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銀河榛茶はおそらく私を

 実年齢と精神年齢が合致しない。

 自己紹介ではなく、一般論としてだ。見た目と実年齢が合致しないケースなんてごまんとある。17歳で同じクラスの子と歩いていたらその子の親と間違えられる学生とか、30歳越えても年齢確認をされる管理職とか、75歳、変形性膝関節症を患い身体は年相応ながらシニア割を申告すると軽蔑される高齢者とか。

 そんなことあるわけない、に生き辛さを覚えより居場所がなくなる、なんて話題をネットニュースで見た。

 同じように実年齢と精神年齢が合致しない人はたくさんいる。

 老成した子供とか子供みたいな我がままを言う大人とか。

 生涯現役と笑って腰を痛める勘違いおじさんから若い女に張りあうお局プリンセスまで。

 話をしていれば何となく、「幼いな」「大人だな」くらい、ざっくりと見当がつくだろう。わざわざ心の声をきいたりせずとも。

 でも私は違う。この人は20歳くらい、この人は50歳くらいだなとハッキリわかる。

 何故なら「視える」からだ。


「深見さん、果港の不審死体、違法薬物の反応が出ました」

 本部庁舎を歩いていると、後ろから声がかけられる。警察の依頼によって遺体を調べ、なにがあったかを突き止める監察医の末延部(みのべ)さんだった。

 末延部さんの横には若干若い顔の女が付き添う。背後霊ではなく彼女の精神年齢が可視化されているのだ。真面目で通っている彼女だけど精神年齢のほうは若干浮かれている。

 無理もない。彼女はドラマに憧れ監察医になったタイプで、本来メールで調査報告を行うものだけど、メールをしたうえで調査報告を持参し捜査一課の警部である私のもとへ直接やってくる。

 捜査一課と直接関わりたい、そんな理由で。

 確かに捜査一課は主に殺人とか放火、強盗を取り扱う部署で、他人に説明する時は必ず「あードラマで見る!」と話題になる部署だし、一課を目指す人間は多い。しかし休みはないし取り扱う事件の性質上、まともな性格の人間はいない。一般人相手の合コンの場では「え……本当に?」と虚偽を疑われ、同業合コンでは「一課ねえ……」と、うっすら嫌な空気を醸し出される部署なのに。

「特定できた?」

「いや、色々混ざってるのと海水浸水時間経過で最悪みたいですね」

「じゃあ組織犯罪対策部に連絡しといて、一応四課にも」

 組織犯罪対策部の四課は主に暴力団を相手にしているところだ。暴力団と見分けが付かない人々で構成されており、テレビで暴力団事務所の突入風景が放送されると「どっちがどっち⁉」とSNSがざわつく。そして四課の人間はそれを喜ぶフシがある。向こうからすれば相手に舐められないようにしているし、弱くみられるだけで命取りだ。だから強くみられることがステータスだし、そういう意味ではSNSで話題の「外見至上主義」みたいな部分もある。

「深見さん」

 そのまま廊下を突き進んでいると向かいから男が歩いてきた。

 ミュージカルにでも出てきそうな、演技じみた王子様みたいな容姿と雰囲気を持つ──銀河榛茶(ぎんがはるた)

 私と同い年の34歳、警部、という共通点を持つ、組織犯罪対策部の四課の男だ。

 四課所属の人間の「銭湯に入ろうとしたら止められる感じ」が一切ない、喫茶店でノートパソコンでも広げてそうな見た目をしている男。キャリア的にもスペック的にも分かりやすく異端児。

「ああ、お疲れ様です……」

 私は軽く会釈をした。色々共通点はあれど、銀河榛茶には苦手意識がある。私が女で銀河榛茶が男なことで、少しの関わりでも「色気づいてる」とか「職場恋愛」とかガチャガチャ言われることとか、接触デメリットはきりがない。

 でも、最たるものが──、

「……」

 私はやや目線を下に落とす。5歳くらいの子供が私の太ももに抱き着いている。迷子ではない。銀河榛茶にそっくりの子供だけど、銀河榛茶と血縁関係はない。当然私とも。

 そして、子供が見えてないかのように平然としている銀河榛茶の背後には14歳くらいの銀河榛茶が死んだような目でこちらをじっと見ている。

 銀河榛茶三人衆。

 地獄の怪奇現象としか言いようがないこの状況は、私にしか視えてない。

 ようするに私の太ももに抱き着く5歳と何でか私を睨む14歳は銀河榛茶の精神年齢が視覚化されたものだ。私は投影体と呼んでいる。

 多分もっといい呼称があるだろうけど他人の精神年齢が実体化しているように見える人間と会ったことが無いから分からない。

 私の視えている世界だと、人間が一人いればその人のそばに精神年齢が投影された存在が立ってたり座ってたりする。本人から大体1メートル以内にいる。声までは聞こえない。物理接触もできない。交流は一切できない。

