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無駄を愛するパフォーマンス

 ホストクラブでは客を姫と呼ぶ。

 理由を「みんなお姫様だから」とホストは言う。

 普通に違う。営業向けの発言だ。

 お客様と呼ぶと、客は「私はただの客なの⁉ 特別じゃないの⁉」とヒスる。

 客です。客は客。

 それでもヒスられるのは、馬鹿なホストがお金を沢山使った客と身体の関係を持ってみたり一緒に住んで金づるにするからだ。

 身体の関係は枕営業だし、一緒に住むのは同棲ではなく家賃、食費、光熱費、ガス代、水道代の節約。 でもそれを恋愛風に演出する。

 ロマンス詐欺と変わらない。

 許されてるわけじゃないけど、ホストだからね、自己責任だね、で終わり。 

 ホストなんて全員ゴミだから。

「オーナーさん出してよ。今日もいないじゃん! 嘘ついてんでしょお前!」

 煌びやかなシャンデリアが照らすフロア。

 フリフリワンピースに厚底ヒール、地雷系ファッションの典型ぴえんガールが怒鳴る。

 店内はきちんと暖房を効かせているのに、キャラ物パープルのモフついた上着を着ている。動くたびに毛が飛びそう……というか飛んでいるのだろう。激しい身振り手振りで怒りを示している。

 そんな彼女を新人ホストが複数人で宥めているが、フロアの奥──こちらに必死にアイコンタクトを送り、助けを求めてきていた。

 面倒くさい。

 何とかしてくれよ。ホストなんだから。

 バックヤードから修羅場を覗いていると、私と同じく裏方を担当してる人間が目配せしてきた。私は「なんだよ」と睨み返す。

「お呼びですよ、ハハハ」

「笑い事じゃねえんだわ。クソ小技愛想笑いが、っていうか行っていいの?」

 訊ねると、「どうぞ」と含み笑いをした。

「本当に?」

「ハハハ、いいですよ」

 その返答に呆れながらもしぶしぶ私はぴえんガールの元へ向かった。


「何か御用でしょうか」

「あああああ! やっと来た‼ ねえあたしめっちゃ働いたんだけどさ、オーナー出せって言ってもこいつらうるさくてすっごい困っててさー」

「私、ホストじゃないんで飲めないんですよね」

 私はオーナーだ。だから出せも何も接待係ではない。

 しかも女。

 ジェンダーがどうとかではなく私は、男を商品としているホストクラブのオーナーだ。

 この店の商品は男のみ。

 私は商品じゃない。

 商品を発注して陳列してレジ打ちする側。

 コンビニの店員がコンビニの棚に弁当と一緒に並んでたらおかしいように、私がフロアに出て、ましてや客と飲むのはおかしい。

「だってさーこの辺りのホストみーんなつまんないんだもん? っていうかあたしが身体売らされそうになったとき、助けてくれたじゃん?」

「仕事なので」

「え~普通のホストクラブのオーナーなんて女の子に身体売らせられるくらいのホストが一流って教えるんでしょ? だからぁオーナーは私のヒーローなの。だからナンバーワンにしたいの‼」

