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きみの望まぬ果てを刺す[男男]

 

 天上尊(あまがみとおる)と出会ったことで、僕、御上望(おがみのぞむ)の世界は完全に崩壊した。


 小説の書き出しならありえそうだが、現実なので間違いなく病的だ。僕は探偵を生業としている小説家で、天上尊というのは僕が鬱々としながら書き進めている物語を担当している担当編集者だ。被害者とルビをふってもいいだろう。

 探偵で小説家なんて何百回見たありふれクソ設定だと思う。探偵をしながら小説を書いていますみたいな。それか推理小説を書いていて事件に巻き込まれ結果的に探偵してるとか。

 物語ではかっこよく書かれるけど、探偵なんて碌な仕事じゃない。

「恋人を探してるんです‼」なんてのたまうストーカーの依頼を却下したり、「娘が行方不明で……」と被害者面する毒親の依頼を却下したり、「犬がいなくなって……」と、借金飛ばれた債務者を追う闇金の依頼を却下したり、ゴミみたいな人間と対峙し続ける仕事だ。

 メインは不倫調査だけど真実を得て幸せになれるとは限らない。

 苦労して本当のことを知った先でみんな何も持たない人になる。

 ローンウルフみたいなものだ。テロは集団が起こすものだけど、なにかを訴えるために破滅行動を取る人間の中には組織に属さず一人で実行し、自分の目的成功を目指すのではなく、なにか大きなことが始まるきっかけになろうとする人間がいる。テロリストはどこかに所属し群れるため発見しやすいが、単独で悩み計画を立てている人間は警察などの組織犯罪を取り締まっている人間たちからは可視化されず、防ぐのは不可能らしい。

 無敵の人と変わらない。何も持たず社会に属している意識がないため、さあ死ぬか、死ぬなら誰か巻き添えにするかと通り魔になったりする。

 依頼主もそう。依頼主のハッピーエンドは浮気してる人間を裁判で打ち負かすこと。そんなわけあるかって突っ込まれそうだけど、そうとしか言いようがない。「裁判で相手を打ち負かすぞ‼」ぐらいのエネルギーがないと皆死のうとする。

 だって、それまで愛していた人に裏切られるわけだから。

 だから興信所の仕事は、調査がメインじゃない。身近な人間に裏切られた人間をローンウルフや無敵の人にならないよう細心の注意をはらいながら報告するまでがセット。

 過程なんか無意味、無価値、結果が全て。

 でも真実を伝える探偵がエンタメみたいに依頼主を救うことなんて出来なくて、どんなに裁判で勝てる証拠を集めても弁護士事務所のパワーゲームに負けたりする。結局興信所の人間は結果なんか得られない。過程の中にいるだけ。

 そしてそういう報われなかった依頼主がローンウルフや無敵の人にならないため、最後の一歩で踏みとどまる一手に繋がるのはエンタメじゃないかという救いを見ていて、ストレス発散や感情整理の果てにWEBで投稿していたら出版社から声をかけられ、エンタメの制作って良さそうと夢を見た果てにちゃんと現実を見た。

 人間は愚か、期待しても無駄、それに尽きる。

 中途半端に売れ辞め時を見失い、謎にキャリアと刊行本数が伸び編集者嫌いが最大値にまで至ったとき僕は前任と揉めた。

 揉めたというか頃合いだなと思って担当を変更してほしいと編集長に打診した。元々気が合わないというか馬鹿みたいなスケジュールを組み、下請けとして尽力すれば「うちの会社がステキだから」とおかしな解釈でどんどん要求の難易度を上げてくる特級ヤバ女だった。とはいえ僕は新人だったので「このヤバ女しまっておけよ」とも言えず力を蓄えるのを待ってから打診した。

 でも、待ちすぎたのかまだ話し合えるみたいな雰囲気を出され勘弁してくれと思っていたところ、ヤバ女は階段から転落したらしい。本人は何者かに突き飛ばされたと言ってるとのことで、出版社は僕が階段から突き落したと思っているし業界でも噂されてる。

 なのに何故僕が今日もこうしてのうのうと過ごしているかといえば普通にやってないからだ。ヤバ女が落ちた日、僕は他県にいた。そこの旅館の防犯カメラに僕はがっつり映ってるけど、警察はそもそも僕を疑ってないので調べもしない。