 うちの父親の場合は18歳くらいの学生服の父親がいつも母親の方角を向いている。表情も大体連動している。大抵みんなそう。

 でも銀河榛茶の場合は二人いるし、表情も本人、投影体5歳、投影体14歳、全員バラバラという地獄仕様だった。しかも大体の投影体はその人の傍にいてある日突然発生しない。でも銀河榛茶の投影体5歳児と14歳は突然現れた。

「どうしました?」

 銀河榛茶は首をかしげる。どうしたか聞きたいのはこちらのほうだ。いや、聞きたくない。「お前の五歳児が私の太ももに張り付いてくるのをなんとかしろ」と言ってやりたい。

 しかし事情を説明したとて、この状況は改善しない。

 私は「別に」とそっけなく返す。

 彼に愛想良くするともれなく年上後輩連中から「色気づきやがって」とやっかまれるのもあるけど、普通に彼が怖いからだ。

 精神年齢の投影体は誰でも持ち合わせる……というと物を扱うみたいだけど、皆、少なからず実年齢と精神年齢には差があり、投影体がそばにいる。なのに銀河榛茶の精神年齢投影体はある日突然湧き出てきた。

 つまり元は存在してなかった。それすら奇妙なのに突然二匹出てきているのだからより怖い。

 私は臨床心理士の資格を持っているから、しようと思えば銀河榛茶の心の問題にアプローチ出来るが、この男は私に相談をしてこない。私が突然彼の精神年齢の分離について指摘したら頭がおかしいと思われる。「深見は病気かもしれない」と銀河、もしくはその周囲に訴えられれば私は終わりだ。キャリアごと死ぬ。

「あ、そういえば、果港の不審死体、違法薬物の反応が出たので、報告がそっちに行くと思います」

「分かりました。薬物の種類は?」

「まだ特定までは……時間が経ってるのと海水の影響でだいぶあれみたいで」

「薬物中毒に見せかけたか、元々薬物中毒者か……身元もまだですよね?」

「まだです。解剖難航してるみたいで……こっちは行方不明者探してますけど、まぁ、捜索願出されるような人間じゃない可能性のが高い……」

 果港は豪華客船のほか輸出輸入の船も行き交う国単位で重要な場所で、国内の反社会勢力──蜂辻、蛇財、蜘蛛田と三つの派閥が縄張り争いをしているところに、縄張り争いの隙をつこうと海外勢力も関わっている。いわくつきの場所といっていい。

 大きな組織が関わっていた場合、警察の捜査を嗅ぎ付け身代わり出頭が発生したりするものの、今回は調べてもそうした動きは無い。暴力団は関わってない気もするけど、薬物反応が出れば四課を呼ばないわけにもいかない。

「今回大規模になりそうですよね、死体が見つかったのは県境ですし」

 銀河榛茶がスマホを眺める。画面には海図が表示されていた。

「よそから流れ着いた死体ならその出所がある。身元が分かるまでは総当たりで行きますよ。連続事件の発端か、過去の事件と繋がってるかも分からないですし、裁判中の事件と関連があるかもしれませんからね」

 犯人を見つけて解決、なんて単純にいけばいいけど現実は違う。事件が何処に繋がっているか分からない。裁判中の容疑者の犯行と分かれば色々変わってくるし、不謹慎な言い方だけど連続殺人の初回なら次の被害者が出る前に何とかしなければいけない。

 過去があり現在があり未来がある。全て、繋がっている。

「それに、人が死んでいることなので──」

「三代目様のお通りだァ」

 銀河榛茶と歩いているとすれ違いざま、クソ爺に吐き捨てられた。いちいち振り返らない。こういうことは日常茶飯事だ。

 だからこんなくだらない言葉なんて相手にしてられない。

 そのまま銀河榛茶は何も聞こえていない素振りで「進捗があったら」と言い去っていった。


 三代目様、親の七光り、世襲制警部、血縁出世。警察組織に入って無限に言われた悪口だ。男女問わず年代問わず。簡単にまとめれば私の祖父と父は警察の人間で、祖父は警視総監ののち引退、父親は現役で最年少警視監を務めている。私が今の役職についているのは実力……のつもりだけど実際のところ血筋の影響が全くないわけじゃないと思うし、何か言われることはやむを得ないと割り切るしかない。そういうことを言えないよう、仕事で黙らせればいいと働きつつ、反骨精神で捜査すべきか? と立ち止まる部分もあって、考えないようにしている。