 地雷ぴえんは不敵に笑うと、自分のキャリーケースをガンッと蹴り飛ばした。ケースが外れ、万札が舞い、敷き詰められた札束が現れる。

 一番高い酒の銘柄を声高高に叫ぶと、店内の照明が切り替わった。

 場内のホストは「すげー」と他人事のように感嘆している。

 ふざけるな。心の底から思う。お前たちの仕事だ。

 地雷ぴえんも、いい加減にしてほしい。こんな場所で女を求めるな。

 キャバクラとかガールズバーとか女が店員のコンセプトカフェに行けばいい。場違い極まりない。

 呆れているとマイクが運ばれてきた。高い酒を買った客に対して、ホストが何か言ったり、客がマイクで何か言ったりするサービスである。

 同じホスト目当ての客が居合わせると、こうして高い酒を買い、「この人はあたしのでーす」「対して金使ってねえのにでしゃばんなよ」とマイクによる小競り合いが発生する。

 そういう小競り合いを、自分の出番が回ったとき宥めるのもホストの仕事だ。

「私のヒーローが、この店じゃなくてこの街の一番になれるように‼ 一生懸命支えるので、これからもよろしくお願いしまーす‼」

 地雷ぴえんがバカなマイク越しにバカなことを言う。「どうぞ」とサポートのホストからマイクを渡され、私は咳ばらいをした。

「当店をお楽しみいただき、誠にありがとうございました。お気遣い賜り幸甚です。頂いたお言葉を励みに、お客様にご満足いただけるお店作りに努めてまいりますので、ご無理なくご利用くださいませ」

 よいしょー! とホスト達が盛り上げる。

 しかし、こうしたマイク演出のBGMが止まらない。サウンドスタッフが怠けてるのかトラブルが起きたのか。なんだ。

 周囲を見渡すと別のテーブルにマイクが運ばれていた。

 嫌な予感がする。

「オーナーは誰か一人の支えだけを求める人間ではないですよね。みんなの自分であろうとする貴女を、陰ながら応援しています。どうか安らかであれ」

 最後のほうお悔みに近くない?

 というか聞き覚えがあった。

 ホステスだ。

 ここから電車で十五分の距離にある、高級ブランドショップや寿司屋で有名な街のホステスだ。しかも財界や芸能人の中でも大御所のベテラン俳優を相手にしているタイプの店の女である。