 普通に駅の防犯カメラを洗っていて、そこに僕はいない。ゆえに僕のもとに来ない。

 でも出版社に「御上(おがみ)映ってませんよ~」なんてわざわざ報告に行くこともないので、普通に僕が犯人扱いされている。

 まあ犯人扱いされておけば滅茶苦茶なスケジュールを組まれることも舐められることもないので放置だ。今まで人権0意思決定権なしだったのがトラブルと転落事故により最低限度の文化的な発言権を得られたのだから誤解を解く理由も和解する理由もない。

 覇道、独裁、孤軍奮闘よろしく意気揚々と殺戮ロードを走ろうとしていた矢先、曲がり角からぶつかってきたのが天上尊、いわゆる天上さんだ。

 文庫担当になって早々、前任が転落事故に遭った事故物件を担当することになった被害者。特徴としては顔も声も良く、端的に言えば僕が嫌いなタイプだ。

 顔のいい男は顔の良さ特有の恵まれがある。その恵まれによって調子に乗った言動をする。そこが嫌い。憎い。でも女じゃないだけマシだった。女との仕事は本当にろくなことにならない。ジェンダー問題的な「女は無能」みたいな話じゃない。女は皆メンヘラになって僕にわちゃつく。母親面するか彼女面するか神様扱いするかの最悪三択分岐エンドが発生し早い話がストーカー化するので嫌いなのだ。

 よくモテて女嫌いみたいな設定を持つキャラがいるけど、僕は顔が幼く明らかに年下の人間から学生扱いを受けるだけでモテるわけじゃない。会った女がメンヘラになってストーカーになるだけ。ずっとそれ。かといって男は男で「俺が鍛えてやろう」みたいなカスのパワハラをしてくるし男社会も好きじゃない。

 だから人間に対してギリギリ抱ける前向きな感情は「便利に動いてくれるか」だった。

 合理的に行動するか、支配欲とか自分の相手への影響力の計測が気になり、ゲーム的にものごとを見ていた。

 ここに人間らしい承認欲求や成功したい、金持ちになりたいみたいな感情があれば違っていただろう。

 でも成功を続けるには努力が必要だし、金持ちになると税処理が面倒だし、なによりこの世界は飽きる。

 突き詰めれば幸せを願うほど生きている理由がない。だってもう、僕の人生明らかに投資価値がないし。ただし自殺もリスクが伴う。首吊り入水練炭薬物全部リスクがある。完璧に死ねるかの確率はきっちり低く、飛び降りに至っては誰かを巻き込みつつ自分が生き残る可能性もあるわけで、死ぬのも頑張らなきゃいけない理不尽から自殺だけ選択肢から外した。

 一番いいのは誰かを庇ってとか病気とか、悲劇になりそうなもの。

 小説家として活動するようになってから、より一層そう思うようになった。だって人の死はエンタメになるし。死ねば本は売れる。僕は別に頑張って生きていたくもない。でもどうせやるなら意味が欲しい。価値は最大限に高めたい。

 探偵だけの僕が死ぬのは社不がこの世界から消えただけだけど、作家なら悲劇的だし読者は僕を伝説にするし本も売れる。大きな物語のきっかけになれるかもしれない。

 でも、天上さんと出会ってからというもの、そういう僕の計画が全部狂ってる。

 僕の価値観ごと。



「天上さんゲーム作りましょうよ」

 ターミナル駅から若干離れた喫茶ぱらいそ、地元客の多いシックな店内で僕は言う。今日は打ち合わせだ。目の前には手ぶらの天上さんがいる。ここから天上さんの勤務している出版社は近いけど、僕は編集者を心の底から憎んでいるので打ち合わせの場所はここだ。

「ゲーム?」

 天上さんは怪訝な顔をした。基本的に彼はいつも怪訝な表情をしている。僕が言うことの八割は突拍子もないことだ。探偵は嘘をつく仕事だけど、一応、天上さんの前では嘘をつかず、正直に話をしている。だからこそ突拍子もなくなる。それを天上さんが理解しているかは分からない。突拍子もないこと行ってるやべー奴じゃなく、天上さんの前だと正直になってるやべー奴なんだけど、どちらにせよやべー奴に変わりないので終わりだし、思えば天上さんに嘘ついたことある。