「お坊ちゃんに何が出来るかっての、くっだらねえ、なんであんなんに指図されなきゃいけねえんだよ」

 聞き込み調査の計画を立てながら、別件の資料を漁っていると、悪意の籠った声が聞こえてきた。

 四課の人間だ。お坊ちゃんというのは銀河榛茶の敬称である。私は血筋、銀河榛茶の場合は四課らしくない見目、変えることが出来ないものが起因して、私たちは自分たちの戦うフィールドで居場所が無い。合同捜査の時に情報が無い、後手に回るなんてことも多々あった。

 ──仕事なのに。

 ──仕事がしたい。

 ──くだらない。

 何度思ったか分からない。理不尽への諦め。

 でも実力でねじ伏せるしかない。

 うっすらとした袋小路の中、銀河榛茶へ共感には至らぬ共通点を感じていた。

 だから、正直に言えば銀河榛茶が投影体を持たないことについて、奇妙と思いつつもどこか「銀河榛茶はそういう人」と理解できずとも認識していた。

 でも、投影体が二体出現したことで今まで気にならなかった「かつて銀河榛茶が投影体を持っていなかったこと」への違和感が強まった。

 自分と似ていると思っていた存在が、実のところ想像とまるきり違っていた忌避感かもしれない。だとしたら自分自身が気持ち悪い。私は銀河榛茶に対して「自分の思い通りであれ」と願っていたということだ。人権侵害も甚だしい。

 他人はどこまでも他人。

 こうあれと願うのは支配と変わらない。

 とはいえ。

 私は傍に立つ銀河榛茶投影体14歳バージョンを一瞥する。相変わらず無言、無表情で私をジッと見つめている。拳を握りしめながら。本体不在の状態で。

 なんか恨みでもあるのか。

 何がそんなに気に入らないのか。問い詰めたくなるけど投影体と意思疎通は出来ない。そして五歳児のほうは目に涙を浮かべながら私の肘をぎゅっと掴んでいる。感覚はない。

 ストーカーじゃんこんなの。

 すごく思う。

 ストーカーじゃんこんなの。

 法に触れてるだろと。

 しかも五歳児のほうは触ってくるし。太ももに纏わりつくわ肘を掴むわこの間は子供が母親に慰めてもらうように胸に顔を沈めてきた。

 でも投影体にストーカーとセクハラされてるなんて誰にも信じてもらえない。普通に私のストレス症状の影響として休暇を言い渡される。自分ですら今見ている私の世界は心の問題ではないかと思うくらいなのだから他人には無理だろう。

 家族は一応、私の能力を信じてくれてる。元々……母親が人に信じてもらえないような能力を持っているからだ。


 母親は、私の上位互換であろう、「心の声が聞こえる」という能力を。

 母親は自身の苦労や苦痛の話をしないけれど、幼い頃、能力によって相当な絶望を味わっていると思う。何故なら父親と出会う前の話を一切しないし、何かあったら自分か父親、家族に絶対に相談してほしい、守ると小さい頃から言われていた。今も言われている。 

 だから家庭内に味方はいるけど、仕事では完全にアウェー、味方がいない。家族がいる分いいだろうと思われそうだけど、それはそれとして私はキツい。キツいからといって辞めたくないので逃げ場もなく、自分の決めた道と処理しているが心は摩耗はしていて、自暴自棄寸前、非公式同族認定中の銀河榛茶を思い出し、精神の安定をはかっていたら投影体が二匹出現、私のストーカーになり今に至る。

 五歳と十四歳、それぞれの銀河榛茶の精神年齢投影体はただここに存在しているだけで、この場にいる四課の人間の悪口は聞こえていない。ただいるだけ。もっと言えば現在の本体の心と連動しているので、今泣きそうだったり暗く考えていたりしている──ということだろう。目の前の四課の人間の悪口なんて知る由もなく。

 なのに、許せなかった。

「貴方たちより出来ることがあるから貴方たちを指図できる立場になったんじゃないですか」

 私は四課の人間に吐き捨てるように伝えた。

 人間の心理とは面白いもので共通の敵が生まれると面白いように結束が生じる。団結には共通の敵を生むのは一番。つまり円滑な組織運営には生贄が必要だ。

 私は四課の人間と結束が取れずとも問題がない。私の育ちは変えられないし変える気もない。祖父や父と同じ道を歩むと決めたときから覚悟も出来ている。

 それに皆に嫌われず生きていくことなど無理だ。正しく生きた人間だってふいに殺され、ただ生きたかった人間が道を誤り人を殺す世界なのだから、人間にどう思われるか気にしていてもきりがない。どうでもいい人間にどう思われたところでどうでもいい。向こうだってどうでもいいと思っているのだから。