 オーナーという単語からイヤな予感があったが、案の定、マイクが私のもとに運ばれてきた。

「この度はご利用いただきありがとうございます。お仕事の合間、安らぎのひと時をご提供できるよう、経営者として従業員の教育を徹底してまいります」

 私はすぐにホストにマイクを戻した。

「やべーあれナンバーワンって紹介されてた女じゃないっすか。オーナーの姫だったんすか? ってかホストで遊ぶんだ」

「ほら、向かいの店の女がクラブに女売ろうとして、オーナーがキレて乗り込んだじゃん。あんときナンパしたらしい」

 そばでホストがコソコソ話をする。裏でしろ裏で。

「ナンパなんかしてない」

 向かいの店が気持ち悪い営業をしていたので、渋々電車に乗ってやり方の汚いクラブに突撃した帰り道にホステスの女と出会い、喋ったら店に来たのだ。

 しかも高い着物を着て。

 普通にこうして、マイクで小競り合いを起こす。勘弁してほしい。それにもう、マイクが終わったはずなのにBGMが止まないし照明もマイク演出モードだ。

「地雷女とホステスの迷惑客に煩くされて、オーナーちょー大変だと思います! 黙って金詰んでろよバーカ、あ、オーナーマイクなしで大丈夫ですよーゆっくり休んで」

 さらに第三勢力が飛んできた。

「何あの女、すげーいかにも金持ちの令嬢って感じだけど」

「そらそうよ社長令嬢だもん」

「どこ?」

 ホストはコソコソ話し合い、やがて「やっば! 俺も知ってる会社!」と盛り上がる。

 マイク用のBGMは鳴り止まない。

 そして──、

「オーナーがナンバーワンです!」

 オーナーという単語が混ざったマイクコールも終わらない。クリスマス商戦に備え、今日は新しいホストが面接に来る日だというのに。勘弁してくれと心の底から思う。

 勘弁してくれ。


◆◆◆


「オーナーヤバくないっすか? 夏だからみんなボーナス持ってきてるのもあるでしょうけど、このままいけば今月売り上げ多分久賀白澄目指せますよ」

 店を閉じ、今日の売り上げを計算していると、ホスト達が話しかけてくる。

 久賀白澄というのはこの街で最も人気のホストクラブで、売り上げ第二位を誇るホストだ。ややこしい。

 一番の店の二位。

 なんてややこしいんだ。しかもそれを目指せる、というのもややこしい。「これを食べると肌にうるおいが」みたいな化粧品の誤認トリックみたいだ。

「私はこの店をナンバーワンにしたいのであって目指してないんだわ、ホストは。出る側で稼ぎたいんだったらキャバしてるから」

「キャバは無理じゃないですか」

 私は正論を言っているのにツッコミが入る。

 おかしいだろ。

 このホストクラブも客も。

 みんなオーナーを出せと言う。「上の奴出せよ‼」みたいなクレームじゃなく私に金を使おうとする。

 ビジネス的なバイタリティがあれば、自分がガンガン店に出て客に金を使わせると思う。

 でも私は元々ホストクラブを経営したくてしているわけではなく、父親がホストかつ人間として最悪だった為に、私の人生がぶっ壊れたというだけだ。

 父親は性格才能生活能力すべてを捨て顔の良さに特化しており、ホスト以外になれる仕事がないが、本当に顔以外のすべてが破綻しているので、誰かのもとで働くことが出来なかった。

 どんなホストクラブで働いても、最後はクビ。

 メンヘラ拗らせた客の扱いが面倒になり、同期刺させたりとか。

 先輩が大事にしてる客を寝取りまくったりとか。

 自分のことを求める客の中から選りすぐりのメンヘラ五人を同日に店の中に集めてゲラゲラ笑ってたりとか。

 結局、父親は自分で店を開くことになった。

 そうしてきちんと納税し私を育てたわけだけど、授業参観に来れば周りの保護者を客にするし、私が大学生になれば同じ大学の女の子を客にするし、挙句の果てには私の卒業目前、女に刺されて死んだ。

 遺言に、ホストを相続しろと書き残して。

 私が進路について諸々決めかねていたので、一瞬親心を期待したものの、今までのことを考えると99%押し付けだ。

 で、父親がオーナーを勤めていたこのホストクラブは、私の父親が死ぬまで父親がナンバーワンだった。

 圧倒的一位。

 完全独走状態。

 どこにも行けない父親が作った、存在を許される場所。

 綺麗な言い方をするのならば、独りの王様が遺したお城。

 そんなホストクラブに在籍するキャストたちは、父親のもとでしか働けないようなバケモンか、父親に並々ならぬ想いを向けているバケモンしかいない。

 どこにも行けないホストの最後の逃げ場がここだ。

 結果的にこのホストクラブはバケモンキャストしかいないし、それを追う姫も当然正気じゃないので最悪でしかない。

 独りの王様が遺した城とか言ったけど、正式表現はドブ煮込み伏魔殿である。

「メンヘラ多頭飼いをするのは普通干すとだろ。なんで私がメンヘラ多頭飼いさせられてんだよ。絶対おかしいだろ」

 私はどんどん埋まるトークアプリのメッセージをさばいていく。

 相手は客。

 色んなホストクラブで養分にされて行き場もない、もう身体売るしか死ぬしかないみたいな女の──成れの果てというか、ニューバージョン。

 うちの店に出入りする人間は漏れなく終わってる人間なので、色々終わってる者同士相性がいいだろうという仕事を紹介している。

 普通のラーメン屋では働けない人間も終わってるラーメン屋では働けるし、まともなコンビニで働けない人間もまともじゃないコンビニなら働けるから。

 居場所が無くても探せば絶対あるし、ずっとないわけ出なく出来てない可能性もある。最悪耐久戦だ。父親みたいに作った場合もあるけど。

 そんな女が、店に通う。私目当てで。

 病気になったとき責任取れないし自分の為に身体売られるのもイヤだから、頻度がアレだと追い返すけど。

「じゃあ、終わり、終わりでーす。金合ってた。解散。ここに泊まらない奴ははよ出て行け~」

 店は女さえ連れ込まなければ、泊まってもいいことにしている。どこにも行く場所がないと思って飛び降りられるより、店に居座られるほうがマシだから。だから店の人間全員に鍵を持たしているし、鍵を無くした人間は都度袋叩きにしている。