 会って三回目の時、好きなタイプの話になって「マッチョが好きですね」って言った。嘘だ。女装して潜入するときの処世術。男社会で好きなタイプの話題は罠にならないけど女社会で好きなタイプの話題は罠だ。ちょっとでもミスれば村八分になる。そんなときの万能カードが海外の絶対出会えない感じの俳優の名前を出すこと。「えーどんな人?」って話題になるし、角が立たない。そのままさりげなく映画の話題に移行して、相手の趣味を聞き出す。そこまでが興信所テクニックだけど天上さんには一切出来なかった。おわり。

「めちゃくちゃ面白くないですか。大のホラー苦手編集者がなぜか出版社でホラーノベルを作ることになってしまった件について」

 大のホラー苦手の編集者、ようするに天上さんのことだ。ホラーはホラーが好きな人がやればいいと思われがちだけど、ホラー好きな人間は段々感覚が鈍くなってくる。辛いラーメンが好きな人間がどんどん七味唐辛子とか豆板醤をラーメンにぶち込むのと同じだ。嫌なもの、苦手なものに人は敏感になる。危機察知に関する脳科学がそれを証明している。

 と、色々根拠を作ることは可能だけど実際は天上さんとやりたいから。ただそれだけ。

 興信所では根拠が重要視されるけど天上さんの前ではそういうのが消える。根拠なくあれしたいこれしたいが浮かぶ。

 他人が根拠なしの言語発したら殺してるけど天上さんは違う。

「制作を委託して進行するということですか?」

 天上さんは冷静に聞き返す。そんなわけがない。

「いや、ふつーに天上さんが演出とかカメラワークとかして。俺がシナリオとか書くのもありですけど、天上さんシナリオもやればいいって」

「わ、私が作るんですか?」

「はい」

「御上さん何されるんですか」

「プログラミングでもしようかと」

 興信所は中途半端な器用貧乏を量産する。調査の過程でギター教室に行くことになればギター教室に行くし、ビジネスセミナーでそれっぽい話をしなきゃいけない。調査の為に。でも調査の為でしかないから、必要な情報が手に入れば、後は何も身に着けず終わる。

 だからプログラミングはしたことないけど、どうせ出来る。興信所の仕事でしろと言われればしなきゃいけないんだから。とはいえ、実のところそこまで興信所の仕事に情もない。アジの頭が好きだから干物やさんの就職先が決まれば干物やさんをしてる。エビの頭も好きだからエビフライやさんでもいい。興信所あるある、興信所の人間みんな自分の仕事に情がない。それしか無いからやってる人間の多いこと多いこと。結婚相手や家族にも言えないし拘束時間も長いしいい仕事ではない。大学近くのコンビニバイトとかのほうが仕事そのものへの熱意はある。僕なんかやめる理由がないから続けているだけだ。未婚なら結婚を機に辞めるし、既婚はコネで法律関係に転職する。残ってるのは辞める理由がないクズか独立開業を夢見るロマンチストしかいない。当然僕は前者のクズ。

「御上さんプログラミング出来たんですか」

 天上さんが疑いの目を向けてくる。興信所の人間以外で彼だけは僕がワードもエクセルも出来ないことを知っている。なぜ出来ないかといえば「仕事で使わないから」「潜入で使うとしてもどうせ何も成さぬうちにサッとバックレるから」という最低な理由付きで学んでない。執筆業に必要なのではと突っ込まれたことは無いけど、違和感は持たれてるかもしれない。

 ずっと長くやっていく気なんて無かったから覚えてなかった。ほかの仕事だって、ワード使って働くような仕事につける学歴でもないし。

 でもそんなこと言おうものなら天上さんには確実に嫌われるので、追及されなくて良かった。

「まだです。これから」

 僕はフロートを飲む。天上さんの前だと「取引先にいい印象を与えるためにこうしなきゃな」が外れるので飲み物に悩み、最終的に天上さんの頼んだものと同じにした。

 気持ち悪いだろうなと思う。僕は天上さんのこと好きだけど。

 好きな理由は色々あるけど「これ」がない。しいて言えば全部。小説だったらこの場面でこういう出来事があって~というのがないと許されないんだろうけどここは現実なので、そんなこと指摘されたら「ぶっ殺すぞ」以外感情がない。