「くだらない」

 私は四課に告げる。四課の人間にどう思われてもどうでもいい。そもそもなにをしたところで、こいつらが私を認めることも、私を受け入れることもない。

「お前の代わりなんかいくらでもいるんだからな」

 敵意は完全に私へ移っていた。

 心の中で思う。そんなこと知ってる。

 お前らの中で私の代わりなんていくらでもいる。

 お前らだけが私の敵じゃないように、代わりの敵だっていっぱいいる。


 死体の身元が分かった。薬物中毒の遺体は売春の痕跡があり、現在蜘蛛田会が狙っている

と匿名通報のあった児童買春、斡旋を行う犯罪組織の代表が容疑者に上がった。

 事情聴取で任意同行を仕掛ければ海外に逃亡されかねないので、児童買春、斡旋の容疑の裏どりを確実なものとし逮捕で身柄を確保する。四課と合同で犯罪組織の拠点に乗り込むことになった。しかし今回、発砲許可は降りてない。

「撃てないなら女なんか余計要らないだろ。何が出来るんだよ」

 ということで、この間の一件もあり四課との合同突入の待機中、私は完全アウェーと化した。ちなみに男女比も最悪なことになっているので、女=私となんの精査もせず特定が可能だ。

 一応、全員誰が密告するか分からないと思っているのか、四課は四課同士で私の悪口をこっそり言っている。そしてその輪には鏡河榛茶も居た。率先して悪口を言うことはしないが味方もしない完璧な処世術だ。

 ちょっとだけ「そんなことないですよ」と言ってほしかった自分の謎の心の柔さが憎い。救いなのは私がほかの人間の死角で待機していることで、鏡河榛茶に私の存在が見えていないことだろう。

 いわば私を認識せず私の悪口会に加わっているということだ。これで私を認識したまま言っていたらさすがに立ち直れなかったかもしれない。

 味方じゃなくていいから敵にもならないで欲しかったなと思う。別に銀河榛茶に、私が四課に対してやったような反論をしてほしいとは思わない。だって銀河榛茶には無理だから。私はあの瞬間、ただの勇気や正義感じゃなく、血筋的に私があいつらを潰したところで報復なんてたかが知れてると見積もってのことだ。

 銀河榛茶には後ろ盾がない。後ろ盾がない中で警部にのし上がった。行動と知能を駆使して今のキャリアを持っている。そういうところも尊敬している。

 その知能と行動力を少しくらい私に使っていただけませんか。

 勝手な被害者意識がふくらんだその瞬間だった。

「そういう面もあるかもしれないですね」

 銀河榛茶が言う。

 私は仕事中だというのにスッと感情が抜け落ちたような気分に変わった。

 さっきまでの煩悩の温度が急降下して「面倒くさい」に変換される。

 人間関係は煩わしい。他人に期待したところで意味なんてないのに。

 さらに不運は続き私の隣にいた男が体制を変え、四課の人間が「あ」と間抜けな声を漏らした。

「深見警部」

 銀河榛茶が呟く。愕然とした顔だった。傷つけられているのはこちらなのだから何故自分が傷つく顔をするのか。意味が分からないと思いつつそのまま見なかったことにする。

 お互い様だ。そもそも私たちは無関係。

 視線を逸らすと銀河榛茶5歳児投影体が目の前に立つ。そしてあっという間に泣き出した。

「え」

 と思わず声を漏らす。

 泣きたいのはこっちなんだが。

 なんで陰口言われて言った本人に泣かれて抱き着かれなきゃいけない。

 14歳投影体はどうしたのかと姿を探せば絶望としか言いようがない顔で私を見ていた。

 お前も何なんだよと言いたくなる。

 さっきの言葉は、銀河榛茶の本意ではない。

 それが痛いほどわかってどうしようもない気持ちになる。

 銀河榛茶は私を庇わないし味方にもならないというのに。彼なりの生存戦略で傷ついている。

 勘弁してほしい。

 私の代わりなんていくらでもいる、で割り切れない。

 くだらない言葉は相手にせずに済むのに、言葉すらない銀河榛茶がままならない。


 突入はドラマと異なり静かなものだ。大騒ぎして相手の意識を高ぶらせれば危険が生じる。あくまで冷静に圧倒する。ドラマや映画の世界で例えるなら行政や法律、税周りの執行に近いテンションだ。傍目に見れば派手さが無い。アクション映画でこんなシーンカットになるだろう。でもエンタメで映える場面と言うのはすなわち命の危険があるわけで、どんな業務に限らず命の危険を誘発することはあってはならない。