「ほら、エアコンここ置いておくから。私帰りまーす。ついてくんなよ」

 そして夏はエアコンが無いと死ぬので、店の真ん中にエアコンのリモコンを置く。そうしないと、居場所が無くて店に来たけどエアコン無くて死んでましたなんていっても困るから。

「送りましょうか」

 従業員たちが声をかけてくる。

「ついてくんな。客に見られてトラブルになるだろ」

 しかもホストに「あの女どこの女よ」と文句が行くのではなく、私に文句が来る。「あの男誰なんですか、なんなんですか」と。

 従業員だよ。

 それ以外ないのに死ぬほど詰められるので、緊急時以外店の外でオーナーに話しかけるなとルールが出来た。勘弁してほしい。

 ということで、私は一人で店を出た。


◆◆◆



 自宅はホストクラブそばのアパートだ。徒歩通勤。死ぬほど家賃は安い。夜の仕事の経営者、チー牛を体現してる大学生と、老人、マジで母親の姿が見えないのでうちと同じでは……と勘ぐってしまう父子。ちなみに全員男。私以外全員男だ。あと空き部屋がひとつあるけど、どうせ男だろうな以外に感情が無い。今までそうだったし。

 職場で男ばっか見て、近所もこのありさま。

 しかも近隣住民のほうは、SNS至上主義とか都内のキラキラオフィスで働いてます! みたいな連中の視界には一生入らないどころか「うわーでもいい暮らしですよー?」「幸せそう」と謎の共感クソ評価が生まれるイカれたメンバーである。