「これからって、無理じゃないですか」

 天上さんは自分のフロートのアイスを崩しながら、僕のフロートを見る。あまりにも視線が合わない。理由は簡単、僕がキショいに限る。

 普通は天上さんの前だからこそ「いい印象を与えよう!」になるのに天上さんからの好感度が上がるポイントが全く分からないことや、絶対計画的に好感度や信頼を集めるべきなのに感情で接してしまい、天上さんからガッツリ嫌われている。ブラックコーヒーにして出来るビジネスマンとして振る舞えば良かった。

「天上さんの為なら無理も越えられると思うんですよね」

 僕は笑みを浮かべた。

 天上さんからしたら苦しい立場だろう。取引先の一人が著しくキモいというのは。

 飲み物揃えてきたりもそうだし、僕はこうして度し難いストーカーぎりぎりの執着心を天上さんにぶつけている。隠したほうがいいのだろうけど隠していたら天上さんが逃げられない。

 普通は「こんなキモい感情がバレたら嫌われる!」と思い隠すのだろうけど僕は探偵だ。興信所で死ぬほど個人特定や尾行を繰り返しているため、想いを隠しストーカーになれば本当に取り返しがつかないスーパー大キショバケモノになる。

 天上さんを守るためには定期的に僕の好意を伝え、「危ないですよ」というのを提示し、天上さんが対策をたてられるようにしなければならない。

 僕が脅威であり、脅威そのものが天上さんを守ろうとしている状況で、いわばバケモノが自ら「急所ここです!」と提示している。

 天上さんからすれば「いやもうそんなことするなら執着持つな」と言いたいだろうけど、好きなものは好きなので無理だった。

 好きな存在が出来たことがなく、守りたいと思う存在も、なるべく傷ついてほしくないと思うのも天上さんだけだ。あまりにも天上さんが好きで「執着を手放すのは無理ですね!」と僕の決断力が最悪な形で発揮したので諦めてほしい。その点は諦めてほしい。

 そのかわり僕の殺し方はきちんと提示することで帳尻をあわせている。

 というかそもそも興信所で死ぬほど切られたりしているので、いつか刺されて死ぬだろうし、万が一だけど天上さんがすごく人格否定を受けてこの世界の誰にも愛されないんじゃないか、なんて感じるレベルの攻撃を受けたとき、頭のおかしい奴の肯定で問題ないなら、それをバリアにしてほしいので、あんまり無駄じゃないんじゃないかと祈っている。

 犯罪者の発想だなこれ。

「ゆくゆくはしれっとした顔でホラーゲームを売り、しれッとした顔でノベル準備をしてノベルを売る仕組みが出来れば、今配信者ブームがあるしバーンなるかもしれないですか。ステルスマーケティングっていうか、ゲームでブームを作りノベルを売るところまでプロデュース、ビジネスモデルとして面白くないですか。新しいし」

 犯罪キショを出している分、代替案としてマーケティング案も出す。

 天上さんが新しいビジネスモデルの開拓者になる。そういう未来は美しいと思う。正直何にもならなくていいし、生きててくれたらいいけど。出来れば隣にいてほしい。土下座してなんとかなるなら普通に土下座してる。

「御上さんビジネスに興味あるんですか」

 度し難い感情を察しているのか察していないのか分からない眼差しで天上さんは問う。

「ないです。本当にない。この間郵便局行ったら積み立てNISA進められて、ズボン脱いでやろうかなと思って」

 ビジネスは手段だ。目的にするとろくなことにならない。社会保障とか公共性とかそういうものが全部おしゃかになるから。そしてこういう視点で話をすると馬鹿みてえな女編集者に目をつけられ、ガチャガチャ言われるので最悪が起きる。

「ズボン」

「はい。御社で脱いだって良かったですけどね。前任うるさかったので」

「会社……」

 天上さんは言葉を選んでいる。言葉を選んでくれているこの時間が最高に好きだ。自分でも変態だと思う。そういう自覚があるからこの間まで僕はWEBで「ストーカー日報」という小説家ブログ系のホラーっぽいものを書き、ウキウキで天上さんを登場させていた。