 ただ、どうにもならないことはある。

「海外も噛んでるなんて聞いてねえぞ‼」

 四課が叫ぶ。突入時、犯人は確保出来たものの買い取り業者の一人が銃を持っていたことで四課の一人が人質に取られた。「撃てないなら女なんか余計要らないだろ。何が出来るんだよ」と言っていた男である。そもそも発砲許可の降りてない案件なので男女共通で撃てないわけだが、因果な話だ。

 私は周囲を見渡す。容疑者の男は逮捕済みで手錠が付いており、四課の男が三人がかりで押さえているので問題なし。鏡河榛茶も傍にいる。私は同じ一課の人間に声をかけた。

「インサイド左、リードパスでイン」

 インサイドは立てこもり犯の呼び方だ。リードは私、指示合図後に確保してほしい、という意味だ。今回の合図はなにかと言えば──、

「犯人確保‼」

 突っ込む一択である。

 ちなみに私の確保はブラフだ。私がこのまま確保したとて犯人は銃口をこちらに向けるだけ。読み通り犯人は人質から銃をこちらに向けた。私の横にいた一課が動く。私を軽蔑しているが犯人を確保する意識は共通している。普通に協力できたらと思う日もあれど、物事は適宜諦めていくほかない。無いものを強請ったところで仕方がない。

 私はそのまま犯人に突っ込み、犯人の腕ごと拳銃を掴んだ。銃を奪おうとしてもみ合いになり、容疑者を撃たれでもしたらたまったものではない。警察の威信に関わる。最悪全弾私の肩に撃たせれば、犯人は丸腰だ。リロードするにも新しい銃を出す前に全て終わる。

「お前‼ まさか」

 犯人は私が避けもしないことに驚きながら引き金を引き、それでも私がうろたえもしないことに目を見開いた。全弾やられると思ったが肩三発で済んだ。犯人の腕を一課の人間がけり上げたことで銃が宙を飛ぶ。そのまま犯人確保に協力していれば「深見さん‼」と怒鳴りつけるような声が響く。鏡河榛茶だった。

「救急車早く‼」

 四課の人間にさんざん「腹から声出せねえのか」と罵られていたが、四課の人間ですら引くレベルの怒号だ。一課と四課の人間の手が開いている人間が今度は私の腕を押さえに入る。

 折れるんじゃないか。腕。

 銃弾三発なら部分骨折で済むが、複雑骨折になれば現場復帰の期間も変わってくる。

 私は「いや、待って、あの」と、止めようとするが出ていく血の量が多い。朦朧としてきた。力が出ない。先ほどまで興奮により感じなかった痛みが段々激しくなってきて、それを超える眠気に襲われ、私は意識を手放した。


 基本的に、警察組織は医療機関と繋がりがある。「癒着だ!」「国家権力の乱用だ!」と言われそうだけど、「街の高齢者の命を預かり、一人で切り盛りしているクリニックに、マシンガンでズタズタにされた人間が運び込まれ、14時間にわたる手術を行わせるのは正当なことなのか、その14時間でそのクリニックをかかりつけとしている高齢者が急変した場合、どうなるか」を考えてほしい。

 ということで私は法の下、提携の医療機関──獅子井総合病院に運び込まれた。院長直々の手術により、命に別状もなく復帰も容易らしいけど、院長の怒りが止まない。

「てめえ命を何だと思ってんだよ。てめえがやらかすたびに俺はてめえの父親にキレられんだよ」

 獅子井院長は普通に父親の跡を継いだタイプで、国内総合病院現役院長の最年少記録を更新し続けている。高校時代は校則と法の下やんちゃをしており、学生結婚をしたらしい。相手は今この病院に看護師として勤めており、院長のヤンキーっぽい感じと異なり、マイペースで明るいとも暗いとも言えない独特な雰囲気がある。

「犯人逮捕に必要なことだったので」

「銃撃つような奴なんで撃たねえんだよ」

「発砲許可がおりてなかったので」

「撃っちまえよこんななる前に。一発もらったら一発撃ったところでクビにはならねえだろ」

 獅子井院長は医者で救う側のはずだが平気で言う。「殺生は」と言葉を濁せば「急所外せよ。最悪急所でも俺が何とかする」と院長は不機嫌そうに窓を睨み呟いた。

「血筋極端なんだよな。父親と」

「え」

「お前の父親、母親のストーカー半殺しにしただろ、学生時代」

「え」

 私は何の面白みもない聞き返しを繰り返す。

 父親は母親を愛している。その感情は強い。たぶん、人より。でも普段理性的で理知的な父親が誰かを半殺しにする、なんて想像が出来ない。

「聞いてなかったか。俺の父親が治療にあたったけど、結構な感じだったらしい。なんていうの、普段、理性を抑えようとしてるぶんの反動ってあるんだよ。いい子とか、大人しいとか、気配りが出来る人間ほど、スイッチが入るか切れた瞬間はヤバいから」

