんだな……。ってことは、もしかしてルゥの魔力があれば、あの指輪の光魔法も使える……ってことか?』
「サフィアさんはそう言ってましたね~。複製品なので劣化はしているけど、数回くらいなら使っても壊れないはず……って言ってました~」
『なるほどね……。その指輪に内包された魔力は原初光魔法を使えるほどではないだろうから、これまでその光魔法については宝石内に術式が描かれているだけに過ぎなかった。だから複製品として広まっても問題はなかったんだ。だが、持ち主がその魔力量を代替できるなら話は別だ』
「そういうことだったんだね。うん、その指輪があればもしもがあった時の保険にはなると思う。それじゃ、ルゥ。俺が習得する闇魔法がもし暴走したらすぐに指輪を握って詠唱するんだ。それ以外でも、危ないと思ったら使って欲しい」
ルナリーは右手を握りしめ、大きく頷いた。
そうして、ルナリーの合意が取れたことで、まずはフィンの闇魔法習得のための特訓が始まったのだった。
***
それから数時間後の昼過ぎ。
フィンはまだどういった種類の闇魔法を習得できるのか、掴めずにいた。
あらかた試してみたものの、フィンの手に馴染む闇魔法が見つからなかったのだ。
魔法は成立する前に霧散し、闇魔法が使われたという痕跡すら残らないほどだった。
休憩中、フィンはノエルに尋ねた。
「ねえ、ノエル。俺、闇魔法のイメージが全く掴めてないんだけど……どうすれば良いかな? 魔法を使う時ってイメージが大事だって知ってはいるんだけど、闇って概念が曖昧過ぎて……」
「確かにディーザが使ってるのしか見たことないわね。禁術だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。そう言われてみると、あたしもあんまりイメージは湧かないわね……」
『そういえばその辺りの過程をすっ飛ばしていたな……。闇魔法を見たことがない世代だってことを考慮するべきだったよ。じゃあ、アタシ自身の話をしてやろうじゃないか』
「ノエル自身の話? どういうこと?」
「そういえばさっきからノエルだとか大魔女だとか、色々とクロさんに話してますけど……。どういうことなんです……?」
「あ、そうだった! ルゥにはクロの正体について話してなかった!」
『そういえばそうだ。それじゃ、そこの紹介が終わってから、この話を続けるとしようかね』
セリスたちは手短に、ルナリーにノエルの過去と正体を説明した。
ノエルが自分たちの遠縁で、しかもソワレの妹という話を聞いた時、ルナリーはこの日一番の驚きをしていたのだった。
当然、セリスたちはルナリーにしっかりと口止めをし、ノエルの方へと振り向く。
「じゃあ、さっきの話に戻すわね。闇魔法の話をするのに、どうしてノエル自身の話になるの?」
「闇の大魔女だから……ってことじゃないんだよね、多分」
『そうともさ。実はアタシはね。このメモラに来るまで……闇魔法なんて使えなかったんだ』