「今はそこまで悪意無いですけどね、御社に」

 僕はかつて天上さんの会社が大嫌いだった普通に迷惑と問題被せてきてその収拾にあたったのは僕だというのに代表は代表で当初「自社の社員困らせやがって」テンションできたので、殺意しかない。今では理解者面してくるけど、それを受け入れ僕が受け入れ姿勢を出したところでメリットがない。本当に。距離を取っていたほうが得。企画は勝手に進められるしスケジュールは滅茶苦茶にされるので本当に得がない。代表に対しては「後悔解消させねえから」と思うけど天上さんが「自分のせいで……」みたいなことを思っていたらやだ。

 天上さんが苦しむのはとても嫌だ。

 代表は一生初手を間違えたことを悔み続ければいい。

 天上さんの間違いは美しいし僕を疑っても「え、僕を疑うほど僕に関心が⁉」と思うけど代表の最初の嫌疑は「無かったことにさせねえし挽回もさせねえぞ」以外に感情がない。

 しいて言えば、天上さんの得になるなと僕が確信した時、それっぽい姿勢を出してもいい。我ながら合理主義の塊。非人間。冷血だ。女性向けのクール銀髪キャラとして生きていける精神性はある。

「それにまあ、読者もいますしね」

 今までは読者なんかいねえ、と思って書いてた。だって期待も信頼も出来なかったから。僕自身が何も好きじゃなかったから。

 好きなものが、本当になかった。「ああいいね~」と話を合わせるために薄っぺらい同調はしても好きだという単語自体口にしたことがない。

 ただ天上さんと出会って、全部変わった。僕を好きと言う読者の言葉が、「僕のこういう心の動きに近いものなのかも」と、うっすら想像できるようになった。

 実際は違うだろうけど。僕には正気度がないので。

 僕は窓の外を眺める。僕は正気ではない。この間もウッキウキで天上さんに「これめっちゃ天上さん‼」と思い地獄みたいな差し入れをした。

 あげたい100%で渡した。初めてだった。基本、差し入れは相手が喜ぶかどうかの義務で渡しており、どう思われるかも計算しているけど、天上さんに対しては一番喜んでもらうことを望むべきなのに、渡したい100でやった。

 いつかこういうもの渡されて迷惑だったという証拠品になるから、と言い訳も付け足して。そして少しだけ「自分はマシな存在かもしれない」と思えた。今まで他人への贈り物で心動くことなんて一度もなかったし、なんなら編集者から貰ったものは全部編集者の差し入れにして『これがフェアトレード』なんて思ってたけど。

 天上さんに対しては違った。

 天上さんに対してだけは、僕の中の、「ありはしないのに、ある気がする、なけなしの優しさ」みたいなものをかき集めて、押し付けたくなる。

 そしてそれは、天上さんを守る自爆ボタンになる。

「まぁ、あなたもいますからね。素晴らしい編集者であるあなたが」

 天上さんの顔は見ないようにした。ホラーになるだろうから。

 正直、素晴らしくなくていい。どうしようもない人間で問題がない。優秀だからで特別扱いしているわけでもなく、どうでもいい無関心でもなく、絶対的な存在だから。編集者じゃなくてもいいくらいなのだ。頭がおかしいと思う自分でも。

 だからこそ、僕が完全におかしくなったときの為に、せっせと通報ボタンを用意している。なんて優秀なストーカー予備軍なのだろうか。さっさと刑務所に入りたい。

 小説の題材にしてしまおうか迷う。でも、そうなると天上さんの協力が必須だ。だって天上さんに貰った言葉は誰にも渡したくない。僕だけ天上さんの言葉を持っていていいのか悩むけど、きちんと狂気が備わっているので普通に無理だ。天上さんの言葉は天上さんのものであるべきで、発信は僕じゃだめ。

「まぁ、安心してくださいよ。何があっても、僕は……」

 僕からも何からもあなたのことだけは守る。と言おうとしたけど、ストーカー作法を疑われそうで辞めた。「守るために尾行するつもりだろコイツ」なんて思われて怖がらせたくない。

「あはは」

 僕は誤魔化すように笑う。思い出し笑いに見えたかもしれない。

 まぁいいや、こういうのも全部、通報ボタンとして機能するだろうと未来を見据えて。



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