 院長は私の状態を一通り確認した後、「だからまぁ、お前は父親みたいな危なさじゃねえけど、気をつけろよ。そういう向こう見ず感」と言って病室を後にする。しかし、スライド式の扉は閉じることなく、入れ替わるように一課の人間が入ってきた。

「深見さん」

 苦々しい顔つきで紙袋を抱えている。全員、精神年齢の投影体は+5歳、もしくは-5歳といった感じで大きな差はない。いつもどおり。でも、見慣れない擦り傷が頬や腕にあった。

「すみません、今回……」

「なにが」

「フォローが遅れたことで、その、身体が……申し訳ございませんでした」

 全員暗い顔だ。3発撃たれたところでどうでもいい。捜査本部の会議の時間が変更になったとき意図的に私に伝えなかったことを謝ってほしい。そのほうが私にはダメージだった。

 キャリア的にも精神的にも。

 ただ同じ班の人間はフォローが遅れたことのほうが重大で私に傷をつけたと感じている。難しいなと思った。今私が「時間変更の伝達意図的にしなかったほうが嫌だったよ」と伝えても通じないし、3発撃たれてメンタルが不安定な人として処理される。

 理解は無理だ。

「別に。それより犯人はどう?」

「はい。捜査一課で証拠固めも済んでいるので検察に引き渡しをして」

 そうして、病室にいたことで知らない情報を一課から仕入れていると、ふと違和感を覚えた。すべて筋道が通っているし嘘を教えられている気もしない。投影体に動揺も見られない。でも四課の情報がない。

「四課はなにしてるの? ある程度ほら、手柄の分割とかいろいろ……」

「その、銀河警部が謹慎になったので、そういうのは有耶無耶に……」

 一気に周囲の空気が重くなる。私が三発撃たれたことが理由なら、銀河榛茶だけでなく一課の人間も同じように処分される。紙袋を抱えてお見舞いになんてこない。

「どういうこと?」

「銀河さんが四課の人間と乱闘になったんです。で、入院してて」


 ◇◇◇


 一課の人間いわく、銀河榛茶は私が救急車で運ばれた後、四課の人間を殴りつけたらしい。とはいえフィジカルに圧倒的な差がある。銀河榛茶は人間だし、ほかの四課はほぼ熊だ。猟銃なしに熊複数体を相手にする戦いとなったため、初手だけ有利が取れたもののボロボロにされ病院送りになった。

 一課の人間の不自然な傷は、銀河榛茶と四課の乱闘の仲裁に入った結果だろう。

 そして皆、神妙な面持ちで、銀河榛茶は私を「犬死に姉ちゃん」とバカにした四課の人間に怒ったと話した。

 熊を殴るより私の悪口に同意しないほうが絶対楽だっただろ、と思う。


 私は一課の人間が帰ると、彼らの教えてもらった銀河榛茶の病室に向かった。

 ただ、先客がいたらしく声が漏れてきて、私は足を止めた。

『榛茶、警察なんてやめてこっちに戻ってきたら? 第一、あなたには向いてないのよ、こんな仕事』

 きたら、と言う割に支配的な声音だった。私の母親と同世代くらい。たぶん、銀河榛茶の母親だ。

 私はそのまま気配を殺す。廊下には丁度誰もいない。

 精神年齢の投影体に関して、私は独自の推論を持っている。「幼い精神年齢を持つ人間は、その年齢で無理やり大人にならざるを得なかった結果ではないか」というものだ。おそらく口頭で伝えれば絶対理解されないだろう想像である。例えばの話、本来なら得られただろう愛情や安心が五歳の時に得られなかったとする。親が病気をしたとか、親が大変な目に遭った、もしくは、親の機能をはたしていなかった、とか。

 ふつうの五歳でいられなかった人間が、その場では皆の為に大人の精神性を獲得するがその代償として、心の中に五歳の精神性を抱える。

 そうした経験がない人間は、ただただ、感性が幼い、気質的に老成している等で、ばらつきが生じる。

 この論理から考えると、銀河榛茶が投影体を持たないことは、彼の実年齢と精神年齢がぴったり合っているともいえた。でも突然湧き出てきたゆえに、私は強烈な違和感を覚えたのだ。