 いい悪いなんでてめえらに決められなきゃいけないんだよカス。

 言い返したいところだけど普通にタワマンとかには住みたい。

 明日うちのアパートが家賃据え置きでタワマンになると聞いたら、多分全員喜ぶ。そういう面々だ。だってエアコンの効きが死ぬほど悪く、熱中症が常にチラつく事故物件だし。

 明日タワマンになってねえかな。

 ありもしない妄想をしながら夜道を歩いていれば、アパート前の公園にぬぼーっとしたサラリーマンの姿が見えた。20代くらいの男だ。ブランコに座っている。

 怖。

 反射的に私は足を止める。

 この公園はうちのアパートの父子と老人しか使わない。本当に利用者の少ない公園だ。

 それ以外は父子の子のほうを狙うガチ不審者とか、老人狙いの詐欺の受け子しかいなかった。

 本当に申し訳ないけど前例が犯罪者しかいないので、疑わざるを得ない。正直幽霊だったらそのほうがいいくらいだ。

 父子と老人のために私は会社員の隣に座った。

 いなくなる気配が無い。ヤバい男だ。

 正気の男は夜道ブランコに座ってるとき横に女が座ったら、「犯罪とかに巻き込まれそう」「突然叫ばれて冤罪とかに遭いたくない」と避ける。

 同性でも怖いもん。深夜ブランコの女相席。「生きてんのか?」と思う。夏で心霊特集が動画でもテレビでも盛んに行われているから、なおさら。

「飲み会の帰りですか?」

 私は話しかけてみた。相手は「分かります?」とゆっくり返してくる。

「まぁ」

「ハハ」

 営業職っぽい愛想笑いだった。

 この場を乱しません。盛り上げます──という建前のもと、体力のコストを最大限まで落としながらもメンタルコストがじわじわかかる感じの愛想笑い。

 この愛想笑いをしている瞬間を絶対身内とかには見られたくないという、日常生活に必要な割に地味にダメージ来る小技愛想笑い。

「飲み会、あんまり好きじゃないんですか」

「え」

 男が訝しげにこちらを見る。一瞬だった。さっきまでの小技愛想笑いが解けた。図星だ。それに笑い方も、家庭由来だともう少し自然に、感情が乗ったような演出がかかる。

 でも、男の笑い方は本当にローコスト。身体の動きは少ない。顔の口まわりの筋肉しか使ってない。

 親だと愛想笑いにキレて補正するのが殆どだから、愛想笑いは必要だけどその笑いをよく見ない──仕事で身に着けた小技愛想笑い。

 そのうえで酒好きでもないのだろう。酒好きなら、「分かります?」なんてゆっくり返さない。「ハイ!」で終わりだ。酒好きは酒が命だから。

「そんな感じしたというか、私がそうなんで」

 そう言うと、男の目がキラッと光った。同志を見つけたみたいな、そんな顔だ。

「なんていうか、時代錯誤かもですけど、そういう時代じゃないなって思うんですよね」

 男は分析がかった口調で語り始める。良かった。この感じ的に、老人と父子、そして大学生を狙ってる不審者じゃない。純粋に飲み会につかれて行きついたさすらいの会社員だ。

 本当に良かった。うちの近隣ボーイズを狙った外敵じゃない。

 じゃあどうでもいいや、お家帰りたい。でも男の話が終わらない。

「飲み会に意味なんて感じないっていうか、コスパ悪い気がして。意味があるのならいいんですけどね。仕事に有益とか。だから色々理由考えて断ったりして、そういうのも面倒くさいので、一応行くときは行くんですけど」

 コスパ。カタカナが嫌いだからか、コスパと聞くと頭突きしたくなる。「得じゃ駄目なんですか? 得って二文字で済みますけど? コスパいいですねの八文字、得で圧縮できますけど?」と、頭突きしたくなる。しないけど。

「親睦深まるとかは? 何かの仕事に繋がるかもしれないし」

「そういう、曖昧なのがもう、うんざりっていうか。こういうこと言うと、面倒というか、職場では言えないので言いませんけど、普通に自分でも性格悪いなと思いますし」

 男は、確実性がほしいのかもしれない。

 意味が欲しいって言ってるし。

 そしてコスパ悪いって切り捨てるわりに、色々断りにあたって理由を考えてるあたり、人間なのだろう。

 うちの父親だったら面倒な飲み会は、「客になりそうな女いる? 男だけなら行かないよお! 金にならんもーん!」だった。バカである。だから友達もいなかった。彼女も妻も客にするし。クズである。

「まぁ、飲み会が嫌いなのかもしれないけど、本質は、職場にこの人に時間無駄にされてもいいって思う人がいないところにあるのであって、性格が悪いまではいかないのでは」

「そうですか?」

 男は疑いの目を向ける。

「だって断るときに色々理由まで考えてるんでしょ? 考えて断るから面倒なわけで」

「ポジティブな考えですね……」

「普通に、論理的に言ってるだけ。前向き思考みたいなの嫌いだし。全員死ねと思ってるから」

「全員死ねって」

 男は苦笑した。今度は愛想笑いじゃなかった。

「そう。飲み会好きな人ってさ、多分、この人といたいっていう許容値が広いというか、本当に誰といても人間がそこにいるだけで楽しい人なんだと思う。人類みんな好き、みたいな。お酒の力でそうなるかは、さておき。求めてるのは飲み会じゃなくて酒と目の前に誰かがいるか、みたいなのなんじゃない? 実際見てないから分かんないけど」