 そもそも、この推察が合っているかは分からないけれど。

 でも私の推察から見るに銀河榛茶は、もしかしたら自分を殺して周りの為に自分を騙しながら調整して生きていて、五歳も十四歳の投影体は、彼が自分の中に押し込め続けた存在だったのではないだろうか。

 銀河榛茶と深い話なんてしたことがないから、決めつけに過ぎないし、確かめる気にならない。私の見ている世界が正しいかすら私には判断が出来ない。

 でももしそうだったら、不器用に生きてるな、と少しだけ彼への一方的な諦めや、勝手な期待の低さが和らいだ。

 私は深呼吸してから、扉を開ける。

「ああ、すみません。一課の深見透花と申します。捜査に関して緊急連絡が入ったので、本日はおかえりいただいてもよろしいでしょうか。申し訳ございません」

 私は頭を下げる。中にいたのは銀河榛茶の母親だった。顔がよく似ている。六十代ほどの女性だが、そばの投影体は二十代半ばだった。本人は堂々としているが投影体はとても不安そうにしている。銀河榛茶の投影体のほうが、五歳のほうも十四歳のほうもずっと冷静で穏やかだった。

「ああ、すみません。よろしくお願いいたします」

「いえ……銀河さんのご家族の方でいらっしゃいますよね。大変な状況の中、この度は申し訳ございません」

 私は頭を下げる。銀河榛茶の母親らしき女性は「いえ、とんでもないです」と会釈をし、少しのやりとりを銀河榛茶と行い病室を後にした。

 十四歳のほうも五歳のほうも、女性に対して諦めの表情で見送っている。

「あの、一課から話を聞きました。私が原因だそうで、申し訳ございません」

 私は銀河榛茶が話を始める前に謝罪した。彼は「いえ」と首を横に振る。

「あの、大丈夫なんですか、深見さん、お身体……」

「全然大丈夫です。なにも問題なく」

 外から見れば銀河榛茶のほうが重傷そうだ。頬にガーゼ、腕には包帯、足は折れてないものの、ベッドのリクライニングを少し上げ身体を起こす彼は、腹部に痛みを抱えてそうなのが伝わってくる。

「でも、三発も」

「仕事ですから仕方ないですよ。こういうものです。犯人確保に必要なので」

 私は微笑んだ。病室には彼と私しかいない。外ではできない。第三者に見られれば、とやかく言われる。

「必要な……ことだとしても、銃で撃たれることを前提とした逮捕は……正しくない……と思いますけどね……」

 銀河榛茶は睨むとも言い難い視線を床に注ぐ。目を見て話したくないというより、話せないような所作だった。

 本音を言うとき、目を逸らすタイプなのかもしれない。過程はつみ重なるけど刑事ドラマみたいに証拠を集めて彼に突き付けたりはしない。それをすることは、彼を決めつけることに繋がる。それはしたくない。

 なのに祈りたくなった。縋ることに近いかもしれない。銀河榛茶が私を心配してくれている、傷つくのを嫌がっているのではと。

 恋愛的な両想いでもいいし、一切、そういうのとは異なる感情でもいい。恋愛ドラマなら曖昧で覚悟が足りないと責められる描写に違いない。でも私は正しくなれない。変えられない。それでいて、ぬぐえない焦がれがある。

 以前、父親は母親に対して「鏡花は、世界で一番美しい。俺なんかには勿体ない女性なんだ。俺は世界で一番、醜い存在だったから」と。

 母親は「私は自分のことを化け物としか思ってなかった。あの人は私なんかと一緒にいちゃいけないと思っていた。私なんか選ぶべきじゃないって」と父親について言っていた。

 たぶん、運命の二人だろう。

 私と銀河榛茶はそうした関係になれないかもしれないし、銀河榛茶を幸せにすることは出来ないかもしれないけど、隣にいたいし、手を繋いでみたい。

「私は、犯人逮捕できれば、何でもいいです。銃で撃たれようと、どうでもいい」

「深見さん……」

「でも、もしあなたが撃たれたら、銃で撃たれることを前提とした逮捕について、否定的な見解を持つと思います。あなたが、撃たれた時だけは」

 それだけ言って、私は病室を後にした。 

 銀河榛茶の顔を見ることはしなかった。それくらいの逃げは許されたい。彼の反応を見ることは、銃を持つ犯人に立ち向かうよりずっと恐ろしいことだから。

 

 ◇◇◇


 公務員は国民の血税を貪り食っていると言われど、銃三発で病院送りになっても、「じゃあぼちぼち退院してリハビリして元気になってから仕事に戻ろうね」とはならない。「意識ある? 歩ける? OK出勤!」の世界だ。人権なんてない。休みもない。なのでテレビで汚職をしているだとか不祥事をしている警察の人間を見ると、普通に撃ってしまいたくなる。たぶんネットで書きこんでいる人間より殺意は強いと思うし、脳波測定とかで知られたら私は終わる。

 ということで鈍痛を抱えながら出勤し犯人逮捕も終え、調査資料をまとめていると「撃たれたらしいですね! 3発も」と興奮顔の監察医がやってきた。炎上確定の挨拶だろうが職場復帰後も一課からは腫れ物として扱われ、「お身体大丈夫ですか」と死んだような顔で言われているため、監察医のほうが私に友好的だし私の心も助かるという大エラーが発生している。

「はい……」

「銀河さんのほうは乱闘で病院送りだとか」

「はい……」

 銀河榛茶のほうも四課に復帰したらしい。彼を病院送りにした人間は処分されたが、話は広まってしまったため風当たりはキツいだろう。

「私を四課にして彼を一課に交換すれば丸く収まるんでしょうね」

 一課の人間は銀河榛茶の乱闘の際に彼を守ったわけで、それなりに関心はあるだろう。それに四課の人間が「暴力団っぽい人間しか受け入れません」というだけで、一課の人間は実力主義、私の血筋の感じが気に入らないために私を嫌うので、銀河榛茶のような「アウェーのなかで実力で生きてきました」という異端児は評価するはずだ。

「いや、それは一課が困ると思いますよ」

「まぁ最初は銀河さんの四課のノリに違和感を覚えるかもしれないですけど……」

「そういうわけでなく、一課の人たち、深見さんのこと買ってますし」

「銃に撃たれて同情で?」

 確かに最近態度が柔らかい気がするが、けが人相手だからだろう。治ったらまた情報遮断が行われたり、嫌がらせされるに違いない。

「いえ……普通に一課の人って深見さんのこと評価してるので」

「そうですか?」

「はい。ちょっと歪んでるなとは思いますけどね」

「歪んでる?」

「過保護というか……でも深見さんも悪いですよ。自分を的にして銃全弾使い果たした犯人を取り押さえさせる、とか、人質救出のためにナイフ自分に刺させて捕まえるとか、無茶苦茶だから。犯人の情報言わないで深見さんと犯人を会わせないようにするっていうのも滅茶苦茶ですけどね……」

「深見さん」

 監察医の話の途中で、よく通る声が後ろからかかった。振り返れば明るい顔をした銀河榛茶が駆けてきた。

「どうされました? 事件の進展が──」

「いえ、あの、辞令が出たのでご報告に」

「辞令?」

 まさか乱闘騒ぎで降格にでもなったのだろうか。でもそういう情報ならこんな朗らかに声なんてかけてこないはずだ。

「単刀直入にお話しすると今回の騒動で警部補に降格になったのですが──」

「え」

「一課に移動になったんです。よろしくお願いいたします」

 銀河榛茶は笑みを浮かべた。降格が嬉しいはずはないし、四課から抜けれる喜びとも解釈できるが、キャリアを考えれば絶対にダメな状態だ。それこそ今私の隣にいる監察医みたいに「ドラマに憧れてやってまいりました!」でもない限り。

 ほかに理由があるとすれば──、

 私はおそるおそる、視線を落とす。やはり、居た。銀河榛茶の5歳の投影体が私の太ももにほおずりしている。前まで遠慮がちに甘えていたのが全力で甘えてきている。

 そして私のやや後ろを見ると、銀河榛茶の十四歳投影体は私の肩に額をぐりぐり押し付けていた。なにかのマーキングをされている。

 さらに──、

「……っ」

「深見さん?」

 驚く私に監察医が怪訝な顔をした。銀河榛茶は「頑張ります!」とさも健全な公人のごとく振る舞っているが──彼とほぼ同年代の投影体が、ものすごく……無表情で、私の手を握りしめて勝手に恋人つなぎをしている。

 要するに一人増えてる。二人だった投影体が三人になっている。スキンシップ度合いで言えばもはや交際を吹き飛ばして同棲四年目です! みたいな状態になっている。

 もしかして銀河榛茶って、生き辛い不器用な人、だけじゃなく「純粋にやべー奴」の可能性もあるのではないか。

 私は「よろしくお願いいたします」と、いつも通りの調子で話す。銀河榛茶は「こちらこそ」とほほ笑むが、爽やかさとは裏腹に投影体はぎゅっと私を掴む力を強くした。


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