「まぁ、確かにうちの会社飲めればいいって感じですし、無駄が好きな感じしますね──。僕にはそういうの理解できない。コスパとタイパ無視の、意味のないこと」

「理解できなくは無いと思うよ。貴方が本当に求めてるのは、コスパでも効率でもなく、良かったと思える経験だろうから。コスパ至上主義じゃないし」

「え」

「コスパがイイと思う出来事は、分かりやすいじゃん。報酬として」

 だから多分、この男は自分がコスパがいい悪いで判断する人間で冷たいとか他人と違うって判断したんだろう。

 さらに、性格が悪いとも言った。

 本当にコスパとタイパ重視する効率人間だったら、効率がいいことが至上なので、自分が性格悪いかもではなく性格悪く見えるかも、のリスクで動く。

「そっちが本当に合理、コスパ、タイパで動いているんだったら、他人に自分の意見をいう時は、そっちが得をする瞬間だけになる。だから私に飲み会に意味があるとは思えない、なんて言わないでしょ。こんな知らねえ他人に対して話してる時点で、コスパもタイパも結果も意味も、知りたいだけでそれをずっと持っていたいわけじゃない」

 本当に、合理、コスパ、タイパしか見ていないのなら、そもそも断る理由なんて作ろうとしない。

 後々の人間関係に響くことを考慮していたとしても、毎回理由を作るのは面倒だと、病院で止められている等の話をする。

 そこまでする。嘘つきは。嘘の世界の本職だからよく分かる。

 嘘が苦しい可能性もあれど、この世界で合理コスパタイパにこだわる場合、人を欺くのは必須。

 嘘は慣れる。ホストが女に身体を売らせるとき、心なんか動かない。

 でも、たかだか飲み会程度で理由づくりに面倒くささを感じるということは、そこに手間をかけている証拠なわけで。

 人の目を気にしている。その時点で合理とはやや離れている。彼女に情動が残っているのは明らかだ。

 でもまぁ、そこまで指摘はしない。弱いところを突かれたと頑なになる可能性もあるし、

「というと?」

 なのに男のほうが突っ込んできた。

 小技愛想笑いの類似技みたいな、すり抜け翻し返答。ちょっと答えづらい時、自分の番が苦しい時よく使うやつ。

「欲しいのは理由も意味もなく傍にいてもいい、いてもいいと相手からも思う相手では」

「別に、そこまで人欲してないですけどね、俺。別に一人でいいし。結婚とかも全然興味ないし。さみしいとかないんで」

「さみしい二種類あるじゃん。同音で。いつもあるやつと、さんずいのビシャシャみたいなやつ。寂しいは誰でもいいから傍にいてほしいという切なさであり、淋しい……さんずいの難しいほうね。はあの人の近くにいたいという恋しさだから。誰かと一緒にいなくても大丈夫、結婚に興味なくても、理解者がほしいという感覚の同時保持は矛盾してない」

 私の返答に男は押し黙った。ややあって茶化すように「なんか、そういうカウンセリングの仕事とかされてるんですか?」と聞いてくる。

「カウンセラーだったら金とってもない人間にカウンセリングしないでしょ。他の人間から金とってんだから」

「ああ確かに」

「アホ」

「あ、アホ?」

 まずい。相手が男なので自動的に店のバカ相手に話をするときの単語が出る。

「ホストのオーナーです」

「エ」

「ちなみに父親がホストで、店継いだ」

「あ、じゃあなんかシャンパンコールとかしてるんですか?」

 業界外の人間のイメージってやっぱりそれなんだな、と思う。

 ホストはシャンパンコールをする。

 実際は違う。

 女に「次金持ってこなかったら許さねえぞ」と恫喝したり、路上で女の鞄握りしめたまま「どうすんだよ」って詰めたりとかだ。あと逆に女に胸倉掴まれたり、刺されたり。

 それが、ホストの仕事。トップ層は普通に、今は動画出たり配信したりだけど。

「普通に芸能人が突発的に飲食店開いて店にあんまり顔出さない感じ」

 我ながらいい説明が出来ない。

「へーなんか、イケメンとかいっぱいいるんですか」

「いや、うちの店はどこにも行けねえ奴しかいらない店だから、想像してるような人間はいないかもしれない」

「え」

「どこへでも行けるやつはいらねえから」

「なんか、良さそうな経営者って感じですね。福祉的な」

「普通にビジネスだけどね」

「え」

「整形ガチ勢と張りあっても勝てないので、ビジネス的にもどこにも行けねえ人間を集めるほうが効率がいい」

 どこへでも行けるやつは、他店に行くと言うのもあるし、大抵のホストは整形するので、顔が似たり寄ったりになってくる。普通に店で整形指示するところとか、店と医者が繋がってて紹介分、お金をチョロチョロしてるところもあるし。ちゃんとしてるところもあるけど。

 結果的にホストは大抵整形し、安全に顔をいじれるところ、手術で医者が「こういう顔だとシャンパン入るよねー」といじるところは大体決まってるので全員似たような顔になる。

「それにうち普通に小卒のおじさんとかいるし。酒飲めないおじさん。今40半ばかな。過ぎてるけど」

「おじさんホストですか? 若作り……」

「いや、普通に若いホストのやり方じゃなくておじさんがそのままおじさんとして出してる」

「いいんですかそれ?」

 男は楽しそうな顔で聞き返してきた。さっきの処世術とは違う。

「女に興味ある女扱い上手い下心出さないおじさんは既婚隠してる論外ばっかだし。未婚独身男性稀少だから」

「はぁ……」

「だからまぁ、辞めたくなったらうちくればって、全員に言ってる。あの街で女が経営してる店一店舗しかないし、ばかみてえなのしかいない店って言えば多分すぐ分かる」

「はぁ」

「あなたも該当してる、じゃ、熱中症気を付けて」

 私はブランコから降りた。大抵、こうして話をしても店に来る人間はいない。これで我がアパートの老人や謎父子チー牛大学生の安全は担保されたと思う。良かった。


◇◇◇


「──ということで、普通は、変な人に会ったなー程度で店に来ることもなければ雇えと言わないんですけど、該当してるって言いましたよね? ってヘラヘラしたのが、コイツです」


 マイクコールを終え新人面接を始めた私は、バカみてえなエンドレスマイクコールの開始前、バックヤードで「お呼びですよ、ハハハ」と小突いてきたクソ男こと、元会社員、そして夫とラベル多重発行事故みたいな存在を横目に見た。

 夏にコイツと出会ってすぐのこと。

 仕事を辞めたので雇ってほしいとコイツは飛んできた。志望は裏方。まぁいいかと雇ってみたものの、ぬるっとこのホストクラブに侵食している。馴染んでいるというより、侵食している。

 しかも「仕事辞めて給料下がったんで」と、私の隣に引っ越してきた。

 だから今私のアパートは、自分の家庭環境を思い出しそうになる謎父子と老人、チー牛大学生、コイツとメンバー的に狂った男女比でお送りしている。

「ストーカーっぽいんだよねやってること」

「だって来ていいって言ったじゃないですか」

「いいとは言ったけどさ」

「やめましょうか?」

 そしてなんか最近、かわいげが消えた。最初はなんか、守ってやりたい感じがあったけど今、普通にティラノサウルス相手にしている感じがある。嫌ではないけど。

「雇ってるんですけどね、私は」

 なんなんだろう。このホストクラブは。客は私でマイク合戦するし。

 従業員というかこいつはなんか変だし。

 なんかおかしい。

 違和感を覚えつつも、その正体は掴めない。

「ハハハ」

 公園で確かに察せていた思考も、今は読めなかった。


ヤンデレとどうかしてる人間とまともじゃない人間>正気の人間が1~2名

上記割合で出てくる攻略対象異常という小説の七巻と八巻が発売します。10月1日です。


向こう見ず破天荒自己犠牲のトリプルリミックスによりなんとか家族や使用人、周囲の人間に降りかかるであろう危機は回避できたものの、手段を択ばなかったせいで、周囲の人間ほぼ全員から「この子は閉じ込めてたほうがこの子が安全」と認識を持たれた悪役令嬢の話、という事前知識だけでも読めます。

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